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2F/当番ノート

凪子#7

当番ノート 第56期

  7 凪子の男(前編)

 凪子について語ろうとする時、俺は、胸が苦しくなる。この苦しいという感情は、付き合えば消えるだろうと思っていた。でも、むしろ、苦しみは募ってゆくばかりだ。今の俺は、凪子を繋ぎ止めることに必死で、凪子以外のことがどうでもよく思える。これはちょっとマズい状況だ。恋愛も青春も友情も成績もそこそこ。それが本来あるべき俺の姿。今じゃ恋愛以外が全部抜け落ちてる。これはマズい状況だ。

 凪子に惚れてるヤツはたくさんいる。当然だ。あいつはめちゃくちゃ美人だし、将来、モデルとか、女優になってたって誰も驚かないだろう。

 数学の村上先生が惚れてるっていう噂も聞いたことがある。村上先生は俺たちの学年でもかなり人気の先生で、みんなから尊敬されている。凪子みたいな女子は、教師と生徒の恋、みたいな、ドラマみたいな恋も似合うかもしれない。むしろあいつには、そういう恋愛の方が合っているのかも。

 三浦先輩が凪子に惚れているというのは有名な話だ。三浦先輩は学校一のプレイボーイと謳われていて、いろんな女子をとっかえひっかえやっているらしい。先輩は凪子をものにしたくてたまらないのだと、俺は人づてに聞いた。

 だから、そんなにモテる凪子と、どうして俺が付き合っているのか、不思議でならない。

 数ヶ月前、俺はダメ元で凪子に告白した。

「いいよ」凪子は独り言みたいに呟いた。「よろしくね」

「本当にいいの?」俺はつい尋ねてしまう。

「うん。いいよ」

 あの日以来、俺は頭を悩ませ続けている。恋愛において重要なのは、付き合う前よりもその後なのだと、俺は初めて知った。俺は凪子の気持ちがわからない。何を見て、何を考えているのか。何に感動して、何に悲しむのか。何一つ、俺にはわからない。凪子を知ろうとする度、俺は挫折し、悩み、のめり込み、周りのことが見えなくなる。

         ◯

 凪子はあまり俺と目が合わない。

「凪子」俺は彼女の名前を呼ぶ。

「うん?」凪子は答える。こちらを見ずに。

 俺は話を続けながら、内心、不安になる。凪子。どうしてこっちを見てくれないんだよ。俺はこんなにおまえを好きなんだ。どうして見てくれないんだよ。

 俺は嫌われているのだろうか。そんな不安がよぎる。俺は凪子に嫌われたくなくて、いろんな見栄を張る。それでも、凪子は俺を見てくれない。むしろ、見栄を張っている俺を軽蔑しているのではないかとすら思う。俺はここ最近、そんな不安をいつも感じながら生きている。

 それから、凪子は俺のことを苗字で呼ぶ。

「ねえ、ナラザキくん」

「あのさ、ナラザキくん」

「ナラザキくんってさぁ」

 俺は自分の苗字を聞く度、不安になる。俺は下の名前で呼んでいるのに、どうして凪子は苗字で呼ぶのか。俺に対して一定の距離を取りたいんだろうか。凪子は俺のことを、どう思っているんだろうか。俺は不安になる。

 凪子には壁があって、その壁を俺は壊せずにいる。その壁は何重にもなっていて、一つ壊しても、また一つ、また一つと続いている。一体、いつになれば、俺は本当の凪子に出会えるのだろう。凪子の、裸の心が見たい。着飾っていない、そのままの凪子が見たい。本当の凪子が見たいのだ。

         ◯

「なあ、お前の彼女、浮気してるかも知れないぜ」HR終わりに、教室で、太田が俺に話しかけてきた。

「は?」

「聞いたんだよ。丸の内辺りで、凪子がおっさんと歩いてるの見たって」

「誰が見たんだよ」

「知らね。でも、学年中で噂になってるよ。知ってたか?」

「知らなかった」

「だろうな。みんな、お前に気ぃ使って言わないんだよ」

 その先の太田の話が、全く入ってこなかった。

 凪子が浮気している。丸の内で。おっさんと。

 心臓がバクバクと動いているのがわかった。張り裂けそうなくらい強く動いていて、俺は何もできず、ただ、虚空を眺めていた。

七瀬 薫

七瀬 薫

大学生。
小説家。

Reviewed by
マスブチ ミナコ

今度はナラザキの語りが聞けた、と思いながら、彼の不安いっぱいの心持ちに胸が苦しくなる。
なぜ自分を見てくれないのか、なぜ下の名前で読んでくれないのか。
凪子のまわりの男性に目をくばりながら、とても不安なナラザキ。

「凪子を知ろうとする度、俺は挫折し、悩み、のめり込み、周りのことが見えなくなる。」

そんな彼に、今まで凪子の周りのモノたちが感じてきたことを伝えてあげたい。
凪子は胸の鼓動を高めてナラザキと過ごしていること。
もしかしたらカメラのレンズ越しではないと、彼を見れない思いのようなものがあるのかもしれない。
それは何なんだろうか。

凪子と会っていたおっさんは、今まで凪子の周りのモノたちが語っていたうちの一人なのだろうか。
それともまだナラザキにもわたしにも知り得ない男性たちがいるのだろうか。
そうすることで、何かを守りたいのか、壊したいのか、それともそれを凪子自身も分からないのか。
わたしもまた、凪子にのめり込んでいっている気がする。

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