「不安でたまらなかったけど、なんとか必死に生きてきた自分に、 この曲は友人のように寄り添ってくれました。」【BUMP OF CHICKEN「Aurora」(2019年3月15日リリース)】

長期滞在者

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私は心配性である。

えぇ? と言われてしまいそうだが、
一人でいる時の私の心配性はそれはもうひどい。
石橋の上を叩いて叩いて、その下に船を用意していないと怖いくらいの心配性だ。

番組やイベントの台本を自分で作成する時も、
書いていなくても大丈夫かなと思うことも、
「いやいや本番でど忘れするかもしれないし」と、ちょっとでも不安が頭をかすめることは詳細に書く。

友人とのLINEのやりとりでも、送信をしたあとに、
「うーん、この表現は伝わりづらいかな」とか「いやこの話を聞いてもらうのは申し訳ない」などと思ってしまうと、
すぐに取り消して、書き直して送っている。
しかし、相手には「メッセージの送信を取り消しました」と表示されてしまうから、
ある友人からは私に何かあったのじゃないか? と逆に心配されてしまった。
「ごめんなさい。違うの。私が不安になって消してもう一回文章を書いたの」という具合だ。
この場を借りて、日々連絡をしている友人たちへ。すぐ不安になって消してごめんなさい。

そんなふうに常に不安を抱えているような性分なので、
一日が終わると、なんとか今日を生きられたと、家に帰るとばったりと眠ってしまうことも多々。
安心という精神状態の中に身を置いている時間は、私の人生でほとんどない。

現在担当している、レギュラーラジオ番組、練馬放送「Voice of Heart」では、
月に一度、練馬区にある図書館に行き、職員の方からのおすすめの本についてトークを収録している。
収録後、図書館の書棚を見ている時にこんな本を見つけた。

『希望名人ゲーテと絶望名人カフカの対話』
(ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ、フランツ・カフカ、頭木弘樹 編訳、飛鳥新社)

ゲーテとカフカの名言を見開きで掲載している。
ポジティブな言葉を綴る、希望名人ゲーテの名言は白いページに黒い文字。
ネガティブな言葉を綴る、絶望名人カフカの名言は黒いページに白い文字。
例えばこんな感じだ。

「希望を失ってしまったときにこそ、良いことが待っているものだよ。」(ゲーテ)
「僕がどの方角に向きを変えても、真っ暗な波が打ち寄せてくる。」(カフカ)

カフカ、暗い。

「暗闇に戻らなければなりませんでした。太陽に耐えられなかったのです。絶望を感じました。」
「僕は静かにしているべきだろう。息ができるというだけで満足して、どこかの片隅でずっと。」
「ぼくのことは夢だと思ってください。」

この本に掲載されているカフカの名言は、ずっとこんな感じである。

「わかる、わかるよカフカ」。
私はカフカに共感していた。

カフカの言葉は、徹底的に生きづらさと絶望を抱えている。
読みすすめていくうちに「いやいやそこまでネガティブにならなくても!」と、
あまりの絶望っぷりに、思わずびっくりして吹き出してしまうような言葉もあった。

私も大概、不安ばかりで常におびえて生きているけれど、
上には上がいるものだなと、気づけばこの本を読むことで力が湧いていた。

どうやら私は、太陽のようにエネルギーに溢れたキラキラした言葉よりも、
闇の中にあるからこその言葉に救われているようだ。

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目の前に広がる海を見ながら、
この地にはずっと縁があるなと思った。
そして、この地に来れる日はいつだって私の心は弾んでいる。

2019年5月18日。
新江ノ島水族館、湘南お祭り広場で「湘南サンズ×国連UNHCR協会 難民支援イベント」が開催された。
このイベントは、長年、バスケットボールの現場で一緒になってきた、
湘南サンズのオーナー、石田剛規さんが難民支援に協力をしたいという声をあげてくれて実現した。
当日私は総合司会としてこのイベントに参加した。

私はFm yokohamaでラジオ番組のレギュラーを担当していたので、
神奈川県には思い入れがある。
だから、番組が終わってからも、神奈川県で番組やイベントがあると、帰ってこられたような気持ちになる。

Fm yokohamaでラジオDJとして電波に乗せて声を届けていた時に、
私が最も熱量を込めて応援していたのが、BUMP OF CHICKENだった。
2000年3月25日にアルバム『THE LIVING DEAD』が発売になり、このアルバムに収録された「K」が本当に好きで、
その年の9月20日にシングル「ダイヤモンド」でメジャーデビューした時には、
BUMP OF CHICKENというバンドの魅力をはちきれんばかりにしゃべっていた。
特に2001年3月14日リリースの2ndシングル「天体観測」を放送する際には、万感の思いを胸にマイクの前にいた。

