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2F/当番ノート

#7 ミスターチェンマイのはなし

当番ノート 第51期

このコラムの最初に書いた、山田さんの働くコンビニ。
あまりにも頻繁に通っているせいで、山田さん以外にも、いつも出会うあの人のことを覚えてしまっている。

コンビニに行くと、必ずガードレールにもたれかかりスマホをいじっている青年の存在。
時間を置いてコンビニの前を通っても、まだそこにいるので、たぶん3時間くらい滞在しているのではないだろうか。

私は、彼をミスターチェンマイと呼んでいる。

小太りではっきりとした顔立ちの彼は、雨の日も寒い日も焦げつくような日差しの日にも、あのコンビニの前でスマホをいじっている。

話しかけることもないし、ミスターチェンマイが私を認識していることもないと思うが、なんとなく存在が気になる彼の話しを今日はしよう。



日本に引っ越してきて数ヶ月くらいだろうか。会社が指定するアパートは、隣人の話し声もテレビの音も漏れてくるし、六畳一間の部屋は、なんだか窮屈で息が苦しい。

唯一の救いは、母国の家族や友達と電話すること。

職場は早朝から夕方暗くなる前までの現場仕事で、スマホを触る時間はお昼のお弁当のタイミングしかない。

期間限定で東京に来ているミスターチェンマイは、スマホを日本の通信会社には契約していないのだろう。
最初はアパートで静かに本を読んだり散歩して時間を潰していたが、母国よりも明るい夜の街並みの中、言葉もわからず一人で過ごすのは、ホームシックになる一方だった。

インターネットが使えればなあ。同僚に英語で聞いてみると、唯一なんとなく話せる中年の男性が、つたない英語で答えてくれた。
どうやら日本にも無料で使えるWi-Fiがあるらしい。

早速家の近くのコンビニに行き、インターネットを開くとWi-Fに繋ぐガイドが表示された。登録さえすれば無料で使えるようだ。1回60分で1日に3回までしか使えないけど、友達や家族と話すには十分な時間だと思う。

Wi-Fiを繋ぐと、昼から溜まっていたメッセージが一斉に届いた。
「これでお母さんの顔を見ながらゆっくり話せるよ」そう母親に連絡をすると、
夕飯もすっかり食べ終わって薄暗くなる町の外で母がテレビ電話に出る。

ミスターチェンマイのお母さんは、すっかり興奮して家族を集め、隣人までをも画面に写しながら「みんな元気にしているよ、あなたはどうなの? 東京はどう? 部屋見せて!」と泣きながら早口で質問をしてきた。

大袈裟だなぁ、と答えながらもミスターチェンマイの目からも同様に涙がこぼれ落ちたのだった。

それから、毎日このコンビニで家族や友達と連絡を取っている。すっかり慣れて来て、いまは1日数回のメッセージのやり取りになったが、こうしてインターネットを通じて母国の情報に繋げられることで寂しさも半分になった。

日本人の同僚たちは、英語がわからないから話しかけないでくれ、という顔をする人もいれば、一生懸命話しかけてくるけど、思うように意思疎通ができなくて逆にストレスを感じる人もいる。
悪い人たちじゃないのだろうけど、期間限定で働いているしどうせ数ヶ月後に帰国する、という気持ちで友達をつくることは特には望まなかった。



学生時代の短期留学で、無料のWi-Fiスポットを探し周り、スターバックスに数時間滞在していたことを思い出す。

半日分の時差のせいで、リアルタイムに友達や親と連絡できなくて、ホームシックになったこともあった。

だけど、現地の友達やホストファミリーの温かさに徐々に触れることで、最終日には言葉にならないほど泣いて、顔を腫らしながら夕飯を食べ「そんなに寂しいと思ってくれるのは嬉しいよ」とホストファミリーにハグをされた。


いつしかミスターチェンマイを見かけることはなくなったが、帰国前の最後の日に、同僚たちから色紙をもらっていることを願う。
翻訳サイトで翻訳した少しだけ意味の通じない英語で、彼を送り出してくれれば、いいなと思う。

ばりこ

ばりこ

日々、コンクリートジャングルをどう乗り越えて快適な暮らしをつくれるか考えながら生きていているOLです。

Reviewed by
haikei

誰かと繋がられることが当たり前の時代にその繋がりが断たれてしまうこと、それも異国の、言葉もろくに通じない国であれば、さぞかし不安になるであろう。それでも、ミスター・チェンマイからはそんな不安を覆い隠すほどの強い決心が在るように思う。優しい心を持つ人だけが持てる強さを。

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