いろいろある日の出来事。

長期滞在者

2週間ほど前に、映画製作に携わっている友人から連絡があり、と
ある短編映画に出演する若い役者たちの動きをコーチしてもらえな
いかと相談があった。映画の現場には興味があるので面白そうなの
でやってみる事にして、2日前にその撮影が終わった。
ストーリーは至ってシンプルで、暇を持て余している二人の若者が
田舎道沿いの塹壕跡で原チャリを乗り回しているときに、たまたま
通りかかった女の子に声をかけるのだけど、無視されて、それがも
とでちょっとした言い争いになり、それが嵩じて二人の男子のうち
のひとりがそのコを殴り殺してしまい、彼女の遺体を田舎道に放置
して逃げてしまう、というもの。

カメラは据え付けの一台だけ。モンタージュはなしでワンカットだ
けですべてが進行する。全部で18分ほど。これだけシンプルなス
トーリーで音楽もつけないというから、物語の波というか抑揚とい
うかを作り出すのは役者の動きや演技にかかっている。(とおれは
思った。)ということは、そこで演じられる一挙手一投足から象徴
的な意味が滲み出るような事になっていないと、この短い時間の中
で、伝えたい事を伝えきるのは難しい。(とおれは思った。)なの
で、まず監督のBにこの映画で伝えたい事は何か、と訊いてみたの
だけど、なんかはっきりしない。まあゲージュツカに多いケースで、
あまり言葉で説明したくないのかなと思ったので、シーンごとに、
例えば、どうしてこの女の子は彼らの事を無視するの?とか、どう
して彼女はそんなに怒らなきゃいけないのとか?、なんでまたこの
男の子はこんなちょっとしたきっかけで彼女を死ぬまで殴っちゃう
の?とかいうことをそれとなく尋ねてみたんだけど、それもなんだ
かはっきりしない。なので、そういうこと、役者たちに役のキャラ
クター設定として伝えてないの?と訊いたら、あんまり演出家の方
から情報を与えすぎて彼らの演技を縛りたくないから、そういうこ
とはあまり伝えていない、との事。いや、それ、間違ってますよ、
とおれは思ったのだけど、ほとんど初対面でそこまで言うのも失礼
かと思ったので、やめといたのだけど、やっぱり間違ってる。この
作品がモンタージュを多用するような方法を使うのであれば、それ
でもいいと思う。なぜかというと、他の映像を合間に挟む事によっ
て、彼らのバックグラウンドを示したり、象徴的なイメージを挟む
事で感情の起伏をほのめかしたり、あれこれできるから、演技はか
なり機械的でもなんとかなる。というか機械的な方がよい事もある。
がしかし、この作品はそのようには編集されないし、時間も短いか
ら、言いたい事をより効率的に伝えられるようにしようと思えば、
この場合の演出方法はもっと演劇的にした方がよいに決まっている、
この監督は撮影の方法と演出の方法とをきちんとつなげられていな
い、とおれは思ったのだけど、ほとんど初対面でそこまで言うのも
失礼かと思ったので、やめといたのだけど、やっぱり間違ってると
も思ったので、乗りかかった船だし、おれが出来る範囲で何とか若
い役者たちに助け舟を出してあげようと思ったのだった。(実際、
リハーサルを見てると戸惑っている事が多かったし。)それでまあ
例えば、その女の子が自転車で通り過ぎようとしてるところを原チャ
リで通せんぼされて、言い争いになってから怒りだし、その原チャ
リに蹴りつけるシーンがあるのだけど、何度やっても彼女の動きが
ぎこちない。そこで、なんで彼女はそこまでぶち切れちゃう必要が
あるの?と監督Bに訊いても案の定理由ははっきりしないみたいな
のだけど、それだと演技してる方ははっきりぶち切れにくそうなの
で、勝手にストーリーをでっち上げる事にした。「例えばの話、こ
の女の子は今、スゴく嫌な気分でうちを出てきたところだってこと
にしてみよう。例えばの話、彼女のうちの台所で、彼女のお母さん
の恋人が、彼女を誘惑しようとして身体をスゴく嫌らし〜い感じで
触ってきたので、それを振り払って怖気をふるいながらうちを出て
きた、というようなことをイメージしてみたらどうだろう。それが
あったから、どんな男とも話す気にはなれなくて、二人を無視する。
んで、通せんぼのあとで二人のうちのひとりが彼女の腕を触ったの
で、それがお母さんの恋人の手を思い出させてしまい、ぶち切れる、
という風に考えてみたらどうだろう。ってことは、この男の子Aは
ここでこのコに触れると言う動作を入れなきゃいけないね。でも、
この男の子Aは単にちょっと遊ぼうぜくらいの気楽な感じのはずだ
から、彼女のお母さんの恋人がやったような嫌らしい感じじゃダメ
だね。で、そのあとに…」とか言う感じで、ほとんど口から出るに
任せて、この作品で語られる物語の裏物語をつくってみたら、それ
だけで、役者たちの動きが激変した。さもありなん。当然である。
その様子を見ていた、助監督やカメラマンたちが、その線で演出を
もっと突き詰めたらどうかということを言い始めたのだけど、監督
Bにはあまりその気はないらしく、残念ながら、中途半端な演出の
まま撮影が終わってしまった。自分の映画だったらもう少し演出の
準備をして、もう少し役者を追い込んだだろうなあ、とか思いなが
ら、撮影現場をあとにした。
ショートフィルムのリハ

