2015年1月の日記。

長期滞在者

ここのところのブリュッセルは摂氏零度を境に最低気温と最高気温の差が5度ほどという状況が続いている。
今までのものより1.5倍暖かいという最新ヒートテックで武装してはいても、寒気が染み入ってくる。寒い。
冬至から一ヶ月も経とうというのに、日の出が8時半ごろで日の入りは17時過ぎだ。
しかも日本から戻ってからというもの、ほとんどが雨もしくは雪か曇りで陽の光をみたのはほんの数時間じゃないかと思う。
つねにビタミンDが不足がちの者としてはかなり深刻な状況である。
普通なら週一度でいいはずのビタミンDのサプリメントを医者の助言に従って2度服用している。
そうしないと鬱病になるらしい。太陽、カムバック、プリーズ。

【1月19日】
日本から戻ってきて現時点で早2週間になるが、とりあえずやきものの仕事は始めたものの、こんな天候が続いているので基本晴耕雨読的な生活が続いていて、久しぶりにあれやこれやと乱読しているのだけど、その中で今回日本で買ってきたキンドルが大活躍している。青空文庫の作品が読めるのが非常に便利。とりあえず夏目漱石や幸田露伴なんかを読んでいる。そして、青空文庫で満足していればいいのだが、危険なのはこれで漫画も読めてしまうことだ。アニメ版を見て以来ずっといつかは原作を読まなければと思っていた小玉ユキの『坂道のアポロン』(りっちゃん役の声優がすばらしかったなあ)を全10巻一気読みしてしまい、今度中谷美紀主演で映画化されたという池辺葵の『繕い裁つ人』(登場人物がみんな物悲しい表情をしてるのはなんでだろう。そこがいいのだけど。)も最新の第5巻まで読んでしまったり、あぁそういえばと思って原作・原案李學仁、漫画王欣太の『蒼天航路』を読み始めてしまったり、無料配布されている漫画をあれこれつまみ読みしたり、しかも当然だけどいくら買ってもこのちっちゃなプラッチック製の169mmx119mmx10.2mmの中に収まってしまうのだから本当に危険である。これひとつ持っていけばそこらへんのカフェが即席漫画喫茶になるのである。しかもぼくが行くカフェには大体無料Wi-Fi接続が可能である。危ない。本当に危ない。この軽薄お気楽さに歯止めをかけるためにも、必ずリアル書籍も傍に置いているわけだけど、やきものの専門書とかだとやっぱり重い。寒い季節にそんなものを抱えて外出しようものなら肩が凝って仕方ない。できれば持っている本を全部キンドルに入れてしまいたい、という妄想にもかられてしまう。が、しかし。いくらキンドルの消費電力が少ないとはいっても、やっぱり電気が必要なのである。電気がなくなったらただのプラッチックの板である。その点リアル書籍は当たり前だが充電する必要がない。省エネである。いやしかし、持ち運ぶ労力を考えたらどちらが省エネなのだろう?うーん。少なくともリアル本は基本的に紙だし不要になれば燃やしてしまえるという意味ではエコロジックではある。そうそう。それだ。いまや蚤の市に行けば、300万画素くらいのデジカメがゴミのような扱いでゴロゴロ転がっている。で、大体が使い物にならないものばっかりである。いずれ電子書籍リーダーもその辺に転がり始めるだろう。ゴミとして。その横で相変わらず何十年も前に出版された本もゴミのように売られているわけだけど、そういうのは開けば読める。当たり前だけど。やっぱり環境や情報の保存のことを考えれば紙の書籍の方に歩があるような気がする。が、やっぱり肩が凝るのが嫌だというのも人情である。環境に対する義理と重いのイヤという人情を秤にかけてどちらを取るか。秤になんかかけないでどっちも取っちゃいたいというのが、まあ欲望というやつですね。これでいいのだ。

【1月20日】
一昨日の朝、アパートの階段から自転車を降ろしているときに、背中を痛めてしまった。場所が狭いので、いつも通り片手で持ち上げて階段を降りようとしたら左肩甲骨の下辺りの筋肉がぐりぐりぐりっと変な感じで捻れる感じがしたと思ったら、その直後から硬直。今も結構痛い。なので上記のような読書三昧に拍車がかかってもいるわけなのだが、延々とゴロゴロしながら読書し続けるというのもなかなか辛いものがある。というか、イライラしてくる。なんかやらなきゃ、なんか作らなきゃ、という思いが嵩じてきていてもたってもいられなくなる。なので立ち上がろうとすると背中がビキっとなる。うーん。やっぱりしばらく安静にしておくか。とも思うのだが、やっぱりイライラするのできょうはこれからろくろを引きに行くことにする。たぶん。

