ヘンズツーのフェビュラリ。

長期滞在者

偏頭痛が続いている。しかも不調感が体に充満していてタバコを吸う気にならない。 日課の水泳も休んでいる。別に望んでいるわけではないのだけど引きこもり状態である。 どう考えても異常事態である。10日ほど前に酷い悪寒を伴った風邪をひいて、それがまだ治りきっていないらしい。頭痛薬もあまり役に立たないので明日は医者に看てもらおうと思う。

ということで、この2週間近くはもうほとんど寝たきりである。そして寝てる間に三月である。速い。そういえば、前回、慌てふためきながらここに書いてからもう4週間が経つのである。あのときは、そろそろ陶芸の仕事が一つ終わるかな、という頃で思いっきり切羽詰まった時期だった。で、あのあと窯の故障などあれこれ重なってしまい、結局、注文をキャンセルせざるを得なくなるという最悪の事態になった。まあ、あまりにも時間がなさ過ぎたし、おれも力量不足だし、いい経験したと思って諦めるしかないな、と思っていたら、なんとクライアントが、じゃああともう6週間くらい待つからなんとかしてくれ、と言って来た。それなら最初からそのくらいの時間の余裕を持ってゆってくれたらなあ、とか思いながらも、有り難いことなので再チャレンジすることにしたのだった。んで、またイチから作り始めて、やっとこの週末にとりあえずは注文されたブツの素焼きと施釉が終わり、あとは焼成するのみというところにまで辿り着いたのだった。しかもこの風邪で最後はもうフラフラしながらの施釉作業。よくもまあ、一つも落として割ったりしなかったもんだ。で、半分くらいが今窯の中で焼成中で、今週中にもう半分を焼いてとりあえずは一段落、ということになる予定。来週からはまたのんびりと自分の好きな物を好きなペースで作る予定。

今月は3週目からリスボンに行く予定がある。ヨーロッパで一番好きな街である。去年も同時期に行ったのだけど、今回もそのときと同じ仕事をこなしに行くのだ。古巣のローザスと言うダンスカンパニーの昔の作品をリスボンのバレエカンパニーに教える。前回はシェーンベルグの『浄夜』で、今回は『モーツァルト コンサート・アリア』。実際に踊ったのはもうかなり以前のことだから、振り付けを思い出さなければならない。実はそんな作業も先々週辺りから始まっていたりするのだった。で、さらに明日からその仕上げの作業をしなければならない。うー。この頭痛が何とかなって欲しいところ…(というか医者に看てもらう暇があるんだろうか…)

この年末年始に帰国した際にゲットしてきた塩野七生の本を読んでいる。ルネッサンスのころの政治情勢というのに弱かったので『ルネッサンスの女たち』『わが友マキアヴェッッリ フィレンツェ存亡』はそのとっかかりとしてかなり良書だったと思う。特にロレンツォ・イル・マニーフィコが文化史的に何を残したのか興味深い。(というか、1450年に活版印刷が発明されてから1527年にローマ劫掠が起るまでの間辺りの時代にちょっと集中してみようかなと思ったりしてるところ。)どちらの作品でも登場人物の人間臭いところが史実とされているデータの間隙を埋めつくしていて、そこに引き込まれる。最近どうも、こういう風に生の人間臭のするものじゃないと集中できない。ここのところ哲学書は2ページでお腹いっぱいになってしまう。井筒俊彦の『意識と本質』あたりだと多分5行くらい読んだら目眩がするかもしれん。そういう意味では、一昨日、いざという時のためにとっておいたリチャード・ファインマンの『What do you care what other people think』(今調べたら邦題は『困ります、ファインマンさん』だそうだ。)は読んでいて本当に楽しい。日本語版では『ご冗談でしょう、ファインマンさん』という訳で出ている伝記の続編である。半分くらい読み進めたところだが、 『ご冗談でしょう…』 同様、とにかく読み進めるのが楽しみになる。こんなふうに生きられたら楽しいだろうなあ、という見本のような人生が本人の言葉を再現する形で書き綴られる(ちなみにそれを活字に起こしたのはラルフ・レイトンという人)。前作同様に、この本の中でも日本でのことが書かれてあるのだが、わざわざ有名ホテルの予約をキャンセルしてまで夫婦で滞在したらしい伊勢奥津というところに行ってみたくなった。なによりも本のタイトルになっている章で語られる最初の奥さんとの物語はぐっとくる。最後にやられる。いやもう、とにかくスゴくいい話ばかりなので、とにかくみなさん、ファインマン本は必読です。一生に一回は読みましょう。これ、春休みの課題です。(課題と言えば、この間朝日新聞の書評に出ていた『空白の五マイル』という角幡唯介の本を自分の課題本にしようと思っていたのを今思い出した。なんとかゲットしよう。)

お、これを書いてたらなんだか少し頭痛が和らいできたように感じる。気のせいかもしれんがもしかしたら、久しぶりに何かを書いてまとめる時期なのかもしれない。そういう時期が時々来るものだけど、しばらく言葉に頼らないことをしようと思っていたのも確かなので、そういうこともあって、言葉とか文字化することへの需要が内側で高まってるのかもしれない。需要があるときに適度に供給をしておかなければ暴動が起ることもあるかもしれないので適度にブログかなにかを書いておこう。(そういえばウクライナ情勢とクリミア半島の領有権の問題とかはどうなるんだろうか?そういう意味ではなんで日本では暴動は起らないんだろうか、とか思ったりもする。)

突然全く脈絡もなくアニメのことだけど、『キルラキル』はすばらしい。どういう終わり方をするのか非常に楽しみだ。

春はまだかなあ。