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2F/当番ノート

#4 野上さんのはなし

当番ノート 第51期

マンションの7階のエレベーターを押しても、7階には止まらず知らない階まで行ってしまう。降ろされたフロアには、私の知らない世界が広がっていて、お母さん、と小さな声で泣きそうになりながら、一生懸命7階まで階段を降りる。

702号室までやっとの思いでたどり着いて、チャイムを鳴らすと、出てくるのは知らない人で、怖くなって、お母さん!と泣き叫びながらマンション中を探す。


小さい時から、何度もお母さんを探す夢を見ては汗だくになりながら起きる。今日もそんな朝だった。

起きたところで、朝8時に部屋のチャイムが鳴って目覚ましがわりにアマゾンが届いた。寝起き直後に、サインをして物を受け取る。

今日は野上さんが届けてくれた。

どんな時でも、変わらない明るさで「お荷物重たいですよ、大丈夫ですか?」とか「サインレスになったんですよ!」とか、マスクの上からでもわかる笑顔で話してくれる。
自粛期間、何度も配達してくれる野上さんは、きっとこの地区の担当なのだろう。

野上さんには、寝起きの姿だけでなく、仕事中の姿も、料理中の姿も、ほろ酔いの姿も、色々な姿を見られている。その笑顔と毎回荷物を丁寧に届けてくれているので、どこか私も気持ちを許している部分があるのかもしれない。

私がそうしてしまっているように、日々の生活の隙間を見せている人は他にもいるはずだろう。

今日は、そんな野上さんが見る家族のはなしを考えてみようと思う。


最近は、宅配ボックスがが増えてきて再配達をすることも少なっているのだろうと思うが、再配達をするたびに子どもが出ることもあるのかもしれない。
共働きも珍しくない今の時代に、部屋のチャイムを鳴らすと「いまお父さんとお母さんいないの」と少女が言う。

「お荷物どうしたらいいかな?」

「今ね、お父さんとお母さんがいないから、出ちゃダメって言われてるの」

「そっか、そしたらまた来るね」

野上さんは、笑顔を見せて子どもを安心させようとするのだろう。不在票をかき、家のポストに投函をする。

次の日は午前中に配達をしてみるが、今度は誰も出なかった。きっと子どもも学校に行ってしまっているのだろうか。

もう一度、夜の最後の便で届けてみる。

「お荷物です」

「今ね、お父さんとお母さんいないの」

「そっか、またお留守番しているんだね。偉いね。お父さんとお母さんは何時頃に帰って来るかな?」

「わからない」

「そうか、困ったな、不在票をポストに入れるから、ご両親に渡してね」

そう言って3度目の不在票を取り出す。

この時間に、子どもを一人にしていることが気になってしまう。

“ご都合の良いお時間を指定してください”

そう書き残して、家のポストに投函した。


次の日、その荷物は再配達依頼の申し込みがあり、無事自分ではない手から届けられたようだ。担当した仲間に聞くと、普通の奥さんが出てきて受け取ったとのことだった。日曜日の昼間なら在宅しているらしい。
平日、夜遅くまで家に両親がいない間、子どもはどうやって一人を過ごしているのだろうか。お腹をすかせていないのだろうか、色々なことを考えてしまうけど、荷物を届ける以外のことに踏み込んではいけない。

ある日の日曜日の昼下り、配達中にその家の近くを通った。小学生低学年くらいの女の子と、お母さんが家の花壇に水やりをしていた。その姿を見て、ホッとした気持ちになる。

顔を知られていない野上さんが見つめながら横を通ると、子どもが気づき「こんにちは」と話しかけられる。母親が困った顔しながら会釈をしてきたので、「こんにちは」と元気な笑顔で返し、“お母さんと一緒に過ごせてよかったね”と内心思いながら次の配達先へと向かった。



昼寝から目を覚ますと、家の電気が全部消え、真っ暗になっていた時がある。
携帯電話の番号がわからなくて、机にも書き置きがなくて、「おかあさんどこ?」と泣きながらカレンダーに付箋で貼ってあった祖父母の家に電話をした。

祖父母からも母親に携帯にかけてくれていたのだろうが、番号を教えてもらったので電話をかけると知らない女の人が電話に出る。

焦って電話を切って、もう一度電話をかけるとまた知らない女の人が電話に出て

「あんた何?誰なの?」

と言われた。
泣きながら事情をはなし「間違えてごめんなさい」と言うと、これはお母さんの番号じゃないからね、と強く電話を切られた。

おそらく祖父母からの電話で、すっ飛んで帰ってきた母親は、私を抱きしめ「ごめんね、寝てたから置いてっちゃった。すぐ隣まで買い物してただけだよ」と頭を撫でてくれた。

野上さんをみると、そんなことを思い出してしまう。

ばりこ

ばりこ

日々、コンクリートジャングルをどう乗り越えて快適な暮らしをつくれるか考えながら生きていているOLです。

Reviewed by
haikei

少し知っている誰かに自分の知り合いを見る瞬間、そんな瞬間がある。深く知りすぎるとうまく見れなくなってしまう。母の姿を思い出させる野上さんとの共通点はどこにあるのだろう。それはその人が持つ誰かを想う気持ちのみならず、どこか近くにいるはずなのにまるで他人というそんな関係性なのかもしれない。

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