

チャリスがやって来る。それはまるでずぶ濡れのハイソックスのように(6)
前回までのあらすじ
クァンツ木村(カンツ木村) は、ほら穴チケットを販売しほら穴に人を招いている。バターが大好きだ。ライトニング数馬(カズウマ)はそんな彼の友達で、ペコロスと芽キャベツが大好き、変な筋トレをしている。カンツがほら穴案内から帰宅し、カズウマに本日のほら穴のゲストだった郷乃ヒストリアン天狗キヨポン(ごうのヒストリアンテングきよぽん)と思わぬ来客だった天翔けるコク・デキストリン次郎コク実(天翔けるコク・デキストリンジロウこくみ)の事を話しホカホカのレトルトハンバーグを頬張ると、突然ずぶ濡れのハイソックスのように汗を垂らしながら、もう1人の友人、チャリス信道(チャリスのぶみち)がやってきて大声を出した。チャリス信道はタバコとカマドウマが大好きでとてもいい人だ。
「カンツさん大変だあ!カンツさんの洞窟に、喋る岩がいた!岩人(いわじん)がいたんだ!顔があった!顔以外の胴体が無かった!岩の顔が喋ったんだ!大変だあ!」
〜あらすじ終わり
カンツとライトニングはびっくりして、信道の顔を見た。その顔はずぶ濡れのハイソックスのように汗で濡れていた。大変な事だ。岩が喋ったなんて…と二人は驚きながら、ハンバーグを依然モグモグしていた。
カンツは、そのモグモグを一旦終わらすと、
「まさかそんな事があるなんて!ハンバーグを食べ終わったら、みんなでほら穴に行こう。チャリスはご飯は食べたのかな?」
チャリスはとても取り乱しており、
「俺はご飯はまだです、でもご飯はいらないです!」
と言った。2人はなるべく急いでハンバーグを食べ終え、よし行こう!と言ってカンツの車に乗り込んだ。
しばらくしてほら穴に着いた。チャリスが、岩人は2番目の客間のほら穴に現れたんですと言い、3人は恐る恐る2番目のほら穴にカンツを先頭に入って行った。するとちいさなドーム上に広がる客間である空洞のすみに、岩人はいた。
チャリスは、
「あれです…しゃべったんです…」息を潜めて言った。
ほら穴の薄暗い土色に、パッチリとした白い眼球に黒い瞳の二重の目が煌めいた。岩の顔だ。胴体は無かった。我々を見ている。カンツははっきりと、これは岩人(いわじん)ではなく、岩面(イワづら)だ!と思った。
恐る恐るカンツが近づくと、岩面(イワづら)は、喋った。
「私は、せり上がる肩甲骨こと夕暮れのマニュピレーター孫(せりあがるけんこうこつことゆうぐれのマニュピレーターまご)だ。」
「唐突だが、おまえさんたちの中で1人、神になりたい者はいないかね?」
3人はゴクリ…とヨダレを喉に流し込み、カンツはバターとパソコンゲームの事を考え、ライトニングは筋トレの事を考え、チャリスはカマドウマ達の事を考えた。
少し間をおいてカンツが口を開く。
「あなたは神なのでゲス?このほら穴の…」
カンツは敬意を示すためゲス調の言葉を使う事を決めたようだ。
「いや、私はせり上がる肩甲骨こと夕暮れのマニュピレーター孫でしかない。」
と岩面は言う。
「…しかし神より、人間の中から神を1人選ぶ役割を与えられており、それをどうしてもしたい。それをすればとてつもない快感が得られる事が予見されているからだよ。私は快感を得たい。とにかく神の使いなんだ。」
カンツは了解し、
「なるほどなるほど…それで神とは実際何者なんでゲス?私のハマっているパソコンゲームでは神は便器を落とすでゲスが、ゲーム内でも全く姿を現さないでヤンス」
と聞いた。
するとマニュピレーター孫は突然
「ダッハァア!」
と笑い出した。次の瞬間、マニュピレーター孫の岩面(イワづら)は分裂し、すぐ横に全く同じ顔の岩面(イワづら)が増えた。その岩面も同様に
「ダッハァア!」
と笑う。
するとどうだ、今笑った2人目の岩面がさらに分裂し、またさらに分裂し、どんどんとほら穴のざっくばらんにゴツゴツした壁面は岩面(イワづら)に覆い尽くされていく。そしてそれぞれが、次々と笑い声をあげていく。
「ダッハァア!」「ダッハァア!」「ダッハァア!」「ダッハァア!」「ダッハァア!」「ダッホォオ!」
「ダダッッハハァァアア!!」「ダダッッハハァァアア!!」「ダダッッハハァァアア!!」「ダダッッハハァァアア!!」「ダッホォオ!」
カンツら3人はあまりの異常事態に、それぞれがそれぞれ「ウヘェ…」「エエェ….」とうめき声をあげた。
するとすぐに、さっきまでのダッハァアのこだま、反響が嘘のよう止んで、岩面(イワづら)ことせり上がる肩甲骨こと夕暮れのマニュピレーター孫は元の1つだけの岩面に戻っていた。そしてマニュピレーター孫は話し始めた。カンツら3人は岩面の分裂が止んで心底ホッとした。
