2回目のコラムです。
杉田は、元気です(^^)
先週、用事があって、宮崎県の高千穂に行ってました。
日本の心や文化を学びたく、
長崎の神社に居候していた経緯があります。
それで神社・仏閣は私の大切な場所なんですが、
今月末、高千穂のとある神社の神域で、1晩だけお篭もりすることになりました。
8年ぶりではありますが、1人だけは初めて。
1人、無言で書を書き続けるか、何をするか、今は検討中。
そこで味わった事は、コラムでも9月に書きますね(^^)//
2回目ということで、前回の続き。
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私は、
書くこと、文字や思いを伝える事、
言葉などが一番苦手なことだったとお伝えしました。
それを克服するためにスタートした書。
留年してて学生だったのですが、2005年9月13日ー
思いきって路上でパフォーマンスする事にしました。
卒業して就職することもしないと決めていたので、
どうにか書で食っていく方法を考えて、
当時、路上詩人をやっていた方々を見よう見まねでパフォーマンスする事からスタート。
それが上記のような作品の原型になった路上でのパフォーマンス。
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今では、言葉ギフト.comというサイトも運営しています。
ブライダルではサンクスボードとして、
産婦人科では命名書や出産祝いとして卸し、
また最近は『言葉を贈る』というコンセプトでデザイン・企画展の準備をしています。
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あなたに言葉を書きますというスタイルで、
言葉を学んできました。
本当に心に届く言葉とは何か?
どうすれば人が幸せになるのか?
言葉がどうすれば「生きよう」とか「毎日を楽しもう」と思ってもらえるのか。
言葉をどう扱ったら人の支えになるのか。
1万人以上にお書きして、言葉と向き合い、言葉を贈る事を10年続けてきました。
路上で行なっていた最初の1年半は、自分のためのリハビリです。
きっと学生から会社員になって、独立したとして、
社会の地べたから物事を観る体験は一度もできないと思いました。
無差別に人がやってくる場です。
リーゼント頭のあんちゃんと3時間も2人で語り合うときもあれば、
暴走族の恰好をしたチームの皆様に囲まれながら書く時もあれば、
私服警察官と世間話をしたこと、
観光客から稼いだ1万円を盗って逃げられたこと、
可愛い女の子に声をかけられたこと。
自分も一回、ホームレスになってしまおうと、
実際に家をなくし、日本で家なしで生活できるか?
という実験を半年してみたり。
そうした1年半を最初は行ないました。
これは、普通に生きてたら体験できないでしょ??(笑)
ほんと面白く、
どんな人でも根は温かい事をたくさん体験しました。
強面のお兄ちゃんも、優しい顔のおじちゃんも、サラリーマンも、経営者も、ホームレスも。
ちゃんと心で向き合える相手なら、
ほんとうに温かい。
それだけで十分な収穫でした。
あと、日本は贅沢なとこで、
ホームレスでも十分食べていけます。
それも収穫かな(笑)
友人は、鉄パイプで猪を倒して焼いて食べてましたが、
私はそんな強者じゃないから、草たべたくらいです(苦笑)
会社員になっていたら、絶対にできない事をしようと思っていた20代。
ホームレスや路上体験は、私の苦手や常識をガンガン壊してくれました。
社会を地ベタから知った事で、権威や実績、学歴などで人を観なくなりましたし、
心と心で付き合いたいと思うようにもなりました。
心から「人」を好きになれたのは、この時があったから。
だから0歳だろうと、90歳だろうと、『人』として話す事が好きになった。
どんな生き方をしてきたのか、どんな考えを持っているのか、どうしてその道に行ったのか。
そうゆうストーリーを聞くことが私の一番の幸せになってしまいました(笑)
皆さんももし、杉田とお会いする事がありましたら、語らいましょうね(^^)//
その路上の後も、
個展や企画展、
イベントなどで10年、言葉の仕事を続けてきました。
思いを伝える事や、文字、言葉に対する苦手意識も、
この言葉の仕事のおかげで克服できて、
私の言葉や作品で今でも涙を流してくださる方がいます。
葬儀中に御礼の電話がきた事もあれば、
息子さんが余命わずかで「家族の大切な1枚」を作ってほしいと頼まれたこともあります。
数多くのストーリーは私に言葉の大切さ、
言葉は人を幸せにする事を学ばせてくれました。
それで、今では言葉ギフトという事業にまで発展しています。
一種のアートプロジェクトみたいな形にしようとしています。
言葉は伝えるものではなくて、贈るもの
と、一人一人のストーリーを通して知れたおかげで、言葉ギフトという名前に行き着きました。
今は1億人が言葉を贈り合う社会になるには、どうすれば良いか?
を課題として、デザイン、展示会をしていこうと、一歩一歩進んでいってます。
ニューヨークや日本国大使館で行なっている
書家やアーティスト活動への流れは、言葉ギフトとは違います。
路上での活動のあと、
日本文化や日本の心を学ばないといけない機会ができ、
神社に居候することになるのですが、
そこが自分のアート性と向き合う一歩めでした。
その話は、次回にお話します。
今日もお読み下さり、感謝いたします!
杉田廣貴