入居者名・記事名・タグで
検索できます。

3F/長期滞在者&more

「大切なものをまっすぐに見つめたくなるこの曲を。」【ent「悲しみが生まれた場所」(2017年1月11日リリース)】

長期滞在者

IMG_6349
悲しみの分量を多く抱えてしまった2016年だったが、
その終わりは、温かい気持ちになれる仕事の現場が続いた。

図書館で10代の子達と本について語る新春ラジオ特番の収録を行ったり、
ディズニーの世界に包まれた場所で、クリスマスのゴスペルコンサートの司会を務めたり。
こういうことをしている自分が好きだと思える時間を毎日過ごしているうちに、新年を迎えた。

「自分がどういう考えの人間に共感するのかということを、洋子は久しぶりに思い出し、今後の人生を出来るだけそうした人々と共に過ごしたいと願っていた。」
(『マチネの終わりに』 平野啓一郎)

昨年、平野啓一郎『マチネの終わりに』という本に出会えたことは、私の中でとても大きなことだった。
こんなにも愛おしいと思える一冊に出会えるのか! と思うほどに、
自分の中にある、声にしたくても届かない想いを唯一理解し合うことができるような、対話相手となってくれた本だった。

その中でも特にこの一文によって、自分が欲し、望む未来がはっきりしたことを覚えている。

この人の考えに共感する。そう思うと、心が軽くなっていく。
ふっと何かの緊張から解き放たれたような感覚に、自らの気持ちも優しくなっていることを感じる。
自分自身の実体が、感覚を伴って何かに触れていられる時間をどう過ごしていくか。
できることなら、私は、その人といると、自分が笑っていたり、心から安堵できる人との時間を大切にしたい。

人だけではない。
音楽だったり、本だったり、景色だったり、場所だったり、香りだったり、手触りだったり。
共に時を過ごすことで、自分が好きな自分になれる存在への愛しさが増しているのは、
昨年、自分が好きな自分を何人も失ったからだろう。

2017年が始まり、私は新年の挨拶として、
共感できる考えを持っていると感じる、ごく僅かな人達にこう告げていた。

「今年は自分が好きな自分でいられる時間を一秒でも長く過ごしていきたい。」

IMG_6541
“世界が変わる前に最後に聴いた音楽”
entは私にとって、この6年ほどそういう存在だった。

2011年3月10日の夜。
entのライブを渋谷の小さなライブハウスで観た。
その頃はまだ音源化していなかった「at the end of the blue sky」をライブで聴けるのが楽しみだった。
最後に演奏したその曲は、心にありったけの温かい気持ちをもたらしてくれた。

翌日の朝は青空で。
目覚めても私の頭の中にはあのメロディが鳴り響いていて。
まるで世界の何もかもがこれから良くなっていくのではないかと思うくらいの幸せに満たされていた。

3月12日に日付が変わった真夜中。
前日の14時46分にいた場所から帰宅できなかった私は、
これからどうなってしまうのだろうというあらゆる思考が押し寄せてくる中、
赤いiPod nanoに入っているentの音楽を聴いていた。
その音に耳を澄ませることで、私自身の中に静寂が訪れ、ほんの少し眠りについた。

朝、帰れなかった私にラジオ局の仲間から連絡が入り、
電話を使って、生放送の番組で、帰宅できなかった人達のことなど、東京の様子を中継レポートで伝えた。
放送を終え、動き出した電車に乗り、ひとまずその場所から近かった実家を目指した。
駅から家に向かう坂道でふと見上げた空が、あまりにも青く輝いていて、
ふいにあの夜に聴いた「at the end of the blue sky」の音が蘇ると同時に、
どんなにこの世界が悲しみに包まれようと、私は前を向くと決意をした瞬間だった。

ストレイテナー、ホリエアツシのソロプロジェクト、ent。
5年ぶり、通算3枚目となるアルバム『ELEMENT』が、2016年1月11日に発売された。

前作『Entish』のジャケットもCDケースも随分傷だらけになっている。
2012年1月25日に発表されたそのアルバムは、部屋のCDプレーヤーの一番近くに置かれ、
この5年の間で我が家に数多あるCDの中で一番再生されていたアルバムだ。
それ故に、ニューアルバムの発売は待ち遠しくてたまらなかった。