「いやはやこれは失礼した、神が便器を落とすゲームについ吹き出してしまった。それはとても良く出来たゲームだね。便器は大切だものな。やっぱり神は優しい。神は何者なのか、神はまずもってあまりにも透明であり、全ての中に同時に存在できるから同時に存在している。力とかエネルギーとか呼ばれるような存在だ。そしてあらゆる事を同時進行的に考える事ができ、全てを知覚している。あらゆる事をあまりにも高い計算能力をもつため数字や記号を使わずにありのままの事象をありのまま計算し推論できる。つまり神は自我を持った全てを知覚している全てという存在なのだよ。カンツ君がバターをネットリと舐めているその瞬間のささいな日常の一コマもそれを前人類、全虫、全哺乳類、爬虫類分、全山全草前石全プラスチック全アルミ分、毎ミクロン秒ごとに全て全員、全物体分知覚している。そして様々なあらゆる物を何か見えない力で透明ではない物体として存在させている。しかしながらカンツ君がやっているパソコンゲームのように便器を人間に寄付したりはしない。便器が存在するのはもちろん神のおかげではあるのだが、神が行うのは物体を物体として存在させるところまでだ。どうして便器を寄付したりしないかというとあまりにも高い演算能力があるため何かプラスの事をした場合のマイナスの影響があまりにも等しい事がありありと分かるのだよ。結局のところ何かが生まれたら何かが死ぬという事であなたが生きているということは何かが死んでいるということで何かが現れたら何かが消え何かをリカバリーしたら何かどこかが同程度の痛手を負うという事だね。そしてその正と負の活動の中で全ては実のところ一切均等で失われていない、それがまったくはっきり分かってしまってらっしゃる。そのため神は目に見える物体の運動に介入しないんだ。その物たちの自由な運動に任せている。優しいね。しかし神はやっぱり全てを知覚しつつ何もしないのは良くないかなと思った。そう思いつつも自分自身が目に見える物体の運動に介入してしまうのはやはり気が進まないため、代わりに例えば人間に便器を配ってしまったりだとかそういう目に見える物体に介入してしまうような、神の代理人的な存在を作りたいと思っている。そして神は物体の運動原理に珍しく介入し私を作りこの洞窟に置いたのだよ。神になりたくはないかと聞いたが正確には神とほとんど同じ能力を持つ、神の代理人的なものになりたくないか?ということなんだ。」
カンツは、
「どうしてそんな大層な事をするのにこのほら穴にいらっしゃるんでゲスか?」
と聞いた。
「ここはなぜか退屈な人間しか寄りつかない。このあたり一帯でも退屈指数が飛び抜けて高い場所なんだよ。退屈な人間であれば、神になったとしても突然変な事をしないだろうからね。ひっそりとした場所がいいんだ。」
カンツは
「神がおられるのであれば、悪魔もいるんでゲス?」
と聞く。
マニュピレーター孫は、
「悪魔はいない。空想上の生き物だ。しかし君たちはとても悪魔めいているね。カンツ君は自分で作ってないバターをネットリ食べている。ライトニング君はペコロスや芽キャベツを常に持ち歩いて主食に添えたり、串刺しにして楽しんでいる。チャリス君は自分で作ってないタバコを吸っている」
カンツは、
「ああ、なるほど」
と言った。
するとマニュピレーター孫は突然大きな声を出し始めた。
「さあもう我慢出来ない!3人のうち誰でもいいから穴の中のマグマに入り神になるんだ!マグマに入れば神になれるぞ!なんでも出来るんだ!」
そう言った瞬間突然洞窟が広がり、目の前のほら穴の地面に大きな穴が空き、そこには煌々とオレンジに光るマグマの池が広がっていた。
「さあ、早く飛び込むんだ!誰か!さあ!早く誰かマグマに落ちてくれ!じゃないと私は気持ちよくなれない!誰かがマグマに飛び込めば私は気持ちよくなれるんだ!」
そう言ってマニュピレーター孫は、急に取り乱し始めた。
カンツはストレスを感じ、バターを舐めたいと思ったがクーラーボックスを持っていなかったためバターを舐める事は出来なかった。早く帰ってバターを舐めようと思ったし、この溶岩に飛び込むのは無理な話だと思った。隣のライトニングもストレスを感じていたらしく、あの変な直立不動で全身を痙攣させる筋トレをやり出していた。全身の痙攣により首から上、頭だけが激しく四方八方に揺れていた。
チャリスの方を見ると、チャリスが大声をあげていた。
「ウホォ!!!!」
カンツがまるでゴリラのような声だ、ゴリラの声は実際に聞いた事ないけど、と思ったその瞬間、なんとチャリスは溶岩に飛び込んでいた。カンツは驚いて目の前にある大きな穴の下の溶岩を覗いた。チャリスが溶岩に着地した瞬間に、凄い速さで溶岩に沈み一瞬でチャリスの姿は見えなくなった。ライトニングは変な筋トレを未だにしており気づかなかったようだ。カンツはライトニングの激しく揺れる頭を押さえて、
