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Do farmers in the dark(30)

Do farmers in the dark

三色の水辺のスケッチ

セルジィ、ある一日(後編)

前回までのあらすじ〜

ネバネバ粘菌と粉塵やオゾンでできた良く熟し腐ったアパートに住む、中年の禿げて太ったすえた匂いのするハンサムなバッポス。禿げかけで頭皮から腐った桃の匂いのする長身小太りな、美人妻のベルンパスと一緒に住んでいた。バッポスはセルジィが大好き。(セルジィ=ピッケル型固形コニャックの事)

この日もバッポスはセルジィにシロップをかけて、机の上で何時間もかじっており、その破片を狙うオゾン蟻達も同様にセルジィを楽しんでいた。オゾン蟻の1人、蟻語でソロー55世という名の蟻の青年は特に果敢に机の上を攻めており、セルジィのかけらによって冴え渡った頭でバッポスの親指が次にどの方向に動くのか分かるようになっていた。

セルジィには、うまいばかりか大変に頭を冴え渡らせる薬効があるんだ!…

突然玄関ベルがジョリジョリジョリリンと鳴り、遠方のバッポスの母親から冷凍肉が届く。妻のベルンパスはそれを夕飯にしようと言ったし、ネギをかけようとも言ったし、バッポスもそれに賛同した。

するとまたもやベルが鳴り、バッポスの友人である双子の兄弟キョンドー・レイキョンズが現れた。キョンドーという兄とレイキョンという弟、2人まとめてキョンドー・レイキョンズとバッポスは呼んでおり、彼らは常に2人同時に全く同じ事を話すが興奮した際は全く別々に話す。2人は痩せこけて皺だらけで鷲鼻で頭部から腐ったドラゴンフルーツの匂いがする元気いっぱいの中年だった。

キョンドー・レイキョンズは第48公園に行こうと提案し、バッポスも賛成してウキウキしながらセルジィとシロップをリュックにつめる。

バッポスは友達が大好きだったんだ!

3人は今にも崩れそうな奇跡の粘菌階段を降りる。

バッポスは2階に住んでいたんだな!

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そうして奇跡の粘菌付き錆だらけ空中階段からついにコンクリートの地面に降り立ったバッポスとキョンドー・レイキョンズ。

第48公園はアパートから3キロほど離れたところ、えぐられた山の入り口にある。バッポスは数々の家が立ち並ぶ住宅街に住んでおり、しばらく歩いて住宅街を抜けると田や畑、工場があるとても開けた広い空間が現れるんだ。少し時間はかかるが3人は住宅街を歩き始めた。

コンクリートの路地に街路樹、塀、塀、さまざまな家、アパートが立ち並ぶ。空は曇っていた。曇りの日はあらゆるものの形がとてもはっきりと見える。

木々の緑がもっとも鮮明に見れるのは曇りの日だった。晴れた日に比べてあまりにも細かく葉の輪郭が分かる。季節はもう春の始まりだった。

そしてバッポスは樹木のところどころに芋虫を発見した。オレンジや黄緑の芋虫。または毛虫。バッポスは芋虫を発見するのが得意だった。

街の風景、ところどころに隠れている芋虫を見ながらリュックに入れてあるセルジィを取り出してかじる。

セルジィによってバッポスの頭は冴え渡り、あらゆる景色がもっと最も鮮明に見え、よりたくさんの芋虫をバッポスは発見した。

道端に長くて黒い物が落ちていた。バッポスはそれを大きな芋虫ではないか?と思ったが、近づいてみると黒い伸縮性のボトルだった。

そのボトルはプラスチックか硬いゴムで作られているように見え、ヒダのようなジャバラのようなボディで伸ばしたり縮んだり出来るようになっていた。そのような道端に落ちている黒い伸縮性のボトルは今までも何度となく見たが、一体どのような人間がどのような用途で使っているのか、なぜうっかり道端に落とすのか、なぜ常に何年も放置されたような風情で実際確実に何年も放置されている様子なのか、バッポスには全く検討がつかなかった。

とにかくこんな大きな芋虫がいるはずないもんな。と思ったが、同時にその黒いボトルの中には十中八九、まあまあ大きい芋虫が1匹もしくは2、3匹いるだろうな。と思った。だいたい道に落ちている、黒い中身が見えない容器の中には茶色い成分不明の液体と、芋虫が入っている。そうに決まっている。

