入居者名・記事名・タグで
検索できます。

2F/当番ノート

wind flow (1)|安らぎ

当番ノート 第50期

2019年5月。
自主制作MVのロケハンで訪れた横浜。
元町・中華街駅へと降り立つと、潮の香りが広がっていた。


道に迷いながら、マリンタワーを目印に徐々に空が開けてくると、海に面した山下公園へと入っていった。
日本郵便氷川丸の鎖にはカモメがびっしりと並んでいた。
辺りの人よりも多くいたと思う。
後日、横浜にいる友人に聞いたら、カモメのたまり場であると巷ではよく知られているみたいだ。
また対面するであろうカモメたちと別れ、また歩き出す。


山下公園からみる海の景色。
居心地よく、ゆったりゆらぐさざ波と遊ぶ親子の生み出す音に浸っていた。
水上の警察が左手前から速度を上げてベイブリッジのある方へと向かっていった。


再び出発すると背後あたりにいたチワワ2匹と遭遇した。
ピクニックに来ていたらしい。
愛おしさが故に、カメラの連写は絶えなかった。
たくさん撮らせてくれてありがとう。
海風はさらに増してゆきながら、大さん橋へと向かう。



高校生ぐらいのカップルが目の前にいた。
赤いシャツを着る男の子。
青いスカートを履く女の子。
末長く幸せにいて欲しいと、その一瞬にして願った。
(博愛のリレー、伝播してほしい)


地面の基調が木材であるくじらのせなか。
人工物と自然物の掛け合わさる調和、芝生の上に座りながら思いを巡らせていた。
寝そべると上にはソラ、横にはウミ、下にはミドリ。
毎日、囲まれながら過ごしたいと再認識していた。
自然のある営みへのシフトチェンジ、2020年現在は頭の片隅より真ん中あたりに置いてある。


建物の中を通って戻ると、床を舞うように走る2人の子どもと赤ちゃんをき抱える母親の姿があった。
わたしは一人っ子で、兄弟がいることに憧れも幼少期には抱いていたが、最近になっては一人だからこそのよさと恩恵も感じるようになってきた。
母と子、産んでくれたことで自分がいる尊さを投影してくれた瞬間があった。


象の鼻の先っぽへも行く。
先端より手前に佇むモニュメントに惹かれていた。
前にどこかでみていたような記憶の感触があった。
次の現場へと戻る途中、絵師の方が風景を描いているのを目撃した。
その姿に、創造することへの欲求が再燃する感じがした。
円いなにか、それに近い美しさがイメージされた。



先へゆく。
(つづく)







安堵する時間。


趣味に没頭した時間かもしれないし、仕事で目標達成できた時間かもしれない。
人それぞれに、自分なりの安堵できるパターンやシチュエーションがあるはず。


今、その時間を確保できているか、自分に問いてみる。


日々、同じように流れる時間も配置と見方次第で変容していく。
理性の深度と感性の感度にも影響する。


安堵できる時間を設けようとすぐさま動き出すことは、身体にも精神にも慣れがない状態なのでさらに疲弊があると思う。


そんなとき、まず…
目を瞑ってみる。
深呼吸する。
そして、再び目を開く。


長い時間で安堵できることの習慣化は最初の段階では厳しい。
規模が小さいと思ってもまずは息が整い、数分間の”無”に近い状態がうまれリセットできる。
それが日々おこなえると、ちょっとずつものの見方や時間との触れ合い方にも変化がでてくるはず。
ぜひトライを。


次回も、オリジナル楽曲”wind flow”がうまれた横浜でのエピソードを綴ります。中野目

中野目 崇真

中野目 崇真

2000年、池袋生まれ。実験音楽家、写真作家、体験設計。3歳からタップダンスを用いて活動し、音と共に歩んできた中での体験をここでは綴ります。

Reviewed by
福島 光帆

横浜。
昔、知り合いの結婚式に行ったことがある。
海の見える公園で、裸足になって出しモノの準備をして、友人と踊ったのだった。

今、そんなふうに人々が集まって何かを祝うことも難しい。
せめて生活を歓びと安堵の場所にできればいい。

目を瞑って深呼吸をしてみる。
それだけでばらばらだった歯車が一度そろってまた動き出す。
でも目を瞑るのができない時、そんな時間なんてない、なんて時もあるかもしれない。

そんなときは私は少し上の方から自分を俯瞰するように観るのだ。

例えば食器をあらうとき、例えば駅に向かうとき。
自分を囲っている環境と自分とを上空約2メートルくらいのところから眺めると
不思議と気持ちが整う。世界と自分の繋がりを思い出させてくれる。
そして改めて手に触れる水や足の下のアスファルトを感じる。
ルーティーンに溺れそうになったときの、生活瞑想。

それぞれの、息を整える習慣。
あなたはどんな風に息継ぎしてますか。

トップへ戻る トップへ戻る トップへ戻る