様々なバンドを応援してきているが、実は「キヨさんといえばBUMP」と言われることが1番多い。
今でもリスナーから、「BUMP OF CHICKENを聴くとキヨさんを思い出します」、
「キヨさんの番組を聴いていたから、BUMP OF CHICKENに出会えました」というメールや言葉が届く。
「キヨさんといえばBUMP」というイメージがあることは、私にとってもとても嬉しい。

ラジオ番組は日常の中にある。
あなたの日常の一瞬に聴こえてきた声や音楽の記憶を、何年経っても覚えていてくれているというのは、
私にとっては驚きと共にありがとうという気持ちでいっぱいになる。
当時私は「私のことは忘れていいから、この曲のことを覚えていて欲しい」という話をしたことがあったが、
時を経た今でも、ラジオDJの私のことも覚えていてくれているというのは、冥利に尽きる。

実はこのアパートメントでも何度も彼らの曲で書こうと思っていた。
けれどもそのたびに私の心配性が登場して、
「いやいやこの言葉でいいのだろうか」、「このような稚拙な表現ではダメだ」など、
不安が頭の中でどんどん膨らんでなかなか踏み出せずにいた。

大切すぎて書けなかった。

あまりにも好きで大切だからこそ、距離を取ってしまうのは私の悪いところだ。

関わらなければ傷つくこともない。

自分の心配性や不安感の強さから、ついそんな行動を取ってしまう。
BUMP OF CHICKENの音楽や情報とも、そんな距離の取り方をしてしまっていた。

5月の選曲をしている時に、
そういえば「Aurora」をちゃんと聴いていなかったと思い、ふと再生ボタンを押した。
すると、自分の奥に引っ込めていた大切な部分に、歌詞がどんどん浸透して、涙がこぼれた。
「うん、そうなんだ。そうなんだよ」と、私は曲に話しかけていた。

心配性の私は考えすぎるくらい考える。
けれども、そこで歩みを止めることはなかった。
不安で怖いけど、それでも度胸だけは手放さないできた。

なんとかなるとは思わない。
なんとかするんだ、と、いつだって自分に自分の言葉を向けてきた。

さぁここだと思う時、
私は、最後に私の意志をはっきりと自分で言語化させている。

「あなたの言葉がいつだって あなたを探してきた」

そうだった。
自分の言葉が、自分を探してきた。
自分の言葉が、自分の歩みを進ませてきた。

BUMP OF CHICKENの音楽に、今、もう一度触れて、自分が大切にしていたことが、胸の中から湧きあがってきた。

ただ、あの頃の私と今はひとつ違いがある。
海のすぐ傍から電波に乗せて声を届けていた時の私は、
「この曲がすごくいいから聴いて欲しい!」という一点に集中していた。

けれども、今はそこに、
「この曲を紹介したら、あなたが喜んでくれるかな?」
「私がこのバンドのことを話したら、あなたは嬉しいと思ってくれるかな?」と、
私が伝える番組や言葉から、あなたの今日が「楽しい」になってくれたらいいな、と思っている。

今日を生きているあなたが、日常の中で「楽しい」と感じてくれたなら。
あなたが今日は良い日だったなと思ってくれたなら。

あなたがその笑顔を浮かべてくれた時、
私の不安は消え去り、今日は良い日だったなと思える。

しかし、次の日には、またあれやこれやと悩みながら、不安と共に走るのではあるが、
それでも、あなたの「笑顔」を想像することが、私の歩みで最も大切な力なのだ。

あなたのことを思いながら、
私はマイクの前にいる。私はカメラの前にいる。
私はあなたが手にしたスマホの中から言葉を届ける。

私の声は、あなたに届いていますか?

【ラジオDJ武村貴世子の曲紹介】(“♪イントロ〜30秒”に乗せて)
今月は、新江ノ島水族館、湘南お祭り広場で「湘南サンズ×国連UNHCR協会 難民支援イベント」として、
大好きなバスケットボールと一緒に、難民支援のイベントで司会をしてきました。

神奈川県はラジオを通して、たくさんの音楽を届けてきた大切な場所です。
その時に私が最も熱く紹介してきたのが、BUMP OF CHICKENでした。

イベントが終わったあとにこの曲を聴いた時、
歌詞がどんどん染み込んできて泣けてしまったんですよね。

不安でたまらなかったけど、なんとか必死に生きてきた自分に、
この曲は友人のように寄り添ってくれました。

また新たに歩き出せる勇気が湧いてくる曲。

BUMP OF CHICKEN「Aurora」