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2F/当番ノート

音のない海

第40期(2018年8月-9月)

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音のない海に潜る。

重力に身を任せながら、引き換えしようのないところまで、潜る。

自我さえない深海で、研ぎ澄まされた思考だけが光のように駆け巡る。

目が醒めるように、魔法がとけるように、ふっと海から顔を上げると、そこには元通りの時間の流れがある。日常。浦島太郎のような気持ちで、想像より幾分か周回の多い時計を見る。

どこまでも集中しているとき、私はどこでもないどこかにいる。だれでもないだれかになる。

ゾーンと言うらしい。フローとも呼ぶ。

その時間はひたすらに心地よく、だけれど意図的にはなれない。「集中するぞ!」と意気込めば、その気合いだけが空回りして、浅瀬にも入れないもどかしさだけが残る。

盤上没我。

私が潜るのは将棋の海で、海の中の景色や潜り方をどうにか人に説明しようとするけれど、どうにも抽象の域を出ることが出来ない。

音のない海、吸い込まれる宇宙、壮大で静かなものに、それは似ている。

時間の感覚はすっかり消えてしまう。海の中に1日いたら、朝からいきなり夜になる。すっぽりと、その日はどこかに消えてしまう。私の人生は瞬くように過ぎ去ってしまうのかもしれない、と消えた日を前に思う。

今日も、音のない海に潜る。何も聞こえない集中の海に。

山口絵美菜

山口絵美菜

女流棋士、ライター、観戦記者、造形作家
1994年、宮崎県出身。
2005年 将棋と出逢い、女流棋士になることを決意。
2013年 京都大学文学部入学
2014年 女流棋士デビュー
2017年 京都大学文学部卒業
2018年 造形作家デビュー、オリジナルキャラクター「平家駒音」をプロデュース(Twitter:@HirakeGomao)

Reviewed by
大沢 寛

「子どもの目にテーブルは海」ということばを聞いたことがある。
棋士にとっては、将棋盤もまた、広大で果てしない海のように映るのだろう。

最近、藤井聡太七段の活躍で将棋界も多くの人に注目されているが、将棋の手数は幾通りもあり、私のような素人には到底その理解には及ばない。9×9=81マスの盤上は、つねに静寂に包まれ、盤上の駒に集中し、「音のない海」の中で、数時間にわたりひとり孤独な戦いを繰り広げていくのだろう。

千年にも及ぶ将棋の歴史
81マスの上で行われる戦いには際限がない。多くの棋士により脈々と受け継がれてきた盤上のミクロコスモスは、これからも行われていき、後世に名を残すような名勝負も生まれてくることだろう。

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