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2F/当番ノート

約束

当番ノート 第4期

約束って なんだろう

いままで

果たされない約束も

思いがけない形で果たされてしまった約束もあった

ある種の約束っていうのは希望にしか過ぎないてことも

”約束”って形になった時点でそれだけで満足であることも

約束には時効だってあるってことくらい知ってる

きっと私だって

置き去りにしてしまってる約束も山ほど
けれども

わたしは小さなひとつの約束が果たされるのを

どこかで待っている気がする 
 

 —という、昔書いた詩を
書き直そうとしたけどうまくいかない 
大切なのは最初の言葉を掬うことだなとつくづく思う

この小さな約束はまだ
果たされないのではなくて
望んで果たしていないんだってことが今になってわかる

果たすのが怖いんだろう
今はまだ未来がずーっと向こう側に小さくしか見えないけど
約束が果たされてしまったら待っている未来が今になってしまうから

 
 ところで、この詩は近くて遠いある人との約束について書いたものだった
その人は創るものものが都度気高くて美しくて

わたしはいちいち感動してしまうのだけど、
なんと皮肉に悲しいことか 
その気高さと美しさはその人の持つ生き傷から産み出されるものであった
 
 言葉を通さないその人の作品達を見ると、それは私にとってのイデアであり

手を伸ばしても伸ばしても届かない世界であるのに

初めてその人の書く言葉を読んだ時にはその人が過ごしてきた悲しい現実に言葉を失った

きっとその生き傷は癒えることがないのではないんじゃないかと思う

 しかし、その人自身の人生がいかに屈辱を受け、汚れたものを見てしまったものだとしても

その人の持つ精神は失われることはないんだなとも同時に思った
 それはその人の創る作品たちが証明している

 
 私は昨日食べた夕飯のメニューや
友人と携帯電話で話した内容ですらすぐに忘れてしまう事があるのに
初めてその人とあった時の周りの草いきれの匂いや
パンプスの底が少し剥がれていたことに気付いて、
ものすごく恥ずかしかった事はしっかりと覚えてる 

底の破れたパンプスを履いていようが例えば何百万する時計していようが 
そんなこと気に留めるような人じゃないのに。

 幸せな一日だった
どんなにおしゃれでも清潔でも「過ぎる」空間だとなんとなくもぞもぞしてきて

帰りたくなってしまうことがあるけれど、
その人の家はすみずみにまで愛情が
過不足なく注がれているなってすぐにわかるくらい
程よく手入れがされていて 
初めて訪れる人でも リラックスできる何かがあった

まるで懐かしい場所に来たみたいに。

それからその人は庭の植物たちや近所の商店の説明を面白おかしくしてくれた
 
けれどもその人の表情に射す陰りは消えることはなくて

私はこの人はどうやって自分をチャージするのだろうと思った
 
 それ以来私はその人と会う毎、交流する度に何かもらってばかりなような気になっていた

それからその人と言葉を交わすたびに怠惰でせっかちで移り気な自分を見透かされているようで

いつも少し緊張していたようにも思う

             *
 

 連絡先だって知っているし連絡しようと思えばすぐに連絡がつく人であるのに

今、その人は”いない”。

 もともと「不在がち」な人ではあったけど

一番楽しかった思い出が一番悲しい思い出に変わってしまったりするんだな

写真の中の、その人の少女性をまだ存分に含んだ黒い大きな瞳をみて
私は圧倒的な寂しさに愕然とした

 そして私は気づいた
あの頃、私はきっと”あなた”になりたかったの
あなたといて 私はあなたとの二人きりの世界以外のものごとは 
とてもスピードが速くてディスポーザブルで陳腐で簡単だなって思っていた
 そのくせ、そんな風にどこかで見下していた世界にうまく折り合いがつけられずにいた
二人だけの世界にいて安心していた

 それからあなたという人は架空の人でもなんでもないし 
私と同じように空気を吸い、携帯のメールには普通に顔文字や絵文字も使うし
普通のことを私と一緒にやりたかったんじゃなかったのかなって。
わたしはその人が塞ぎがちな時にその人と一緒にいて、たとえ言葉がなくても
沈黙が十分にその人の思いを伝えてくれてるように感じていたけど
その人はわたしが人に対して壁をつくらないのが羨ましいといっていたっけな
 密閉された二人だけの内緒話より本当はカラオケへいったり買い物をしたり 
そんなことを望んでいたんじゃないかなってそう思う

 今度は 約束なしで偶然に会えたらいいなと思う
あの頃私は私自身の為のあるいはその人へ向けて表現していたことが多かった気がするけど
今ならきっともう少し広く浅く深く物事を伝えられるんじゃないだろうか
その人の今欲しているものをもっと早く察知できるんじゃないだろうか

 
次に会う時、私はあの頃と同じ場所へ着地はできないかもしれないけど

その日がくるのを待ってる気配を悟られないようにしながら、待とうと思う

無理をして微笑まないその人とまた会うために無理に約束は果たさせない

野坂 実生

野坂 実生

photographer  レタッチ作品をメインに写真を撮っています
撮影ならびにレタッチ、補正承ります

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