あぁ、そうそう、そういえばパリで風刺画コミックの出版社がテロに襲撃されてからまた「表現の自由」とかあちこちでさわいでましたね。もちろんどんな理由があれ人殺しはダメです。当たり前です。普通誰だって見ず知らずの人に(いや、知人にでもだけど)殺されるのは嫌でしょう。自分が嫌なことを他人にやっちゃダメです。だから殺すのもダメです。単純に。でもあれ見てて、18世紀啓蒙思想そのまんまだね、未だにフランスは。まったく「自由」に関してなんの発展もしてこなかったのね、あれから。人の嫌がることを公に出版してそれも表現の自由だとかいうのは、もうやめてくれよ、そんなのてめえらだって嫌だろう、まったく。自分たちが自分たちの宗教をコケにしてそれを「自由」と呼んだ歴史があるからって言って、他の文化にもそれを押し付けるんじゃねえよ、まったく。もうフランス中華思想は終わりにしてくれないかな、いい加減。クソおフランスめ。大川周明とか読み返してみようかな(キンドルストアには大川周明の著作が入ってない!泣)。とか思いました。

【1月22日】
鍾啟榮と書いてチョン・キーヨンと読む。彼はシンガポール在住の現代音楽作曲家、中国人である。アクセル・ヴェルヴォールトの主宰で去年の6月に開催されたカナール・フェスティバルで彼の曲が演奏された時に初めて会ったのだけど、実は何年か前までブリュッセルに住んでいて、作曲の勉強をしていたらしい。その頃に彼がバイトしていた中華レストランには何度か行ったことがある。その彼が久しぶりにブリュッセルに来ているというので、散らかしっぱなしの拙アトリエに来てもらい、小一時間ほど話し込んだ。前々日にカナールで彼の新曲のコンサートがあってかなり上手く行ったらしくご機嫌。その曲についてひとしきり説明してくれた後、彼が前回来た時に蚤の市で買った蓄音機が彼の周りで評判になってるとか、かなりコアなソ連製のレコードを今回はゲットしたとか、シンガポールは舶来文化には寛容だけど地元アーティストには居心地が悪いんだ(あー、それ日本も一緒、とおれ応答)とか、なんで学生っていうのは基本的にモチベーションが低いんだろう(それはシステムに乗っかっちゃってるからじゃないかな、とおれ応答)とか、いろいろ話して、そろそろ彼も行かなくちゃという段になって、キーヨンが傍に放っぽってあった(おれ製の)皿をなぜか叩き始めた。たまたまそれがかなり薄く仕上がったやつだったのもあって、クヮーンというかなりいい音が響いた。おぉー、これはいい音だということになって、あれやこれやひっぱりだしてしばし器の鳴る音吟味セッションが繰り広げられた。結局、薄く作った深い皿が結構いい音するということになり、さらにはそういうやつをサイズを違えて7つくらい使って曲を作りたいという話になり、さらには、そうだ、こーしの体にセンサーをつけて動きに反応して機械でその皿を打ち鳴らすような機構にしてインスタレーション・パフォーマンス・コンサートみたいなことにしたらいいんじゃないか、ということにもなり、早速曲を作り始めたいから一緒になんかそういうことをやろう、ということにまで話が盛り上がり、こっちはただ、あーいいねいいね、と相槌をうっていただけだったのだが、どうも本気でやることにしたらしく、そういうよく鳴る器を作るハメになってしまった。音を鳴らすための器なんか考えたこともなかったから面白そうではあるが、薄くロクロをひくのが苦手なぼくとしてはチャレンジである。作曲家から(間接的ではあるけど)やきものに関してのチャレンジを受けるというのもおもろいと思うのでとりあえずやってみることにする。その後、織部釉のかかった(おれ製の)茶碗をプレゼントし、次のミーティングに向かう彼をメトロの駅まで送り、再会を約束して別れた。久しぶりに人と会ってエネルギーとインスピレーションをもらった感じ。

