この「Air」は、「エアー」じゃなくて「アリア」である。さて、エヴァにちなんでタイトルを付け続けているが、今回ばかりは特に何の意味もない。何も考えずに、タイトルだけを決めてしまった。後付け、コジツケ、なんとか。アリア、すなわち「G線上のアリア」である。G、すなわち「Ground」である。「地上のアリア」である。早速、何を言っているのだろうか。
少々血迷っているが、グラウンド上のアリアなので、無理やり解釈して地上に描かれた芸術の話でもしようかしら。地上に描かれた芸術だからアレです、地上絵とか。後付け、無理矢理、やりたい放題。ご愛嬌。ということで、地上絵の話から始めましょう(ちゃんと話が続くのかしら)。
さて、このネコちゃんを覚えているだろうか。2020年の秋頃、新たに発見されたナスカの地上絵「古代ネコ」である。
その、ゆるキャラ加減で人気に火が付き、SNSで話題を集めたこのネコ。もちろん、地面愛好家の私もこの可愛さに悶えた。Tシャツにプリントしたい。
ところで、ナスカの地上絵にはこのカワイイ古代ネコの他にも、ゆるキャラたちがいることをご存知だろうか。
コイツは出典先によって「巨人」だったり「宇宙人」だったりする。解釈の揺れである。実は「古代ネコ」にも多少の揺れがあり、それゆえ先のニュースにおいては「ネコ科動物」と表現し、ボカしている。
この「解釈の揺れ」は、「地面のファン」にとって最も重要なキーワードの一つである。「地面のファン」の本質とは、落とし物やごみに命を感じることと書いたが、この「解釈の揺れ」もまた「地面のファン」の本質なのである。落とし物やごみの写真を一枚取り上げると、人によって解釈が変わる。汚いと思う人がいれば、カワイイと思う人もいる。
以前、地面に感じる命とは、神社の「きつね様」のような物と書いた。この「解釈の揺れ」が生じるという点では少し話が変わる。神社の「きつね様」を見た時は「きつね様」であるとしか認識しないだろう。ネコかもな、と思うのはちょっとズレている。理由は簡単で、単純にそれが「きつね様」として作られているからである。最初から何を作るか決めていて、それが形作られて、これは「きつね様」ですと伝承されて、その神社にいる。解釈の余地はない。間違いなく「きつね様」なのである(ちなみによく聞く「お稲荷さん」は「稲荷大神様」の眷族である白狐。「お使い」である)。
ナスカの地上絵の場合も、本来は何を書いたのかという事実があって、それをもとに形作られているはずである。しかし、「伝承」がない。何なのか伝えられないまんまに時空を超えたネコ(仮)だから、本当は何者なのか誰も知らないのである。それゆえ愛されるのだ、自分の好き勝手な解釈の余地がある物だから。
(ちゃんと話が続いて安心しています)
地面には、自然に運ばれた物、無意識で落とされた・失くされた物が溢れている。解釈は自分次第である。木の周りを回ってバターになるトラがいるんだから、石になるトラがいてもオッケーでしょう。というか、「石に変えられたトラ」的な伝承はいくらでもありそうだが。 あるんだろうか。
命を感じることは「ゆるキャラの発掘」であり「解釈の揺れ」である。この「ゆるキャラ」と「解釈」は、「自然」と「人間」による「自然な」または「意図的な」干渉によって生まれる。「地面と命」、話が整理され始めている。地面下痢音とか、言っている場合ではない(第一回を参照)。
さて、次回もサービスサービスぅ。