あぁ〜、いつか自分の映画が撮りてぇなあ、とか思いながら撮影現
場の最寄り駅で電車を待っていると、ひとりの黒人の男が寄ってき
た。なんだか嫌な予感がしたので無視していると、向こうから英語
で話しかけてきてこう言った。

「あなたは神を信じますか?」
あまりにステレオタイプ直球ど真ん中な言葉過ぎて吹きそうになる
自分を抑えて、「いや〜、どうかな〜、信じていると言えば信じて
いるし信じていないと言えば信じていないとも言えるしなぁ〜」と
かいうものすごく日本人的な答えでお茶を濁そうとしたのだけど、
そういう事ではこういう人はなかなか許してくれるはずがない。神
を信じているかどうかは二者択一であって、その間なんてないのだ、
こういう人達には。
「信じてるとも言えるし信じてないとも言えるって、どういう事だ。」
「例えば、全知全能の神ってのがいると仮定したら、全知全能だけ
にどこにどういう状態で存在するのかとか、何を考えてるのかとか、
全知全能からは程遠い人間には推測する事すら出来ないんじゃん。
つうか、推測くらいなら出来るとか思う事自体、神の全知全能性を
疑う事になるんじゃないの?ってことは、おれがもし神を信じてた
としても、信じるってことの範囲を神を超えてるから信じるって事
自体にあんまり意味なくなるじゃん。人間の「信じる」っていうこ
と自体が、届ききらない存在っていうかさ、神って。だから「私は
神を信じます」って言った途端に神の能力と存在を限定してとらえ
ることになって、信者としてはそれって不信心なこと何じゃないの?」
「……きみは神のことを知ってるんだね。どうやってそんな考えに至っ
たんだ?」
「いや、だから知ってるなんて言えないと思ってるからそんな考え
に至るんだってばさ。」というようなやり取りをしてるところで電
車が来たので、二人して乗り込んで向かい合わせの席に座った。

他の乗客もたくさんいたからさすがにそこでいきなりまた神様論議
を声高にやりはじめるのは彼も気まずかったらしく、お互いの出身
地のことなんかを訊き合ったりした。それによると彼はガーナ出身
で数年前までは(ムスリムであったにも関わらず)かなり女遊びと
酒浸りの生活をしていたそうだ。で、突如むちゃくちゃ酷い病気に
なって生死の境をさまよっていたときに、神に会ったという。へぇ〜
そりゃラッキーだったねぇ、滅多に会えるもんじゃないしね。とちゃ
かしてるんだか本気なんだか分からないような受け答えをしたとこ
ろ、「その通り、おれは本当にラッキーだった。」といってまた神
の話に突入した。

