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2F/当番ノート

1999年の大晦日、渋谷スクランブル交差点

当番ノート 第54期

西暦1999年の大晦日の夜、渋谷のスクランブル交差点にいた。

21世紀が2000年ではなく、2001年から始まるということはもちろん承知だった。それでも、2000年を迎えるときは特別な感慨深さがあった。「19」が「20」になる。区切りがよい。でも、 21世紀はまだ来ない。世紀と世紀のはざまに生じた、空白地帯のような年だった。

1999年末にはそれまで誰も口にしなかったような「ミレニアム」とか「千年紀」とかいった言葉がメディアで盛んに飛び交っていた。世界中のコンピュータが2000年になっていっせいに誤作動を起こす可能性があるという「2000年問題」で、壊滅的な出来事が起きるかもしれないとささやかれていた。

1999年の大晦日、「渋谷がやばいことになっているらしい」とうわさで聞いたので、友だちといっしょに見物に行くことにした。

渋谷スクランブル交差点には退屈を持てあました大勢の人が集っていた。路上で酒を飲み、タバコを吸い、大声で喋って笑い合っていた。群衆が路上にはみ出して車が通行できなかった。通行人ももちろん通れなかった。警官たちが大勢駆けつけていたがそんなものは関係ないし、人種も国籍も性別も年齢も関係なく人々が大晦日の夜を楽しめるだけ楽しんでいた。酔っ払って地下道の入口の屋根に登った人が天井のガラスを割って階下に落下して血まみれになっていた。それを酔っ払いたちがタバコを吸いながら見て「うわやべえな」「死んだかな?」「掃除大変そう」とか言って笑ったり心配したりしていた。ひまな奴らばかりだったのだろう。なんの目的もなく示しあわせもなくただひまな奴らが集まって騒いでいた。無目的で自然発生的な無法地帯だった。生命力の過剰を感じた。暴動が起こる一歩手前のようだった。

私はどうしていたかというと、それなりに楽しんでいた。心のどこかで大晦日も元日も西暦も人間が勝手に決めたものでただ1日1日があるだけじゃないかと思いながら、どうせ無意味な騒ぎならもっとやってしまえと面白半分に煽り立てるような気持ちだった。無責任で、無鉄砲だった。

Wikipediaによると、若者たちが大晦日に渋谷スクランブル交差点に集まる事例は少なくとも2000年の大晦日から観測されているという。私がいたのはその前年となる。その後、2002年サッカーワールドカップで渋谷スクランブル交差点は若者たちが騒ぎたいときに集まる場所として定着した。その延長線上に近年問題となったハロウィンの狂騒がある。

1999年の大晦日の夜、渋谷スクランブル交差点では決まりきったお祭り騒ぎが演じられたわけではなかった。横断歩道ですれ違いざまにハイタッチ、などという浮かれた行為はもちろんなかった。わりと殺伐としていた。何が起こるのかわからなかった。2000年問題で大変なことになるかもしれなかった。ノストラダムスの大予言の「恐怖の大王」とはじつは2000年問題で狂ってしまうコンピュータなのではないかともいわれていた。

いよいよ0時近くになって、大型ビジョンに数字が映し出された。カウントダウンが開始され、古びた千年から新しい千年に向かってわれわれは数をかぞえはじめた。新しい千年! 人類の誰も足を踏み入れたことがない、朝の新雪のように真新しい千年なのだ。

「5、4、3……」

2000年を迎えたその瞬間はよくわからなかった。なにせ騒々しすぎたし、カウントダウンのときフライングしたり遅れたりする人がいるのはよくあることだ。大歓声がわきおこっていた。乾杯している人たちが大勢いた。20世紀最後の1年がはじまった。

いっしょにいた友人たちと声をかけあった。

「2000年だね」「2000年なったの?」「2000年やばいね」「2000年問題なんもなかったじゃん」「あるわけないじゃん」「まだわかんないよ」「これからだよ」「とりあえずあけましておめでとう」「あけましておめでとう」「おめでとう」

それから20年が経った。2001年に同時多発テロ事件があり、2011年に東日本大震災があった。年号が変わり、渋谷も再開発でだいぶ様変わりした。昨年にはハロウィンや年末年始期間にスクランブル交差点を含む渋谷駅周辺で路上飲酒を禁じる「渋谷駅周辺地域の安全で安心な環境の確保に関する条例」が施行された。

東京オリンピックを控えていたはずの2020年。なかなか区切りのよかった2020年。なんといっても新型コロナウイルス感染症の影響で、人と街のあり方が大きく変わってしまった2020年。今年は渋谷スクランブル交差点にそれほど人は集まらないだろうし、集まるべきではないと思うけれど、どんな危機的な状況においても退屈をもてあました人たちはいる。それも、否定できない現実のように思える。

平成から令和に改元した日の渋谷スクランブル交差点
佐伯享介

佐伯享介

青森県出身。SFと文学と犬と猫が好き。

Reviewed by
辺川 銀

恐怖の大王がくると聞いた時。世界が滅ぶと噂されていた時。どうしてあんなに楽しかったんだろう。当時の僕は小学生だった。世界が滅べばもう学校には行かなくて良いんだと思った。

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