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2F/当番ノート

若者の戯言 

当番ノート 第38期

  少し、話を聞いてほしい。

これは若者の戯言だ。興味がなければ、左向きの矢印を押して出て行ってもらっても構わない。だがもし、君が答えを求めているのなら、どうか僕の言葉を聞いていってくれ。

 
 問題は、なぜ物を書くのか、というところにある。確信しているのは、これこそが僕のやるべき使命である、ということだ。書くことによってのみ、僕は生き永らえ、幸せを嚙みしめ、そして世界の役に立つことができる。それ以外にはあり得ない。それほどの力が、書く、という行為の中に秘めてある。
どうしてそう考えるようになったのか、それを話していこう。

 

 そのとき僕は、16歳の高校生だった。年が明け、瀬戸内海に面するこの町でもそれなりに寒く感じた。そんな季節に、僕の兄は自らこの世を去った。英語でこの話をするとき、僕はself suicide という語を使うようにしている。あるオーストラリアの親父にこう言われたからだ。

「いいか、kill himselfなんて、これからは絶対に言うんじゃないぞ。自分で自分を殺すことは、カトリックにおいては大罪にあたるんだからな。気をつけなさい」

だから、自殺、とは言えない。とにかく、だ。彼の死が僕に教えてくれたのは、ひとりの人間の死は世界に何の影響も与えない、ということなんだ。兄の遺体がリビングルームに運び込まれ、親族たちは言葉を失い、親父が獣のような叫び声をあげていても、つけっぱなしにしていたテレビの中では、コメディアンが冗談を飛ばし、演者たちが馬鹿みたいに笑っている。葬式では涙を流しながらやけに綺麗な弔辞を読み上げた女たちも、一週間と経てば何事もなかったかのように笑っていた。別に兄のことを考え続けろとは言わない。だが、死、というおそらく人生においての最大の悲劇をもってしても、この世界の川は滞りなく流れ続けていくのだと、思い知らされた。死ぬだなんてクソったれだと思わないか。ナンセンスだ。話になんねぇよ。世界はお前のことを忘れていっちまうんだ。あいつは、あいつはさ、まだ何もやらずに死んじまったんだよ。童貞だったし、世界の広さを知らないし、母親以外の女とキスだってしたことなかったんだ。本当の愛を知らずに死んでいくって、なんて悲しいことなんだろう。

 

 この広い世界には、考え続ける若者たちがいる。自分の存在意義とか、使命だとかを延々と探し求めながら、何度も死の壁の前に立ち、かろうじて生き永らえている彼らが。そんなことも考えず、仕事や、金のことだけに足を取られ、やりたくもない仕事の中で、上下関係とかくだらないことばっか気にしながら生きていく人間よりも、彼らはなんて貴重なんだろう。なんて光り輝いて見えるだろう。アーサーという青年がいる。緑色の瞳をして、髪を上部だけ残しすべて刈り取ってしまったこのフランス人の男もその一人だ。中学で勉強に意味を感じなくなった彼は学問することをやめた。代わりに、この世界からすべてを学ぶことにした。金も持たず、ヨーロッパ中を歩き回って、自分を知り、愛を知り、今では愛を伝導してまわる現代のイエスキリストだ。僕は彼らを救いたい。彼らのそばにいてやりたい。アーサーの手首には幾筋もの切り傷が無様に残っている。いや、無様なんかじゃない。誇り高い戦いの跡だ。人々は彼の話を聞いてやらない。聞いているふりをしながら、実は一言だって聞いちゃいないんだ。僕が彼の話を浴びるほど聞いてやった時の、あの嬉しそうな顔ったらないぜ。

「ハヤテはなんてBigなんだ。僕の話を理解してくれる」

アーサーはそう言って僕を抱きしめたけど、それは違うんだよ。俺は君に救われたし、何より君を愛しているんだ。

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 彼らは哲学する木々だ。僕は鳥となろう。木々に寄り添い、会話する鳥となろう。彼らとともに成長し、風が吹けばともに揺られ、葉のこすれる音を聞こう。時が来れば、木から飛び立ち、自由に空を飛び回り、そしていつか種を地面に撒き、新たな木々を芽吹かせよう。

       
彼らのために、
          この命を使おう。

そういうわけなんだ。これは。僕が答えを得たのはスペイン巡礼をやってた時のことだ。そこで彼らに出会い、生きることの意味、愛の秘密、風の感じ方を学んだ。
僕にとって、物を書く、というのはつまり、彼らに、彼らの精神に形を与えてやることだ。ともに過ごし、たっぷりと話を聞いてやって、降りかかる弾丸の雨をよけながら、僕らは互いを愛するようになる。そうして見えた彼らの魂を世界に示してやろう。世界の目をを覚まさせてやろう。同時に、彼らを肯定し続けよう。人々はそれを間違っているというだろう。だから、世界の中で僕一人だけでも、彼らを正しいと言い続けよう。どれだけ死の壁に突き当たっても、僕は彼らを、向こう側へは行かせはしない。

 君がもし、アーサーとおんなじ側の人間で、生きていくことがどうにもならなくなったなら、僕に話を聞かせてくれ。そして、目の前にあるその扉には絶対に手をかけないでくれ。

どうか、死なないでくれ。
どうか、生きてくれ。

         
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Reviewed by
浅井 真理子

死と生きる意味について考え続ける人の闇は怖いくらい孤独だ。けれどその孤独を受け入れて、隣人に手を伸ばす人がいる。それはまるで神様からギフトを受け取った使者の、荘厳な一枚の絵画のようだ。

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