【1月24日】
今日も目覚めが悪かったのだけど、何やら外の気配がいつもと違うのでカーテンを開けてみたら下界では雪が3センチくらい積もっていた。道理でいつもよりシンとしているはずだ。ここ数年、特にこの季節はビタミンDの欠乏と血圧の低下に悩まされているのだけど、おそらくまたその症状が出てきた模様。低血圧はどうすれば治るんだろうか。もともと極めて普通の血圧を保ってきてたので、この症状が出てくるとやる気が一気に失せる。
といっていつまでもグダグダしてもいられないので、今日も昼前くらいから芸術アカデミーに行って少しやきものの作業。昨日轆轤でひいた皿や器の高台部分を削り、また少し背中が痛くなってきたので、それで終了。
移動途中にキンドルで先日購入したフランシス・S・コリンズ著/矢野真千子訳『遺伝子医療革命』を読み耽る。先日見たNHKスペシャル『NEXT WORLD』の第二回放送分の内容とも関連して興味深い。遺伝子情報による医学療法の進歩のスピードがこんなにすごいものだとは思わなかった。ところでそのNEXT WORLD』で紹介されていたNMNを摂取すると本当に若返ったりするものなのだろうか。アンチエイジングが実際に若返りというレベルで実現され一般化されたりしたら、劣化しない価値を誇る貨幣の特権性が薄まったりするんだろうかとか、精神の成熟と身体の若返りは両立するんだろうかとか考える。「老子」ならぬ「若子」なる思想家とか出てくるんだろうか。なんにしてもおれは若返ったりしたくないな。

【1月26日】
朝4時半に起床。地下鉄、国鉄、バスを乗り継いでアクセル・ヴェルヴォールトの城の一角にある陶芸の仕事場に到着。ドアトゥードアでうちから2時間15分くらいかかった。まずは先々週末に仕込んでおいた電気窯を開けて窯出し。気合い入れて作った紐作りの壺4つのうち3つが棚板にべったりくっついてしまい底部分がかなり傷んでしまった。釉薬のかけすぎ。いつもより少し焼成温度を上げるのを忘れてもいた。灰釉をテストしたがあまりよく溶けていなかった。これはこれで悪くはないのだけど、次回は少し灰を多くしてみる。釉薬に関する本を読みながら一人反省会。近々、青磁を試したいのだが、還元焼成しなければならないらしい。電気窯に割木でもつっこんでみようかと思う。のち、奥田民生を聞きながら、注文のあった皿(直径30センチ。焼くと26.5センチくらいになる)を12枚轆轤でひく。その脇で小さい窯で茶碗を素焼きする。作業場が寒いので暖房替わりにもなる。
今日からやっと気分が上向きになってきた。

【1月27日】
昨日一日中雨が降っていたのもあるだろうが、この季節、粘土の乾きが遅くて困る。午前中に昨日作った皿の高台を削りを終えたかったのだが、結局午後に持ち越し。紐作りで壺を作り始める。(この壺は上にシェードのついたランプをつけて売っているらしい。今まで10個くらい作ったのだけど、あっという間に売り切れになったらしい。)ついでに別の壺も並行して作る。初めてタタキという手法を使ってやってみる。かなり難しい。弥生時代くらいにはこの技術でかなりいいものが作られてるらしい。弥生といえばあの時代の土器の技術は稲作文化とともに大陸から渡ってきたと教えられた記憶があるけど、今読んでいる本によると弥生土器の技術は縄文のそれが発展したものと見た方がいいのではないかと書いてあった。稲作文化の到来と縄文文化の終焉が必ずしも一致するものではないらしいということも書いてあった。たまにはこういうちゃんとした本を読んどくもんだ。今日は晴れた。そして寒かった。