いつも思うのは、芋虫はどこから来てどうやってその茶色い液体の中に住んでいるのかという事だった。そして蝶の姿を見ないが、蝶はもうどこにもいないのだろうか。

セルジィによって冴え渡った頭で考えても、それは分からなかった。体を動かしてないからだ。疑問に対しては実際に四肢を動かさないと答えが出ない。

そして、黒い容器は何を入れる物か、芋虫はどこから来るのか、蝶はいるかいないのか調べるためには恐らく一生をそれに費やさないと分からないという事で、冴え渡った頭それのみで分かる事は限りなく0に近いという事だった。ただ同時に、実際に四肢を動かして調べたとしても分かる事はほんのわずかで0が0.3くらいになるだけ、そしてその0.3の知識も、あらゆる万物の根底がまず分かって無いわけだから、結局確かな物では無く0または一瞬で振り出しに戻されるという事だ。だから何かを調べるために行動をする事をバッポス一切しないようにしていた。バッポスが何か知っているのは偶然経験した事のみ、例えば道端の芋虫と見間違う黒っぽい伸縮性のボトルには十中八九、茶色い液体と芋虫が入っているという事だった。

誰だってそうだ。何かに飢えたり困らない限り自分から何かを調べようとする人間なんて滅多にいないだろうきっと。バッポスは実に貴族的かつ誰も使用しない打ち捨てられた人工知能によく似た生活をしていたんだな。

「ねえ最近蝶々を見たかい?」

バッポスはキョンドー・レイキョンズに聞いた。

「そそううだだねねええ。1010年年前前くくららいいだだっったたかか、おおれれののととっっつつぁぁんんがが死死ぬぬ日日にに見見たたななああ。綺綺麗麗なな青青いい蝶蝶だだっったたよよ。」

「ナルホドォ」

とバッポスは言った。そしてバッポスはキョンドー・レイキョンズの横顔を見た。立派な鷲鼻が二つ並んでいる。目がとても窪んでおり、眼窩の形がありありと分かる。熱帯雨林を想起させる、黒々としたウェーブがかかった癖毛に皺だらけの褐色の皮膚、まつ毛がとても長い。とにかくバッポスはキョンドー・レイキョンズの顔が大好きだった。

そんな時バッポスがいつも気になるのはキョンドー・レイキョンズの内的宇宙はどんな具合かという事だった。2人同時に同じ事を話す彼らの普段考えている事はいったいどんなだろうと。そしてもっと気になるのが、妻ベルンパスの内的宇宙はどうなっているかという事だった。

それを知るには夜寝る前にどんな事を考えているかを聞くのがいいかなと思ったが、今まで一度も聞いた事は無かった。

バッポスは寝る前特段何も考えてなかったし考えられなかった。ただ目の裏にチカチカした太陽のような光、または尖った山、流れる水、流動する何かの顔面などが映像として現れるだけ。キョンドー・レイキョンズも、妻ベルンパスも同じような映像を見ているのだろうか。

「ねえ夜寝る前に何考えてる?」

バッポスは聞いた。

「そそんんなな事事考考ええたた事事はは無無いいなな。焼焼豚豚作作りりがが好好ききだだかからら、焼焼豚豚のの事事をを考考ええてていいるるかかももししれれなないいなな。肉肉をを包包むむののははどどんんなな布布やや紐紐ががいいいいいかかななととかか。」

「ナルホド、焼豚の事考えてるなんて、いいな」

とバッポスは言った。キョンドー・レイキョンズの内的宇宙には焼豚がある。素晴らしい肉と布と紐の映像をまぶたの裏に見ているだろう。キョンドー・レイキョンズは人間としてバッポスの1段階上のステージにいたんだ。

(ステージ=段階の意味)

「ととににかかくく連連続続でで質質問問ををすするるななヨヨ~~、死死ぬぬほほどど面面倒倒じじゃゃなないいかか~~そそうう思思わわんんかかねね」

とキョンドー・レイキョンズが言った。

バッポスは

「ごめんよぅ、おれ、またやっちまったなァ~…」

と言った。たしかに2回以上、間隔をおかずに質問されるのはなぜかウンザリした気分になる。バッポスは気をつけようと思った。

突然キョンドー・レイキョンズは

「おおいいババッッポポスス!!かかわわいいいいワワンンチチャャココががいるぞ!」

と言った。

「おお!可愛いワンチャコだ!本当に」

バッポスは言った。本当にかわいいワンチャコだった。(ワンチャコ=ワンちゃんの意味、ワンちゃん=犬の事)