1曲目の「How To Fly」が始まった途端に、ほっとした。
あぁここには私の欲しい音がたくさん詰まっている。そんな予感しか感じさせない楽曲がオープニングを飾る。
どこまでもこの音に乗っていきたいという喜びが、私の胸に広がった。

entが、ホリエアツシのソロプロジェクトであり、よりパーソナルな音楽だからこそ、自分への浸透度も深い。

その音の一粒一粒に耳を傾けていると、世の中の雑音が入ってこなくなる。
自分にとっての大切なものだけを見つめていたくなる。

また、entの楽曲が世に放たれるのには、冬がよく似合う。
凛とした空気の冷たさが、その音像をよりくっきりと、聴き手の耳に届けてくれる。

「悲しみが生まれた場所」はアルバムの2曲目に収録されている。

人は誰かと出会った瞬間に、同時にその関係性の中に別れを潜ませている。
目の前の景色が眩しければ眩しいほど、私は、いつかくる別れにまで想いを巡らせてしまう頻度が増した。

それは、幸せが一瞬で崩れてしまうことを経験したからであり、
明日が必ず来るわけではないということを知ってしまったからだ。

楽しかったからこその、切なさに絡まってしまった時に、「悲しみが生まれた場所」に手を伸ばした。
ギターの優しい音色が零れた瞬間、まるで綺麗な空気に包まれたような感覚になり、
穏やかな呼吸を取り戻している自分がそこにいた。

すうっと心の奥底まで好きが滲むように広がるentの音楽は、私を柔らかく解きほぐす。
作り手の音楽への探究心と、楽曲に注がれた無垢な喜びが、
自分の中にある好きな音楽を聴きたいという欲求と、気持ちのいいくらい溶け合っていく。

その時、私は、自分が好きな自分でいられる時間を過ごすことが出来ている。

この世界が変わってしまってから。
私はまだ一度も、entの音楽をライブで聴いてはいない。

その音に直に触れれば、あの夜のことを思い出すだろう。
その翌日に起こった悲しみも、思い起こしてしまうだろう。

そして、どんなに世界が変わってしまっても、
自分が自分を好きでいられる時間をもたらしてくれる存在が、
今、目の前で新たな音を奏でていることに、私はどんなふうに胸を震わせるのだろう?

でもきっと、感情の辿り着く先は、あの日以上の幸せになっていくだろうということは、
このアルバムの中で新たに出会えた、輝きを帯びた音との会話が私に教えてくれている。

【ラジオDJ武村貴世子の曲紹介】(“♪イントロ〜19秒”に乗せて)

ストレイテナー、ホリエアツシのソロプロジェクト、entが、
1月11日に5年ぶりとなるニューアルバム『ELEMENT』をリリースしました。

好きな曲ばかりで、どの曲をお届けしようかとても悩んだのですが、
聴いていると気持ちが優しくなって、大切なものをまっすぐに見つめたくなるこの曲を。

ent「悲しみが生まれた場所」

武村貴世子

武村貴世子

ラジオDJ、MC、ライター。
これまで、FM802、Fm yokohama、FM-FUJIなどで番組を担当。

ラジオ番組、司会、ライター、トーク&アナウンス講師はもちろん、
朗読と音楽のコラボレーションライブも展開中。

国連UNHCR協会 国連難民サポーターとして、
難民支援を始め、世界や社会への関心が深く、社会貢献活動にも積極的に取り組む。

また、タロット・リーディングの学びも深め、
フリーランスでその活動の幅を広げ続けている。

Reviewed by
宮本 英実

年が明けてすぐ、大好きな友人たちとパーティーをした。そこは、あまりにも居心地が良くて、こんな時間がずっと続けばいいのにと、思春期さながら思ったものだ。あぁ、私が大切にしたいことは、こういうことなのかもしれないと。その瞬間の私は、きっといい顔をしていていたと思う。そこにいた友人たちも、また。そうだよね、そうなんだよねと、共感できる何かと、時を暮らして。

トップへ戻る トップへ戻る トップへ戻る