【1月30日】
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昨夜から雪が降り始め、外は一面の雪。天気は良くなったが、やはり寒い。今日は窯に火を入れる(というか電気窯なのでスイッチをポチッとするだけだが)つもりにしていたので昨日から施釉を始めたのだが、一晩たって釉が剥がれ落ちているものが多数あってかなりがっかり。素焼きをせずにただ乾燥させた状態で施釉したのだけど、恐らく湿気のせいでうまく器体に張り付かなかったのだろう。一応の対処/工夫はしたものの、恐らくすっきりときれいな仕上がりにはならないと思う。でもこういうのの出来上がりが意外に楽しみだったりする。
ところで、ぼくが作陶している作業場はかなり狭い。(なんでもいいから「良いもの」を)どんどん作ってくれと言われてはいるのだけど、どんどん作りたくても、例えば棚の数が限られているから、なかなか捗らない。乾かしてる状態の器と素焼きが終わって施釉待ちのものと、施釉済みのものと、焼きあがったものとを置いておかなければならないから、かなり多くの棚が必要なのだけど、そんなに棚がない。これはきつい。ぼくが見てきた日本の陶芸家の工房との差をPCのRAMの差で例えて言えば、258MBと12ギガくらいの差である。しょっちゅうフリーズしてしまう。ということで、次回の仕事はまず作業場内の大幅な配置換えと棚作りから始める予定だ。
作業場を片付けて、2時間かけてブリュッセルに戻る。
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【1月31日】
朝、8時半から室内プールで30分程泳ぐ。背中を痛めていたのものあって、しばらく泳ぐのは控えていたのだがその影響もほとんどなく気持ち良くクロールと平泳ぎを楽しんだ。のち、蚤の市を物色。目当てはやきものの型になりそうな器のような何か。それに薄く伸ばした粘土を貼り付けて成型するのか、それで石膏型を作ってその石膏型に粘土を貼り付けて成型するのか、まあそれは出会ったものによって変わってくるのだけど、なるべくなら石膏型を取る手間を省きたいので、それを念頭にぶらぶらとガラクタの山をスキャンして回る。と、すぐに木製でおそらくはアフリカ製の長細い皿を発見。その店のニイちゃんが5ユーロとふっかけてきやがるのをさらっと無視して2ユーロでゲット。(本来なら1ユーロまでねぎりたいような代物だが。)これで焼魚用の長皿を作ってみることにする。
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一旦帰宅する途中で、ふと今日はセールの最終日だったことを思い出したが、このあいだ日本で散財し過ぎてしまったぼくには全く縁のないものと諦めてアカデミーに行って作業をする。
アカデミーに着くと、先週施釉しておいたものが焼きあがっていたので早速チェック。花入れが二つ、茶碗が3つ、ぐい呑が15個くらい。普通によく焼けてた。あともう一つちょっと特殊な形の花入れが一つ。これは花を生けてみないとうまくできたものなのかどうか判断できないので、明日にでも花を買ってこようと思う。火山灰と土灰の釉薬とカオリン(磁土)をメインにした釉薬を試作してテスト焼成した結果も上がってきたが、火山灰のものは要調整。どぎついテカテカの黄土色になった。カオリン釉は柔らかいマットの白でほんのり緑がかった色になった。このまますぐにでも使える感じ。来週からさっそくこれでいろいろ焼いてみようと思う。
朝ゲットしたアフリカ木製皿に粘土を押し付けて皿を作ってみたら、予想以上にいい感じ。大きさもちょうど良い。ラッキーだった。実は以前から魚皿のいいのができないかと打診を受けていたので、これならなんとかいけそう。とりあえず10枚作ってみた。この手の作業をしていていつも思い出すのは、生命の起源の話。宇宙からアミノ酸の原型が降ってきてそれが粘土質の界面上で鋳型を作り、その鋳型に型押しされたものが少しずつ変化しながらアミノ酸の形をとり、それが生命になっていく、という話。それが本当に起こったことかは別として粘土のもつ初源的なというか神話的な性質を表していて好ましい。そういう意味では井筒俊彦が『意識と本質』の中で引用していたウパニシャッドの中に出てくるやきものの話とかもいい話である。

さて、明日から2月である。
今のところ舞台の仕事の予定もないし、いろいろ物作りと読書と映画を楽しむ月にしようと思う。

【付記】
イスラム国に拘束されていたジャーナリストの後藤健二さんが殺害されたとされる映像が公開された。今までのイスラム国の動向から言って恐らく本物の映像だろう。映像の中で見せる後藤さんの表情も真に悲痛だ。痛々しい。この件に関してはメディアに対して沈黙を守っていた後藤さんの妻もイスラム国の脅迫によって声明を公にしなければならなかった。何よりも率先してメディアで後藤さんの救出を訴えていた母上の心痛は推し量るに余りある。自分の子供があんな形で亡き者にされればどんな気持ちになるか。それを想像するだけでも胸に杭を打たれたような気持ちになる。ただし、「この悲しみが憎悪の連鎖になってはならないと思います」という後藤さんの母上の言葉を忘れてはならない。
イスラム国は正統カリフの帝国を復活させるといっているらしいが、このような暴虐をつくしてその帝国が出来上がったとして、対外的にはそれはまるでチープなハリウッドSFエンターテイメント映画にでも登場するような「悪の帝国」のようなものになるに違いない。(「イスラム国」という単純なネーミングもチープだ。そして単純な故にイスラム全体をイメージさせてしまい、イスラムへの差別感を否応なしに増幅させているようにも思う。なぜ彼らは「新正統カリフ帝国」などのように名乗らないのだろうか。)欧米側から見たソヴィエト時代の共産圏のようなものだ。そのような流れになれば間違いなく戦争や紛争の数がイスラム国を中心にして増えていくだろう。そして今回の件を境にして日本もその流れに巻き込まれていくのだろうか。(動画の中でイスラム国はさらに日本人を標的にすると言っている。)後藤健二さんに関する記事を読む限りでは、彼自身そんなことは全く望んでいなかったに違いない。彼の平和への遺志を継ぐのか、彼の死が政治的に利用されて戦争に加担してしまうのか。日本もいよいよ大きな岐路に立たされてしまった感がある。ともあれ、後藤健二さんに黙祷を捧げる。