白くふわふわした丸くまとまった体毛の小さなつぶらな瞳のワンチャコ、散歩させているのは上品な中年の婦人だった。鮮やかな空色のTシャツを着ていた。

「とっても可愛らしいワンチャコですな」

「ほほんんととううににかかわわいいららししいい」

バッポス達は婦人に言った。

婦人はバッポスのすえた匂いとキョンドー・レイキョンズの腐ったドラゴンフルーツの匂い、つまりすえたドラゴンフルーツの腐った匂いに堪えきれず、白いハンカチで口元を押さえながら、

「ワンチャコ?もしかしてワンちゃんの事かしら?あら嬉しいわ~」

と言った。

婦人の頭部からは半腐りのオレンジピールの匂いが放たれていたが、バッポスとキョンドー・レイキョンズは半腐りのオレンジピールの香りをたいそういい香りだと思い、素晴らしい婦人はやはり素晴らしいワンチャコを飼っているのだな、と満足して歩を進めた。

途中ホリ帰りの人間とエビ帰りの人間も見た。

(ホリ…所定の壁面に頭を打ちつけ続ける事)

(エビ=所定のザラついた壁面におでこを擦り続ける事)

彼(もしくは彼女)らがホリ帰りかエビ帰りかはすぐ分かる。額がへこんで赤くなっている人間がホリ帰りで、額が酷い擦り傷だらけの人間がエビ帰りだ。疲れた顔をしている。バッポスはエビをたくさんやってチャプを稼ごうと心に決めていたが、

(チャプ=通貨が原材料の偽のクリスタルの事。つまり偽のクリスタルが原材料の、1番良く使われる通貨の事(クリスタル=透明で光を当てた時に限ってキラキラするやたらと固い物質))

それはチャプが無いとセルジィが手に入らなくなった時だ。そしてバッポスは何故か自分にホリとエビ以外に出来る事は無いと決め込んでしまっていた。素晴らしい仕事、例えば他人の便所掃除、便所の設計、便所の施工、便所の修理、その他農業やコックやあらゆる建築や土木、電気器具の製造、打撲や骨折の治療など、素晴らしい仕事たちはいずれも、もっともバッポスが苦手な分野だった。やってやれる自信が無かったんだ。

しばらく歩いて住宅街を抜けた。草の匂いが漂っている。広い空、まったく曇って灰色だった。とても開けた場所、田と畑、草、山々だ。住宅街から続いているコンクリートの道路は田と畑と草に挟まれた十字路にさしかかった。

その時、バッポスはあまりの光景に目を疑った。十字路ではとてつもない事が起こっていた。

バッポス達が歩いている道の他の3方向から、それぞれ十字路に向かい3人の老人が歩いて来ていたのだが、あろう事か3人が3人とも、ズタボロの破れかぶれのうぐいす色のキャップを被っていたんだ。こんな曇りの日にズタボロのうぐいす色の帽子は良く映えていた。帽子以外にも、3人の老人はみんな長袖ポロシャツを着ていた。そのポロシャツは白色だったが、3人とも微妙に違う白だった。3人とも顔はそれぞれ違うのだが、ただとりとめがなく老いているというような顔で、特徴は掴めなかった。

「おい…おい!キョンドー・レイキョンズ!何かとてつもない奇跡が起こっている!異常事態だ!あの3人の老人たち、全員同じようなうぐいす色のズタボロの帽子を被っている!同じようなうぐいす色のズタボロの帽子の老人が3人も存在し、偶然にも同じ十字路に向かって来ている!」

とバッポスは興奮して、ただし老人たちには聞こえないように声を小さく絞って叫んだ。

「おおおお、珍珍ししいい事事ががああるるももんんだだなな。」

とその老人3人に目をやりキョンドー・レイキョンズは言った。

これを発端に何かこれからもっと途方も無い事が起こるのではとバッポスは思った。確率的に、確率を計算するまでもなく明らかにこの世に起こり得ない事が起こっている。帰ったら妻ベルンパスにもこの事を伝えなくては。

目の前では3方向から来た同色ズタボロ帽の老人たちが十字路の真ん中でかなり接近していた。

そして…目も合わさずにすれ違いそれぞれ十字路を超えて真っ直ぐ進んでいった。その1人がこちらに向かって来る。バッポス達が住んでいる街に向かっているのだろうか。やはり顔はとりとめもなく、老人だった。