「おい!チャリスが溶岩に飛び込んでしまったぞ!!」
と言った。
ライトニングは驚いて
「まさか…そんなぁ…うわぁ..」とうめき声を出した。
せり上がる肩甲骨こと夕暮れのマニュピレーター孫は、
「とても気持ちよかったです…。少し眠ります…。」
と言って、みるみるうちにスゥ〜っと姿を消してしまった。または岩の中に引っ込んでしまった。気づけば穴も、溶岩も無くなっていた。
残された2人は、とにかく一目散に家に帰りたいと思い、カンツの車に急いで乗り込み家に帰った。チャリスは一体どうなってしまったんだろうね、きっと神様になって、我々の見えないところで人々を導いてくれるだろう…きっとそうだろう…もしくはチャリス、彼自身が、もともと存在せず幻だったのではないかなどと2人は言いながら帰宅した。カンツは1人、チャリスは飛び込む前にゴリラのような雄叫びをあげていた事が気になっていた。どうしてあんなゴリラみたいな雄叫びをあげていたんだろう。本当に不思議だった。そしてどうしてチャリスみたいな人が神に興味があったのか、あんな溶岩に飛び込めるほど勇敢だったのか、全く分からなかった。
2人は無事カンツの家に帰宅した。友達が1人溶岩の中に消えた得体の知れない出来事を忘れるため、カンツはバターをいつも以上にたっぷりと舐め、ライトニングはいつも以上にペコロスと芽キャベツを連続して貪り串刺しにして食べたりしていた。カンツはライトニングは今日はうちに泊まっていくつもりなんだな。と思っており、実際ぺコロスと芽キャベツを食べ終わるとすぐに彼は横になり、眠っていた。カンツもとにかく私も寝よう、と思って横になり、スヤスヤと眠った。
翌朝、2人は8時ごろに起き上がり、おはよう、おはようございま〜すと言い合っていると、コンコン、コンコンコンと玄関のドアをノックする音が聞こえてきた。すぐに声が聞こえた。
「チャリスさん、ライトニングさん、俺ですチャリスです!おはようございます!」
「おお!」
チャリスの声だ!2人はチャリスが生きていたんだと思って勢いよく飛び跳ね、玄関のドアを開けた。
玄関のドアの前には、1匹の大きなカマドウマがいた。人間のように立っていた。ツヤツヤして、立派で、朝日に輝いていた。全く姿が以前のチャリスとは違うのに、それは間違いなく、どこからどう見てもなぜかチャリスそのものだった。
「チャリス、一体どうしたんだいこんな格好になって。神様はこんな格好なのかい?かっこいいなあ!!」
カンツは言った。カンツはカマドウマがそんなに好き、得意ではなかったが、チャリスの事は大好きだった。そして、大きなカマドウマは、不思議とかっこよかった。
ライトニングは
「本当に良かった!でも何でそんな姿なんです?溶岩に飛び込んだんですよね?」
と聞いた。
チャリスは、
「そうとも、溶岩に飛び込んだ瞬間、俺はマグマそのものになって全知全能のマグマ神になったんですよ。まるで何もかもが分かりました。それで神は好きな時に好きな姿で好きな場所に行けるんです。だからカマドウマになったんです。俺はしばらくはマグマ神ではなくカマドウマ原神です」
と言った。
カンツは
「とにかく良かった〜疲れただろうから今日はうちで休んで行きなよ、みんなでお祝いしよう!」
と言った。本当に素晴らしい、あんな恐ろしい事があったのに一晩でチャリスにまた会えるなんて。少し姿は変わってしまったが、間違いなくチャリスだ。
3人はカンツの部屋でめいめいくつろいで楽しく話した。チャリスは神になって一晩でもう、現状人間とは比較にならないほどひどい惨状のカマドウマ達の社会をずっとずっと平和にしたいという立派な抱負を掲げていた。
昼になった。カンツは酢飯を炊いていた。カンツは刺身と海苔も買ってきており、カンツとライトニング、カマドウマ現神のチャリスはその後みんなで手巻き寿司を食った。
チャリスのカマドウマの顔が手巻き寿司を食べている。酢飯とカマドウマの顔は非常にマッチしているように感じた。
みんなで楽しくご飯を食べながら、突然カンツはチャリスにいかにも丁寧に、
「現神様、美味しい酢飯を、巻き寿司をごちそうになって頂きありがとうございます。私が丹精込めてお作りしたお料理のお味はいかがでだったでしょう?この私クァンツ木村に、何か、何かしらの御加護のようなものは無いのでしょうかね?でゲス」と聞いた。
チャリスは溢れんばかりのフローラルなスマイル、まるで花畑にいる花の香のする花柄のドレスをゆるくエアリーに着ているカマドウマのようなまさにそれはカマドウマのスマイルで、
「よろしい、ピカピカの便器をたくさん差しあげよう。」
と言った。
〜完