4 凪子のコンタクト
僕の見ている世界は、要するに、凪子が見ている世界だ。それ以上でも、それ以下でもない。だって僕は、凪子のコンタクトなのだから。凪子が朝、僕を目に入れて、夜、外すまで、僕はずっと、凪子の世界を見ている。
凪子は美しいけれど、彼女の見ている世界は、何もかも美しいわけではない。汚いものもたくさん見る。道端に吐き捨ててあるガムだったり、裏路地を埋め尽くすゴミだったり、そのゴミに群がるゴキブリだったり、バスルームにはびこるカビだったり、自分の出した排泄物だったり。そういうものを、凪子は毎日のように目にしている。世界は汚い。まるで、人の心を具現化するみたいに、街はゴミで埋め尽くされている。一見、綺麗な通りでも、隅々までよく見れば、汚いもので溢れている。僕は凪子の眼として、いろいろなものを見てきたけれど、その中でも特に汚かったのは、喫煙所の灰皿の中に溜まった、真っ黒な水だ。タールの燃えカスが水に溶け出して、真っ黒になっていた。あれほどに汚いものを、僕は見たことがない。
もちろん、凪子の世界は、何もかもが汚いわけではない。こんなに薄汚れた世界にも、ちゃんと、美しいものはあるのだ。夜、真っ直ぐに伸びた帰路を照らしてくれる、真っ白な街灯の光。家々から溢れ出す、橙色の灯り。高校の屋上から見える町並み。休日、昼下がりのリビングで、コップに氷を入れ、ソーダ水を注いだときの、弾ける透明な泡。帰りの電車から見える夕焼け。風にそよぐ、青々としたプラタナス。朝、出かける時、ドアを開けると降り注ぐ、太陽の輝き。そういう、美しいものを見たとき、凪子の視線は、しばらく止まる。美しいものを、立ち止まって、じっくりと観察するのだ。凪子は、美しいものを美しいと思える人間だ。その美しさを、しっかりと享受できる人間なのだ。僕にはわかる。僕には、わかる。
凪子の視界には、人間がしょっちゅう出入りする。友人、ただの通行人たち、ナラザキ、社長、担任、母親。通行人はよく、凪子の顔を二度見する。凪子の容姿が美しいからだ。凪子はよく、男と眼が合う。その眼はたいてい、凪子を品定めしようという感情がむき出しになっている。そういう眼を見たとき、一瞬、凪子の視線はうつむく。うつむいたその視界は、少し暗い。様々な人間が踏みつけて薄汚れた地面は、少し暗い。
ナラザキといるとき、凪子はあまり、彼の眼を見ない。興味がないのだろう。ナラザキが何かを喋っている間、凪子はたいてい、遠くを見つめている。ナラザキの背後の壁だったり、空だったり、地面に落ちている空き缶だったり、そういうものを、ただボーッと見つめている。空き缶を見つめることに、どんな意味があるのか、僕にはわからない。
対象的に、社長と喋っているときの凪子は、彼の眼をずっと見ている。その時、凪子の視界には、社長しか映っていない。社長の話に興味があるのか、それとも、ただ媚びているだけなのか。凪子の視界に映る社長は、本当に幸せそうな顔をしている。そんな社長の姿が、僕には痛々しく見えて、眼をつむりたいけれど、凪子はつむってくれない。
ある日、凪子の眼に砂が入ってきて、彼女は僕を外した。そして、誤って僕を落とし、踏んでしまった。僕はハードコンタクトだけれど、あの時ほどソフトコンタクトになりたいと思ったことはない。あっけなく、僕はバラバラになってしまった。
願わくば、もっと凪子の世界を見ていたかった。汚いけれど美しい、そんな矛盾した凪子の世界を、もっと見ていたかった。
僕は凪子に捨てられた。