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2F/当番ノート

駅から家まで8分32秒

当番ノート 第47期

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久しぶりに実家に帰る。意識的に街を見回すと、少しずつ建物が入れ替わっている。
西友の前にあった駐車場持ちの広いサーティーワンは、半年前ほどにマンションのモデルルームになっていてビックリした。なくなってしまったかと思ったら、隣の隣の隣、二回りほど小さなテナントに移転していた。ただでさえ多かった美容室は、最近また増えている。
更地がある。前にそこに何の店が入っていたか、思い出せない。随分前になくなっても思い出せる所、忘れないだろうと思う所もたくさんある。そことそこには、どんな差があるのだろうか。
人は生きている。生きているということは、細胞が絶えず生まれ変わり続けているということ。つまりは、変わり続けるということだ。人がつくる街も、また生きている。つくる人が変われば、街も変わるのもまた必然だ。それが、生きている証なのだから。新陳代謝の起こらない身体は、やがて朽ちるだけである。
そういう意味で、街に対して「変わってしまった」なんていうのは、生に対する否定なのかもしれない。街とともに歩めていない、馴染めていない余所者なのかもしれない。「変わってしまった」という人の方が、もしかしたら元いた場所から滑り落ちて、何かが決定的に変わってしまったのかもしれない。本当に街は面白い。こんな風に、絶えず沢山の思念を垂れ流しているから。ビニール袋が飛んでいる。風に舞い上がるビニール袋だ。

言葉が生まれる瞬間とは。
言葉に人を動かす力なんてない。動きたがっている人の背中を押すだけだ。言葉の力を過信してはならない。
言葉自体に意味はない。言葉に結びついている意味があったとしても、その結びつきに論理性はない。それが「アイス」と呼ばれる必然性はない。その気持ちが「悲しい」という言葉で表される必然性はない。
自分が扱っている言葉の意味を押し付けてはいけない。この身体から離れた瞬間、言葉は誰のものでもなくなる。誰かの耳目、あるいは心に届いた瞬間、言葉はその人のものになる。手放すこと、手放すこと。

「暇」という言葉が、時間の命を殺している。その時間を「暇」と名付けた瞬間、時間は「暇」という名の屍になる。「暇を潰す」とは、人生を潰しているようなものだ。何もしない時間も貴重なのに、暇と名付けたら、それは潰さなくてはいけないものになる。そして暇は、本来ほかにやるべきことがある時間までをも蝕み始める。人の生を養分にどんどん増殖していく。まさに『モモ』に出てくる時間泥棒だ。
スマホは恐ろしい。いや違くて、スマホ自体が悪ではない。刃物と同じ、道具に罪はない。使い方の問題だ。利用しようとする人の性の問題だ。それは自由という名の不自由をピカピカ光らせて、夜光虫の私たちの時間を磔にする。自由はそこに存在するだけで機能しない。選ばれて初めて意味がくっついてくる。意志なき空気のような自由は、最終的に誰かに掠め取られる。そして多くの人は、そのことに気付かず、知らぬ間に少しずつ自由を削り取られながら、それなりに幸せに暮らすのだ。コンピュータは、インターネットは、スマートフォンは、多くの人々に括弧付きの自由を与えてくれた。その括弧は、よじ登るか、掘り出すかしないと現れない。自らの意志で、そいつらを探し出し、ちぎり取れる者が、初めて乗りこなせるものなのかもしれない、今の世界は。デフォルトで不自由からのスタートだった頃よりも、ハードモードなのかもしれない。身体性のない自由は、人の意志を弱らせる。なくなったわけではない、透明になっただけの境界に躓いて大けがをしないように。

「おなかへったねー」
「ぼくハラミたべる!」
「ハラミって(笑)」
公園沿いで3人並んだ笑顔とすれ違った。両の手を両親に握られた少年は、どこまでも自由だと感じてしまった。握られているからこそ、どこまでも羽ばたける。あべこべだけど、たぶん間違ってない。
頼まれていた牛乳を買い忘れたことに気付く、一旦帰ってからまた外に出よう。最近、パスチャライズド牛乳という言葉を覚えた。魔法みたいだ。タカナシの低温殺菌牛乳が好き。

橋を渡った。もうすぐに見えてくる。別にうまくまとめる必要もないのだけど。もう着くので終わりにします。

早間 果実

早間 果実

名前は「かずみ」と読みます。
好きな果物はパイナップル。
幼稚園の頃の夢はぶどうでした。

Reviewed by
浅井 真理子

言葉というものの頼りなさに気がついたとき、しばしば愕然としてしまう。何気ない生活すら、何かに騙されているような、とても大切なものを忘れているような、そんな不安に襲われる。そんなとき、自分という殻をひょいと抜け出して、すぐとなりの別世界から自分を見てみたくなる。私はこれで大丈夫かしら、と確かめるために。

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