入居者名・記事名・タグで
検索できます。

Do farmers in the dark(34)

Do farmers in the dark

脇腹と頭頂部に向けてセットされる刃物のアップリケのスウェットを着た、複数の割面顔をスキーマスク風の顔に一体化させたままでまた明日に備えて就寝しようとする人。堅い壁にブトウがめり込む

あの孤島へ、あの城(ホテルのような)へ

ある時私はひどく立体的なポルノ雑誌(ひどく立体的なエロ本、ひどく悲しい)に囲まれており、そこで産声をあげた。ゥォ~ッツ、ゥォ~ッツと涙を流しながら。ゴミ溜のような廃工場の2階のようだった。

第二の人生の始まりだと思った。私は生まれた瞬間に既に成人男性で、ゾンビ(zombie)だった。つまり私は何故か心の底から確実に生まれたばかりで、それが第二の人生であり、確実に成人の男性ゾンビである事が分かったんだな。

人生でやる事については既に分かっていたような気がしたが、とにかく私と同じ同胞に会いたいと思った。すると都合よく、2人の人間が階段から上がって来た。

「おお、人がいたよ」「驚いた。生き残りだ」

若い男性2人。

なぜ若いと思ったか。2人ともゆるい帽子を被って、目があまりに白く丸くて少年のようだったから。産まれたばかりの私は挨拶をして2人にこの世界の事を、この世界の現状を教えてもらおうとしたが、だめだった。少し話してすぐ分かったよ。この2人はこの世界について何も知らないと。立体的なエロ本について少し話していたと思うが、すぐに「また」「話せて良かった」と言って去って行った。

結局のところやる事は分かっている。第二の人生だからね。実のところすでにあらゆる知識が頭に入っている。やる事というのはつまり、逃げる事だ。主にナイフと、兵士と、触れると2秒で全身ドロドロになって死ぬ殺人ウイルスから。確実にそれらが存在する事が分かった。

そしてそれらが存在する事、走ったり隠れたりしてそれらから全力で、気合いで逃げる事、それが前回の人生で学んだあらゆる知識の全てだった。

そして廃工場の2階から降りるとすぐに人生はスタートした。すぐそばで物陰にナイフを持った男の気配を感じる。私は時に身を隠し、時に物音をできる限り出さないように走り、時にはでんぐり返しをしたり、時には2階の窓ガラスに突っ込んで骨折の恐怖に怯えながら1階まで飛び降りたり。そうしながらどこかへ向かった。特に目的は無いが、行ける道へ行くんだ。

屋外には至る所で黒い兵士の軍団が見える。銃を持って行進している。パレードの行進では無く、標的をすぐ殺せる歩き方で行進している。至る所に殺人ウイルスがある。殺人ウイルスは黒い霧のよう、またはネバネバしたスライムのような塊で道に落ちている。触れたら2秒でドロドロになって死ぬ。

空は晴れていたような曇っていたような気がするがいずれにしろ薄暗い世界だった。どこもかしこも廃工場か廃校か廃ビル。あらゆるもの(あらゆるものとはナイフを持った個人、銃を持った兵士達、殺人ウイルスの3つしかないが)を一生懸命に避けて隠れて走って時に擦り傷や、どうしてなのか肝臓、膵臓、脾臓などに傷を負いながら進める道に進む。

そうしながら逃げて隠れて進んだ先、突然海が現れた。かなり開けた場所に着いてしまった。

メタリックな暗い青色の海でとても寒そうに見えた。海のずいぶん向こうに小さな島が見え、そこにはホテルのような城のような建物があった。すごくそこに行きたいと思った。

そこはきっと兵士やナイフや殺人ウイルスから守られた場所だろうと思った。葉っぱ、笹の葉、そういうのに包まれた温かい食事、スープがあり、温かいベッドがあり、温かい陽光があるホテルだ。そこが最終地点だと思った。第二の人生のね。

そして目の前には大きな大きなクネクネしたウォータースライダーがあり、遠くの島のホテルの前まで伸びていた。これに乗ればホテルまで行けるという事だ。

ウォータースライダーの出発点まで高い昇降路があり、息も切れ切れで急いで登り、すぐにウォータースライダーに乗った。水は冷たくスピードはかなり速いが、かなり上下左右にうねったウォータースライダーで、あの島、ホテルに着くまで少し時間がかかるだろうと思った。

そしてウォータースライダーのレーンは1つだけでは無く、少なくとも10個ほどはあり、ここに着くまでに全く姿を見せなかった他の人間が4、5人私と同様に他のレーンを滑っていた。レーンは冷たそうな海の上でかなり広々と、かなり入り組んでおり、この1、2秒の瞬間に目がとらえた視界の中に4、5人の人間が居たため、実際にはもっと多くの人間がこのウォータースライダーに乗っているのかも知れないと思った。入り組んだレーンに遮られた海の上の大空が見える。曇っているのか、それとも暗い晴天なのかどちらか分からなかった。

どこからか発射される銃弾がいくつかのレーンに向けて飛んでいた。胸から血を流している人が目の前を滑って行った。

なるほどと思った。ホテルには運良く弾丸に当たらなかったものだけがたどり着けるのだと思った。今のところ私はまだ銃弾を喰らっていないが、まだホテルまでかなりの距離がありそうだ。

繰り返し散発的に、ウォータースライダーに向けて銃弾が発射されている。また1人運悪くたった今被弾した人間が見える。景色が少しゆっくりに見えた。大きな入り組んだウォータースライダーを滑る数人の軌跡、いくつかの銃弾の軌跡が見えた気がする。

私は銃弾が当たらないように、あの城みたいなホテルに辿り着けるように強く願った。

散発的な銃弾の中で次に、私は私自身を成人の男性ゾンビだと強く思っているが、一体ゾンビとは実際のところ何なのかと思った。全く分からなかった。

そしてホテルに辿り着けるように願いつつも、今目指しているホテルがあまり善い場所では無い気がしてきた。優しい光がある温かい場所である事は間違い無いと思った。ロビーのイメージがありありと頭に浮かんできた。もしかしたら前に一度行った事があるのだろうか。明るい茶色の壁、ツルツルした白い床や机、フロント、温かみのある黄色い光、空調が効いており、暖かい。ロビーの真ん中にはコンパクトなドーム状の光の集められた装置が台座の上に載っている。

どうしてなのかそのイメージが、ホテルがだんだんと恐ろしくなって来た。光、温かさなどの好ましいもの全てが、私が逃げて来たナイフ、兵士、殺人ウイルス、銃弾と同じものから作られている、生まれているに違いないし事実そうでしかあり得ないと思え、とても恐ろしくなった。

どうやらカモメが何羽も飛んでいたようで、カモメも銃弾に撃たれていた。その光景を見て何故か私はほんの少しだけ安心し、意識が遠のくのを感じた。

天使は斜め上空へ
木澤 洋一

木澤 洋一

ふと思いついた事や気持ちいい事や、昼間に倒れてしまいたいような気持ちを絵にしています。

トップへ戻る トップへ戻る トップへ戻る