日々の中で映画浴をすること

第46期

September

2週間ほど前から、映画館に行きたくて仕方がない。
真っ暗な空間で、目の前の画面に思い切り集中したい。
誰かのストーリーに感動したい。心動かされたい。
もしくは不安にさせられたい、宙ぶらりんな気持ちにしてほしい。

そう思って今日、友人と映画館に行った。
偶然、私が観たかった映画を観ようと誘ってくれたのだった。ラッキー。

行ったのは近くの映画館。私がブラジル留学中にできた。
家から自転車で10分くらいのところにある。
「火口ののふたり」という、シリアスなのか馬鹿なのか暗いのか明るいのか
よくわからない映画をみた。わりに気にいった。

私が映画館に行くのは映画が好きだからではなく
映画館で映画をみることが好きだからだ。
家のパソコンでは絶対に観ない。

映画館で映画をみることは

例えば森林浴に似ていると思う。
木々の匂いを吸い込み、みどり以外にみるものはない。
どこをむいてもみどり。
葉のこすれるさらさらいう音や、足元の小枝のおれるパキパキという音がやけに大きい。
遠くに絶え間なく、水の音が聴こえる。
ぽつりぽつりと話す言葉はいつもとはまるで違った温度で耳に届く。
川の透明度に目をみはり、急に飛んでくる羽虫に声をあげる。

もしくは海水浴にも似ているかもしれない。
だらだらと何かをつまみ、氷の溶けたのみものを飲みながら
ぼんやりとした視点で目の前を眺める。
なんの起承転結もなく、子どもたちや犬が駆け回る。
水の中にはいっていけば、耳に目に口に、ざばざばと押し寄せる波に感覚の全てを奪われる。
海、というおおきなものに感覚を全て委ねる。
自分はそこに浮かぶだけ。
陸に上がると妙に周りがしろっぽく感じられて、身体が重いので大きく伸びる。

映画館で映画をみることは
「映画浴」というにふさわしい。

普段とはちがう空気を吸って
大きなスクリーンを前に、他のものは目に入らない。
はっきりとした大きな音で台詞が語られる。
些細な物音も効果音として拾われ、鮮明に聞こえる。

穏やかな気持ちで座席にからだを沈め、
時折感情的になってクスクス笑ったりすこし泣いたりする。
観る人はみな、一時的に感覚を共有する。
終わるとふと立ち上がり、のびをして、ひとつ深呼吸をする。

普段オフィスで働いていると、電話に上司にメールにと
感覚があっちゃこっちゃに向けられてどうにも落ち着かないのだ。
だから、映画館で目の前の一つのことに集中することが心地よいのだと思う。
あらゆる器官から体にに入りこんでくる感覚を味わって。
映画という森、もしくは海に浸る。

9月ですね。
今月も私は時々、映画館に逃げ込む。