当番ノート 第54期
先日、巨大な一本のタコ足を入手した。茹でて冷凍されて東北から東京まで運ばれてきたそれは、私の肘から指までと同じくらいの長さがあり、重量は約1キロ。吸盤なんてペットボトルの蓋くらいの大きさのものもある。足一本だけでこんなに大きいのだから、全長はどれほど巨大だったのだろう。人間の頭部を丸々と包んで窒息させられるくらいはあったのだろうか。 海の底で、巨大な無脊椎動物がじっと身を潜め、獲物を捕らえ日々の糧…
当番ノート 第54期
みなさんはじめまして。 イラストレーターの高松です。 今回から2ヶ月間、毎週月曜日に連載を担当することとなりました。1週間という、締切りのある中でイラストと文章を書くというのは初めてで、とても緊張しています。全8回おつきあいください。どうぞよろしくお願いします。 ボイスレコーダーを机の上に置き、そこに語りかけた内容をテキストに書き起こしています。文章を書くのが苦手なのであれこれ考え過ぎずいいかなと…
当番ノート 第54期
ユニクロを着ることが多くなった。というより、365日全身ユニクロの気がする。 夏はUネックの半袖 T シャツ、冬はタートル、いよいよ寒くなればラムやカシミヤのニット。春と秋はコットンニットやリネンシャツ。ボトムはデニムを数本はきまわす。ってまさか3行で説明できてしまうとは。 なんでユニクロばっかりになったのかというと、それは気負わなくてすむから。価格も手頃だし、なによりあの、つるん、としたデザイン…
当番ノート 第54期
「生きている理由」というほど大げさでなく、「その後の人生を変えた」というほど劇的な出来事でもない。「最高の思い出」みたいなきらきらしたものでもない。 歴史になんてもちろん残るはずがないし、世間には見向きもされない。それどころか「自分史」にだって居場所があるか怪しい。 それなのに、「この自分」にとってはなぜだかどうしても重大で、代替不可能な出来事というものが、たしかにある。 強烈な生の実感をともなう…
当番ノート 第54期
どんなに些細なことだったとしても、誰かは誰かの人生に影響を与えている。 子供のころから他人とコミュニケーションをとることが苦手だった。 どれだけ言葉を尽くしても自分の考えが100伝わることはないと感じていて、どうせ70とか60しか伝わらないのなら最初から何も言わない、つまり0のままでいいと思っていたからだ。 そんなことしか考えていないくせに、誰も心を開いてくれないし誰かに心を開くこともできないとい…
当番ノート 第54期
松屋のカレギュウはおいしい。 力強い牛肉の旨みと、それをしかと支える炒め玉ねぎの、濃厚な創業ビーフカレー。日本人の殆どが食べたことがあるだろう看板商品、甘辛い牛めし。つやつやと輝く真っ白なお米を、ストイックな茶色の福神漬けがぎゅっと引き締める。私は、テイクアウト容器からその香りをいっぱいに吸い込んだのち、米とカレー、米と牛肉、米とカレーと牛肉、と一通りの組み合わせを実行し、七味や紅生姜を乗っけたり…
当番ノート 第53期
目次01-父のこと(3)02-おわりに 父のこと(3) 決して、それまでの私が父の生い立ちについて何も知らなかったわけではない。事実関係は把握していたものの、何となくうまくつながらないというか、親子とはいえ別個の人間のできごとなので、どこか他人事だったのだと思う。我ながら薄情な娘だと感じている。 前回「父のこと(2)」 それが、自分と向き合わざるを得なくなったとき、突然立体感を帯び始めた。そこに至…
当番ノート 第53期
ある作家さんが突然この世を去った。熱心な読者のひとりである私も当然、受け入れることができなかった。その亡くなった方には多くのコメントが寄せられ、「言いたいことが言えないままだった」「会おうとしていたけど、また別の機会でと思っていたら……」など、後悔の言葉がマグマのように吹き出していた。作家さんと近しい人はみな、こういったコメントを繰り返し書いている。つまり、後悔しているのだ。 それを見ていて、ある…
当番ノート 第53期
幼い頃、自分の名前が嫌いだった。上の名前も下の名前も大嫌いだった。 わたしの旧姓は動物の名前とリンクしていて、幼い頃は頻繁にそれについてからかわれた。小学校低学年の時は点呼のたびに誰かがその動物の鳴き声を真似てみせて労なく笑いを取った。 わたしは「女の子は結婚すると苗字が変わる」という事実を知って歓喜して、嬉々として家族に報告し父親を苦笑いさせた。「いつか名前が変わること」、大げさな話だけどそれを…
当番ノート 第53期
カナダ南西端の都市、ビクトリアへ出張している間、日中自由にできる時間は限られていたので、昼飯休憩の合間を惜しんでレコード屋に足を運ばざるを得なかった。 会議場からチャイナタウンへ向かおうと廊下を歩いているとき、柱に貼ってあるポスターに目が止まった。 “Discover our 5 Seasons” 「5つの季節」とは一体?という疑問が頭をよぎる中、足早に通り過ぎる。 ビ…
当番ノート 第53期
これまで「出来事」の意味を模索するような記事を書いてきましたが、これ以上この言葉を広げるエピソードをつづらずに一つの着地点を探すことにしますね。まとめると、出来事は目的と結果が異なることで生まれる。習慣化されている人の営み。出来事によってできることは、モノの用途・意味が変わること、過去の認識が変わること、日常が少し変わること。(テネットと出来事を結び付けたのはエキサイティングだったなあ) 私は建築…
当番ノート 第53期
前回触れたように、私は父に愛されていた。それを象徴する、わかりやすいできごと一つ紹介しよう。 24歳のとき、友人としてもかねてから付き合いのあった同い年、同郷の男性と初めての入籍をする。当時東京で暮らしていた我々があいさつに行くのとは別の機会に、先方のご母堂と私の両親が対面したそうなのだ。その場にいたわけではないので詳細は分からないのだが、「ふつつかな娘ですが」とかなんとか言いそうな場面で、父は予…