即興やってみた。

長期滞在者

先週末、6月27日から29日まで、アクセル・ヴェルヴォールト氏主催のインスピラトゥム・フェスティバルにダンサーというかパフォーマーとして参加した(アクセルは、ぼくの陶芸作品の顧客でもある)。作品名「Destroy the picture, painting the void」。ここ数年、日本の具体芸術に入れ籠んでいるアクセルの命名。
バロックアンサンブルのイルポモドーロの演奏するヴィヴァルディ『四季』(彼らの演奏はファビオ・ビオンディのエウローパ・ガランテの演奏よりいいかもしれない)のあいだに、オペラ歌手にして現代音楽作曲家のミレイ・カペルが「裏・四季」として作曲した作品を挟みながらの即興ダンスパフォーマンス。『四季』の春と夏のパートを使ったパート1と秋と冬のパートで構成したパート2との二部構成。
パフォーマーは、筆者の他に、長くニードカンパニーで活躍していたミーシャ・ダウニー、ブリュッセルのダンス学校P.A.R.T.S.卒業後、10年あまりローザスで踊ってきた社本多加、そしてミレイが歌手として参加。
この作品は、去年の6月末にヴェニスで初演され、同9月にもヴェニスの別の会場で再演されて以来、久々の上演となった。
今回の会場は、アクセルのカンパニーが建設中の「カナール」というアーティストもしくはアート関係者のための居住施設の建設現場。建設途中のマンションの部屋のいくつかを会場にして、パフォーマンスやコンサートが開かれた。ヴェニスではバロック様式の宮殿内で行われたので、今回は雰囲気が全く変わった。
ダンサーなり振付家ならわかると思うが、ヴィヴァルディの『四季』で踊るのはむちゃくちゃ難しい。あまりにもポピュラーな曲だし、とにかく曲がやたらに強い。そこに身体をおいて「踊る」ということは、実際にこの曲で即興してみないとわからないかもしれないけど、そうとうにチャレンジングなことだ。しかも、世界屈指のバロックアンサンブルとタイマン張りながらである。かなりきつい。実際、ダンサー3人で多くの時間を割いてこの曲にどう対峙するかを話し合ったし、あれこれ対応策(動きや方法に関して)も検討した。即興をする場合は特にこういう戦略会議は重要だ。まったくの「フリーインプロ」もありかもしれないが、かなりの強者でない限りは曲の強さに引っ張られて、それに呑まれてしまうだろう。どのように曲とのコントラストをつくるか、どの程度まで曲に乗っかって動くべきか、動きはどのような方法で立ち上げていくか、などなど、作戦を練っておいて間違いはない。
先にも書いたように、去年とは全く違う雰囲気の場所なので、どうなることやらと少し気を揉んだりもしたのだが、蓋を開けてみれば、けっこううまく行って、観客も主催者もかなりいい反応を示してくれた。おそらくまたどこかで再演する事になりそうだ。
この作品とは別に、2日目の午後、3人のダンサーだけで、即興パフォーマンスをやった。壊れた扇風機、いびつなオブジェ、即興ペインティング(炭を使ったからカリグラフィーというべきか)、仮面、などなどを随時使いながらダンスも織り込む、と言った感じ。どっちかというと、こっちの作品の方が具体芸術のスピリットに沿っていた感じがする。もしかしたらこれも再演の機会があるかもしれない。そうなったらテキストと映像も準備して1時間くらいはやってみたい気がする。

余談。ちょっと予想はしていたのだけど、今回見に来てくれた多くの知人に「君は陶芸家なのかと思ったよ、こういうこともやってるんだね。驚いた。」と言われた。めんどうなので「実は本業はこっちなんですよ」とも今更言えず、言ったとしてもまた「ダンスと陶芸って関係があるの?」とかいう質問に合いそうな気がしたので、なんとなく言葉を濁しながらそそくさと控え室に引き蘢ったりしたのだった。器用貧乏を自覚しているのでそういうときにどうしても堂々としてられないところが切ないところ。しかも来年度からはまた別のこと(ゲージュツ関係)を学び始めるつもりだったりする。(そういえば、さっきツァイスイコンのコンテッサの50㎜ f2.8ってのを蚤の市で救出してきた。写真もまた始めなければ。)やっぱりもう菅野よう子さんをみならって「ゴールデン器用貧乏」を目指す事にしよう。もしくは百学連環ならぬ「百芸連環」みたいなことか。まあ、成るように成るようにするしかないか。