当番ノート 第53期
物忘れが激しくなったら老化の始まりだ、と言われたことがあったものの、そもそも記憶力に自信のある私だ。そんなことはありえない、そう考えるのは至極当然のことだった。 高校の暗記系科目などは、すべて満点を取るのはあたりまえで、月末に実施されることになっていた複数の〇〇検定を月の頭から勉強し始め、「そのレベルから始める人はいないからやめておきなさい」と国語や英語の教師に言われようとも、気分が乗ってしまった…
当番ノート 第53期
この夏、友人が1歳すぎの赤ちゃんを連れて自宅を訪れた日のことを思い出す。驚いたのはきみが赤ちゃんを手厚くかまっていたこと。 きみは布団にもぐりこんで「どこにいるでしょう?ここよ、ここよ」と声だけで示したり、おもちゃのレジスターにプラスチックのカードを押し当てて「はい、ポイントをつけました」などとお芝居をして、初対面の赤ちゃんを大いに喜ばせた。 これまで自分より幼い子を公共の場や交通機関で見かけるこ…
当番ノート 第53期
小学校5年生のときだったか、国語の授業でリレー小説を書かされた。4人か5人くらいの班の中で回して書いていくかたちだった。あるときからそれは僕にとって忘れたい過去だった。実際、今では自分が書いた内容は忘れ去ってしまった。 僕が第一走者になった物語は「何を書けば良いのかわからない」と同じ班のクラスメートに言われた。独りよがりな設定でリレーが繋がらず、殆ど一人で書いた。6年生の卒業前、学校の図書館の衆目…
当番ノート 第53期
昨年秋に病死した父は、自分の親や一部の兄弟、親戚にまで変人扱いされている人間だった。私も、父を変人だと思っている。ただしそれは、親戚たちが言うのとはまったく別の意味。 父については『発達ナビ』のコラムでも二度触れている。(1回目 2回目) 当時は勉強不足、私の自己理解の浅さが伴い、父を「ASD(自閉症スペクトラム障害)様の傾向がある」と記したが、実際はADHD(注意欠如多動性障害)の傾向が強いよう…
当番ノート 第53期
東京の下町を歩いていると、活気ある商店街を抜けたその先に、いくつもの空き家が密集している場所があった。近くを歩いている初老の男性に話を聞くと、建物の老朽化でほとんどの住人が出て行ったとのことだった。 残っているのは、建物の一部は破損し、ドアも「立ち入り禁止」と書かれていながら開いたり閉まったりを繰り返し、窓ガラスは割れていて、管理されないまま放置された植物が生い茂る、無数のアパートだけである。 管…
当番ノート 第53期
まだ「美」について確かな感覚のないきみは、まつげの量や眉の形や唇の厚さなどどいうものを全てすっ飛ばして、わたしに似たがる。美人になりたいとか大人になりたいとかそんな動機は抜きにして「ママがいい」と言う。 年に何度かしかないお父さんのお迎えで、保育園の先生に悪気もなく「あら、お父さん似だったんだね」と言われたきみが、金切り声をあげて拒んだと聞いた時は涙が出るほど笑ってしまった。 同時にふと思った。ど…
当番ノート 第53期
ヘルシンキ・ヴァンター空港は乗り継ぎで通過するだけだったし、早朝に営業している店もあまりないだろうからと思って、ターミナルに何があるのか調べていなかった。トランジットの手荷物検査を終えて、ターミナルへの扉が開くやいなや目に飛び込んできたのは「味千ラーメン」だった。店は閉まっている。みやげ店の列の中で、皆と平等に店名のサインだけが営業している。 ここはヘルシンキ・ヴァンター空港。 オーロラ、ムーミン…
当番ノート 第53期
2年程前から、現在気仙沼に2軒残る銭湯の一つ「友の湯」に複数のメンバーで関わるようになりました。オーナーの小野寺学さんが気仙沼に帰郷後、震災後にお母さんから経営を引き継いで営業されている銭湯です。建物や配管設備などは老朽化しているものの、それが逆に良い味となっていて、地元の方や観光客の方に愛されている町の銭湯。 2年前の2018年11月26日は、「いい風呂(1126)の日」として、お客さんが入浴し…
当番ノート 第53期
前回は、私の恨み節に相当な文字数を割いてしまい、Uの人間性についての説明がかなりざっくりとしたものになってしまった。とはいえ、彼女が優しさと芯の強さを併せ持つ人であることは、何となく感じていただけただろうか。 もちろん、それだけでも魅力的である。しかし、それだけの人であったとしたら、彼女と私が仲良くなれたかと考えると、どうだろうかと私は首をかしげてしまう。少なくとも私は「素敵な子だなあ」ぐらいにし…
当番ノート 第53期
2010年、留学のために訪れてから何度もロンドンに行っているのだけれど、もうここ数年は行くことができていない。このことが残念でならない。最後に行ったのは3年ほど前になるだろうか、まとまった休みが取れたのでしばらく過ごしてみることにした。 少しの間行ってきます、という話を知り合いの編集者としていたら、ああ、じゃあついでにイギリスのネタで雑誌のコラムを書いてくださいよ、ということになってしまって、遊び…
当番ノート 第53期
雨の音が好き。ぱちぱちと花火みたいな音もあれば、ぽつぽつとボールペンの走るような音もある。 わたしが小さかった時、ブラウン管の砂嵐のざあざあという音を「雨の音みたい」と言ったら、わたしのお母さん、つまりきみのおばあちゃんに褒められたんだけど……そうか、そもそもきみはブラウン管の砂嵐を知らないか。 「耳がいい」と言われその気になった流れで、同じマンションの大学生のおうちでピアノを習い始めた。でも10…
当番ノート 第53期
『ペルシャ猫を誰も知らない』は現代のイランのインディロックシーンを描いた稀な映画だった。ロック、メタル、ヒップホップといった西欧の音楽の演奏の許可が下りないイランで、地下室や、農場や、工事現場で密かに鳴らされていた音楽を世界に開いた。 バンドマン役で映画を主演したアシュカンとネガルは実際にイランで音楽活動をしていたが、映画の撮影直後にイギリスへ亡命している。映画の撮影は当然ながら政府の許可を得てい…