バッポスはすれ違いざまに何か声をかけてみないといけないなと思った。

「こんにちは。今日は曇ってますな」

とバッポスは老人に声をかけた。

老人は、

「ぅぉす、ぅぉっす」

と言ってそのまま、真っ直ぐ、ゆっくりと歩いて行った。

すごい出来事だった。今後この光景を誰かれ構わず伝えたいと思い、バッポスは絵に描いて世界中のみんなに見せたいと思った。絵は一度も描いた事はないが、見た光景通りに線や色をつけるだけだから非常に簡単だと思っていた。しかしまずとてつもなく品質の良い絵の具や筆を揃えなくてはと思ったため、そのためにはやはりエビでチャプを稼がないといけないなと思った。

そうなると恐らく自分は結局のところ絵を描くのは数年後、または死ぬまで描かないかもしれないなと思った。

十字路を右に曲がった。草の匂いを嗅ぎながら、しばらく歩くとえぐれた山があり、ふもとから坂道をしばらく上がると第48公園だった。

坂道の道端は割と広く、コンクリートで綺麗に舗装されていた。少し坂道を上がると左手に貯水池があり、その貯水池を過ぎるともう公園の入り口だ。

バッポスは貯水池やそれに準ずる何かを見るたびに、いったいどんな生き物が住んでいるのだろうと幼い頃から考えていた。そして最近はもっぱら得体の知れない大小の線虫が住んでいるんだろうと思っていた。そんな事を思っている間には既に第48公園に着いていた。

この公園は何か寂しい。山の中腹のほとんど森の中にある。いつも曇っているように感じる。バッポスもキョンドー・レイキョンズも共通して寂しい場所が大好きだった。入口からは少し道が狭くなり、恐らく誰も使用しないであろうボロボロのバンガローが5棟あった。周りには杉の木が何本も立っていた。そこを通り抜けると開けた場所があり、遊具が4つほどあった。ゴムのタイヤに紐をつけて回るやつ、ブランコ、シーソー、そして階段で上がれるようになっている一段上の高台広場から今いる場所に伸びているローラー滑り台が。

割と歩いたのでバッポス達はベンチに腰を下ろした。バッポスはすかさずリュックから出したセルジィを、シロップもかけてポリポリとかじり出した。景色がどんどん鮮明に見えてくる。木、木、木、とにかくみずみずしい緑の木が見える。芋虫達はなぜかあまり見つからなかった。そのかわり細かい羽虫があらゆるところに塊になって見えた。そしていくつかの木の枝には古びたロープがかかっていた。何かの小さな部品やケーブルが地面に落ちていた。曇りの空の灰色の濃淡や一つ一つのあまりに曖昧な雲の境目も見えるような気がした。セルジィにはうまいばかりか視力を上げる効果があるようだ、とバッポスは思った。

バッポスはセルジィをキョンドー・レイキョンズにも勧め、3人でセルジィをかじった。キョンドー・レイキョンズは焼豚が好きなので、バッポスのようにセルジィを常にかじっているわけでは無いが、かといって焼豚を常にかじっているわけでもないのだが、セルジィを勧めるといつも一緒にかじってくれた。

キョンドー・レイキョンズの口の動きを見る。常に変化する唇の動きを見るのは楽しかった。そして噛むごとに咬筋がかなり隆起している。

キョンドー・レイキョンズはバッポスの視線に気づき、

「おおいいババッッポポスス、おおれれのの口口元元ををじじっっとと見見るるななよよ。気気味味が悪悪いいぜぜ」

と言った。

「おっとバレちまった!ごめんよ…」

とバッポス。

すると突然、キョンドー・レイキョンズが声をひそめつつも、小さな声で叫び始めた。

「バッポス静かに!何か、錆びた金属のようなものが軋み擦れる音が迫ってくる!」

「軋み擦れる音を出す何か、錆びた金属のようなものが迫ってくる!」

キョンドー・レイキョンズは興奮していた。2人同時に話すというルールが破られ、キョンドーとレイキョンそれぞれバラバラに叫んでいた。ただバッポスにはどちらがキョンドーでどちらがレイキョンか、すぐには分からなかった。

すぐに分からないという事はすなわち、今後も自力では一生涯どちらが分からないという事だった。本人達に確認すればいいのだが、しかしバッポスはまた次の機会に気が向いたらどちらがキョンドーでどちらがレイキョンなのか確認しようと思った。

