懲りない性。

長期滞在者

やめたやめた、こんなものいくつも持っててもしょうがないんだから、もうネットオークションや蚤の市を漁ったりするのはやめたやめた、と何度思ったかわからないが、ついつい再燃してしまうのがカメラ収集癖である。そもそもぼくの人生は、初めて打ったパチンコでいきなり12万円も勝ってしまうとか、初めてやった空中ブランコで見よう見まねで中級者の技を繰り出してしまい、ジーニアスが現れたとその時一瞬だけ騒がれ、本人もその気になっていずれ空中ブランコ界のブルース・リーになってやるとか思ったのだったが、実はその後なんどやってもうまくいかなくてすぐにやめちゃったとか、陶芸を始めてから初めて受けた注文が、某超有名俳優のレストランからだったとか、数々のビギナーズ・ラックに彩られているのだが、ネットオークションで初めて手にした銀塩カメラが、コンタックスG2だった。しかも28㎜ビオゴン、45㎜プラナー、90㎜ゾナーとセットで、日本円に換算すると5万円ちょっとという破格の値段(そのちょっと前に日本で買った発売当初のリコーデジタルGRより安かった)で難なくゲットという僥倖。素人にはもったいないくらい高性能のカメラとレンズだから、これだけあれば一生他のカメラなんかに手を出さなくたっていいくらいの話なのだ。実際、某日芸写真学科の某先生と話したときに、この先生はそれまでもっていたライカやハッセルブラッドとかの名機を全部手放してG2だけを手元に残したとのたまわっておられた。それくらいすごい。実際、撮れた写真を見て、あ、おれって天才だったんだ、と勘違いしたことが何度もある。単にG2がすごいだけなのだが。ともあれ、そんなことがあってから、時々狂ったようにネットオークションのサイトを検索しまくることがある。リコーGR(フィルム用)がどうしても必要なのだと思い込んでしまったりとか、ミノルタTC−1がなくてはいい写真が撮れないと思い込んでしまったりとか、二眼レフでなければ、しかもローライフレックスで撮らなければ写真じゃないのだという強迫観念に襲われてしまったりとか、ペンタックスのデジイチを買ってからは銀塩一眼もペンタックス(しかもLX)にすればレンズが共有できるから絶対そうするべきだと信じ込んでしまったりとかして、ベルギー周辺のウェブサイトを渡り歩くのだけど、そうそうそういう名機と呼ばれるカメラが格安で転がっているわけがない。なので、蚤の市を物色してゴミの山のようなところから、めぼしいものを救出することになる。ブリュッセルで毎日開かれている蚤の市は本当にゴミの山のような店が多いのだが、実際売り物にそれほど気を使ってない人が多いので、雨に打たれるまんまになっているカメラをよく見かけるので不憫である。ならばそういう憂き目を見させないためにも、まだ使えそうな良いカメラは救出するのが人情というものだろうという気にもなってくる。そしてそういうのを見続けていれば、基本的にこの辺りで電池の必要な電子式のカメラはなるべく無視したほうが良い、そして、機械式のものもなるべくならケース付きで保存状態の良いもの以外には手を出さないほうが良い、というようなことがわかってくる。実際、以前、名機オリンパスXAを見つけた時にはついつい舞い上がってしまい、あまり確認もせず速攻でゲットしたら、ピントリングが動かなくなっていて、それを直そうと思って分解してみたら元に戻らなくなって、結局使えずじまい、ということや、それに似たようなことが何度かあった。そういう痛い思いをしながら、そのゴミの山を気をつけて見続けているとときどき掘り出し物がある。2週間ほど前にはかなり状態の良いコンタフレックスIIというのを救出した。まだ1本目のフィルムを撮りきっていないので、サンプルを上げられないのが残念だが、とにかく操作感がオレ好み。確か700gくらいあるから、結構ずっしりくる。右肩の巻き上げダイアルでフィルムを巻き上げないと、ファインダーから景色が見えなくて、巻き上げた後にシャッターを切ると、バシャッというなんとも切ない全てが終わった感漂う音を響かせると同時にブラックアウトする。この瞬間、自分の意思でひとつの映像をこの暗い箱の中に収めました、という決然とした選択の潔さを感じさせてくれる。ただ単にシャッターを押すというだけのことをこれほどに演出してくれるのである。これだけの感覚を味わうことのできるデジカメなんてないだろう。まあ、銀塩カメラとデジカメは別のメディアだから、比べてもあんまり意味はないし、比べれば比べるほど、ここでは銀塩カメラ、特に機械式カメラのいいところしか書かないだろうから、弱いものいじめをしていると思われるのもアレだし、もうこれ以上はやめておこう。いや、でも例えば50年前のカメラが未だに使えるってのは、せいぜい3、4年したら買い換えることになるデジカメに比べれば持続可能性を求められる世の中にあってはより良心的だろう。大体、バッテリーがなきゃ写真撮れないってこと自体、相当な弱点だろうに。いや、もうこれ以上はやめておこう。別にデジカメ自身に非があるというわけではないのだから。それにデジカメにだっていいところはいっぱいあるのだ。撮った写真は全て記憶媒体の中に入れておけばいいわけだから、場所をとらない。いや、でも現像したフィルムの置き場所に困って、整理整頓を心掛けるようになるとか、機械のこのフィジカルな感じとかは、高速大容量大好きな資本主義社会に反旗をひるがえすためのアイコンにもなり得るし、そういう意味ではデジカメはどこをとっても時代に流されっぱなしな感じがして軟弱であることこの上ないような感じがしてしまうのだけど、いや、もうやめておこう。これ以上は弱いものいじめだと言われても仕方がない。なので、ぼくの銀塩カメラ収集癖について話を戻すけれど、このコンタフレックスIIのあとで、ぼろぼろのローライフレックスの戦前モデル(カールツァイス・イエナがついてる)を救出してしまった。これは少しボロボロすぎたので、失敗したかなと思っているところだけど、とりあえずファインダー周りを軽く掃除したらすでに随分見栄えが良くなったので、少し粘っているシャッター周りを洗浄するということを近々やろうと思っている。おそらくそれで十分写真は撮れるだろう。とは言え、11月最初の2週間はやきもの仕事で手一杯、そのあとは久しぶりに日本でパフォーマンスの製作に関わることになっているので、ブリュッセルにもどるのは年明け。このローライが活躍するようになるのはもう少し先のことになりそうだ。つづく





という感じで、なんとなくいい感じに続く感じで終わって、ぼく自身の収集癖に対する反省や無駄遣いに対する糾弾や使われないままに保管されている写真機たちに対しての懺悔なんかには全く向かわないってところがなんともまあ小狡い懲りない大人になってしまったということなんだなあ、南無阿弥陀、という感慨を深めました。おわり。