「もう死ぬかもしれないんだから、最後に本気で祈ってみよう。も
し神がいるなら自分を救ってくれるだろう、と思ったんだ。そして
それを実行したら治る見込みの無かった病気が治っていったんだ。
だから、ぼくは神に会ったと思う。神がぼくを治してくれたんだ。
だからきみもそういう思いがしたければ神を信じなきゃいけない。」
ということをまくしたてた。
相変わらず、へ〜とかふ〜んとかほ〜とかいう適当な受け答えをし
ながら訊いてたんだけど、ちょっと口を挟みたくなったので言って
みた。
「じゃあ、神様は取引をするってこと?」
「いや、そんなことは言っていない。」
「いや、そうじゃん。彼を信じる代わりに治してくれたってことで
しょ?」
「でも、まずは信じなきゃいけないんだ。信じたからぼくの病気は
治った。」
「いや、それ神が治してくれたというか、きみ自身がやったことだ
よね。」
「そんなことはない。ぼくは祈っただけだ。」
「まあ、聞きなよ。きみの言うように神は取引なんかしない、とし
たらだよ、神の愛って言うのは無償で世界に降り注いでるって感じ
のもんなんだよね。」
「そのとおり。」
「でも世の中の人達、それがその宗教の信者だとしても、苦しんで
る人達がたくさんいるよね。」
「それもそうだな。」
「たぶんね、そういう人達はまだ自分の殻を開いてないんだよね。
人はけっこう自分自身で殻を作って他者を受け入れられなくなって
るもんだからね。」
「そういう人達をたくさん知ってる。」
「でしょ。でさ、きみが救われたのは、きっときみが自分で自分の
殻を開いたからその愛みたいなもんが流れ込んできた、って言う風
に考えられるんじゃないかな。」
「なるほど。そうかもしれない。」
「ってことはさ、神は神として何ら特別なことはしてなくて、きみ
が自分自身を開いたから病気が治ったってことじゃん。それしてな
かったら、助かってなかったんだろうし。」
「う〜ん…なんでそこまでのことが言えるんだ?」
「あくまで、きみの言う神ってのが存在してるって仮定して、その線
で論理的に考えたらそうなるじゃん。というかおれ的にはそうなるよ。
あ、この駅でおれ降りるから。じゃ、グッドラック。」
「あぁ、ありがとう。またどこかで会えるといいんだが…じゃあ、グッ
ドラック。」
という挨拶を交わしながら、あんまり面倒なことに巻き込まれるの
はごめんだから連絡先の交換はしないまま、電車を降りた。

降りたあとで、「自分で勝手に助かる」って感じのことは『マトリッ
クス』のネオも言ってたし、『化物語』の忍野めめも言ってたこと
に気がついた。仏陀とかも言ってたかもしれん。論理的に考えたと
言うよりも、そういう前提がアタマの中にあってそれに向かって演
繹的に話を進めただけだったのかもしれないなあ、結局のところひ
とって過去の情報の引用とか参照とかを編集しながらしゃべってる
わけだから、まあそれでいいのだ。とか思いながら家路につこうと
したところ、2週間ほど前に蚤の市で10ユーロで救出したツァイ
スイコン・コンテッサマティックで試し取りしたフィルムの現像が
既にあがっていることを思い出して、行きつけのフォトラボに直行
した。店が閉まる直前に滑り込み、ネガと簡易プリントされた写真
を受け取った。いや、さすがカールツァイス。テッサー恐るべし。
むちゃくちゃいい写りをしてる。(少なくとも10ユーロの写りで
はない。)ってことは露出計もちゃんと動いてるのだ。最近銀塩写
真というか写真を撮ること自体から遠ざかっていたのだけど、また
火がついた。ここのところそのコンテッサマティックと併用してる
ニコン35Tiで撮った写真も出来てたのだけどこれまた相変わらず
いい写りをしてくれてる。そういえば長いことコンタックスG2を
しまいっ放しだ。もったいない。そういえば中判写真をとろうとし
てそろえたカメラも使わなければ。そういえばこの間いいロケーショ
ンを見つけたじゃないか。あそこで霧の写真を撮ろう。あ、いや中
判で肌理の細かい女の子の肌を撮ろう、あんまりヌードっぽくなく、
とかなんとかいろいろ妄想が膨らんでるうちにやっとこさ帰宅。
シャワーを浴びてすぐに寝ました。おしまい。

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