確かに、錆びた金属が軋み擦れる音が迫って来ていた。

キィキィ~キィキィキィキィキィ…キィ~…

どんどん迫ってくる。あたりを見回すと公園の管理人らしき老人がこちらに歩いて来ていた。何故管理人と思ったか。薄汚れた青い帽子を被っていて、なんとなくきっと管理人だろうなという気がしたんだ。

錆びた金属のようなものが軋み擦れる音は彼の体から発せられているようだった。キョンドー・レイキョンズとバッポスは目を凝らし、何故彼から錆びた金属のようなものが軋み擦れる音が出るのか目と耳を凝らした。

3人は老人のかなり近くまで寄っていって、音の正体が分かった。その管理人風の老人はネックストラップを首にかけており、何かの鍵をそれにぶら下げていたのだが、そのネックストラップが揺れるたびにキィキィと音をたてていたんだ。

鍵をぶら下げる付け根の部分が伸び縮みする構造になっているようで、恐らくその内部が劣化しているのか、伸び縮みする過程で錆びた金属が軋み擦れる音が出ている様子だった。

キョンドー・レイキョンズはホッとした様子だった。何か得体の知れない恐ろしいものが来ると思っていたようだ。

3人は管理人らしき老人のあまりにも近くに寄っていたが、その老人は一言

「ぅォス」

とだけ言って、滑り台が設置されている階段を登った高台に歩いていった。

「ささっっききははびびっっくくりりししたたななああ」

とキョンドー・レイキョンズは言った。

バッポスとキョンドー・レイキョンズはその後その辺りの大きな枝を拾って戦ってみたり、貯水池の近くの水が通ってない大きな排水溝の中を歩いて、排水溝のコンクリートの質感、本日のコンクリートの湿り具合を楽しんだりして帰った。

時刻は17時半だった。

帰り道でバッポスはホリ帰りとエビ帰りの人たちを何人も見た。やはりホリ帰りの人は頭がへこんでおり、エビ帰りの人は頭に血が滲む擦り傷があった。

バッポスは将棋をするのをすっかり忘れていた事に気づき、また今度将棋盤を持ってきて欲しいとキョンドー・レイキョンズに言わなくてはと思ったが、そういえばさっきすでにキョンドー・レイキョンズとは曲がり角で「そしたらまた」と言って別れていた事に気づいた。また将棋盤持ってきてくれたらいいな、そして恐らくきっと叶う事はないだろうがいつか蝶々の舞う陽光あふれる公園でキョンドー・レイキョンズと将棋をしたいな、と思った。

粘菌付き錆だらけ空中階段、それを少し息を切らしながら登り、バッポスはアパートに帰宅した。そしてボロボロのグレーの外出着から、ズタボロのグレーの寝巻きに着替えた。

妻ベルンパスに今日の十字路の奇跡的な体験を話し、ベルンパスはなかなか面白がったが、何か他に気がかりな事がある様子だった。恐らく、そんな事よりホリかエビをしてくれと思っている事だろうとバッポスは思った。

そして机の上にガスコンロを設置し、冷凍肉を茹でてネギをかけて食べるためにお湯を沸かした。

バッポスはセルジィをシロップ無しでかじり始めた。オゾン蟻の青年ソロー55世はバッポスが公園に行っている間もずっとセルジィのかけらを楽しんでおり、今もそこでセルジィを楽しんでいた。セルジィの薬効により頭が冴えまくっており、シロップ無しでプレーンなセルジィをかじっているバッポスの親指がその可動域の中で次にどちらに動くかありありと分かる。

バッポスはお待ちかねの冷凍肉とネギにチュクチュウ、チュクチュクチュウチュク、、、チュクチュウ、ドンチュウ!と歌を歌い始めた。

ベルンパスが、ついに沸騰したお湯に冷凍肉を入れた。

沸騰したお湯に冷凍肉が触れたその瞬間、突然冷凍肉は一気にバラバラ、散り散りの破片、粒になりお湯の中で一瞬で見事な茹でミンチが出来上がった。

ソロー55世はセルジィがもたらすスローな景色の中で、ベルンパスの瞳が四方八方、あらゆる方向に動くのを見ていた。

木澤 洋一

木澤 洋一

ふと思いついた事や気持ちいい事や、昼間に倒れてしまいたいような気持ちを絵にしています。

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