昨日6月25日に、テロ事件直後にはCNNにテロリストの巣窟とまで言われたブリュッセルのモーレンベーク地区にあるパークファームという公園で、とあるイベントがあった。パークファームはもともとその敷地で2年まえに行われた催し物のために作られ、その後取り壊される予定だったグラスハウスを再利用し、それを運営する形でその地域のコミュニティーのためのイベントの中心施設になりつつある。
このグラスハウスを守ったのは知り合いのアーティストの市への陳情がきっかけだったのだが、それがわりかし簡単に聞き入れられたのは運もよかったのだろうが、ベルギーの政治の敷居の低さの表れだろう。サミット用に数十億円かけて建てたものをすぐにまた取り壊してしまう、他国には「勿体無い」という素晴らしい伝統的価値観を持った国として知られているが実際にはそんな思想文化的価値なんて知ったこっちゃねえとばかりに極東で貧相な極右になりかけているどこかの国の政治とは大違いである。
昨日のイベントには大まかに言って3つの組織が関わっていた。一つはそのパークファームの運営組織。それと最寄りにある、日本で言えば公民館のような地域文化センター。そしてぼくもその活動にかかわっている、アーティスト支援組織ワークスペース・ブラッセルズ。この三つの組織がそれぞれに時間帯を決めてこの野外スペースで催し物を持ち寄って、一日中何かしらのイベントが継続的に行われた。
ぼくは前回少し書いたように、売茶翁プロジェクト(仮名)で参加した。前部に箱のついた三輪自転車に茶道具を仕込んで会場に乗り込み、煎茶を淹れながら、その様子を興味を持って近寄ってきた人たちにお茶をタダで振る舞い続け、その人たちとあれこれ会話を交わすというだけの企画である。
100年ほどの年季が入った三輪自転車に載っけた、手作り感満載でガンダム的な彩色が施されたタイ製七輪で炭に火を入れながら茶を淹れてる日の丸ハチマキを巻いたアジア人というヴィジュアルのおかげか、頻繁に客がやってきて喫茶していってくれた。ちなみに、日の丸ハチマキは嘘なのだけど。
やきものや手仕事に興味のある人フラマン人カップル、自転車マニアが集まるイベントにこのセットで参加してくれないかと誘ってくれたイタリア人男性、その敷地のすぐ脇でパン用の窯を作ってそれを日曜日には一般の人と共有して楽しんでいるポルトガル人に見えるモロッコ人男性、日本に3ヶ月滞在してそれがどれだけ素晴らしい体験だったかを語ってくれたベルギー人中年女性、芸術家にとってのブリュッセルが持ってる価値について熱く話していった人中国系ドイツ人の若者、その日使っていた緑茶に興味を示し自分でもこだわりのミントティーを淹れているからそのうち飲みに来いと言ってくれたモロッコ人のおじさん、世間話をしていってくれた日本人ダンサーのゆみちゃんとかよこちゃん、などなど色んな人が訪れてくれた。本物の売茶翁のような禅味のこもった話なんかできやしないわけだけど、そういう色んな人達の話を聞き、受け答えをしていると自分の中の風通しが良くなるような気がして心地よかった。
その後夕立があり、それが通り過ぎてから店じまいをし、一旦自転車や器材を片付けてから、茶客の一人に誘われてもいたので、夜になってからもう一度会場を訪れた。
今はちょうどまだラマダンの期間で、日没後にそこで地域の人たちが集まって一緒に夕食をとるので、そこに招待されたのだったけど、行ってみてすごくいい気分になった。
なんというか、いい意味でとても村的な雰囲気。この公園のある場所は少し谷間のようになっていて、その上には橋がかかっているのだけど、その橋の下側に色とりどりの電球がまばらに設えてあって、それがまばらに明滅している更にその下にすでに多くの人たちが集まっていた。この日は湿気も多かったせいか日本ならば出店が立ち、盆踊りでも始まりそうな感じだなあと思った。軽く100人以上がそこで食事をしていて、少し高い位置にある公園入り口から眺めるとちょっと壮観だった。子供達は夕暮れ時の薄明かりの中で走り回り、大人たちは家族や友人たちと歓談しているといった、和やかでアットホームな空気が終始続いていた。食事はシンプルで美味しいモロッコ料理。招待してくれた男性、サイードが準備したのだそうだ。
そこでパン窯のお兄ちゃんとまた会って窯作りについての話を聞いたのだけど、窯を作った理由がすごく良かった。失業している仲間を何人か集めて、その人たちで少しずつ作っていったらしい。何かやることがないと気分も滅入るし、何にしろ達成するべき目標があると日々が楽しくなるからやってみたということらしい。その窯をこれからどういう風に活用していくかはあまり計画がないらしいけど、使いようによってはきっとこのコミュニティーの結束を強めるためのツールの一つになるだろうと思った。
その場に到着した時に、ちょうどお祈りの時間だったらしく、20人くらいの男たちがメッカの方に向かって礼拝をしていた。黄昏時の明かりも手伝ってものすごく美しい姿に見えた。自分がブリュッセルにいることを一瞬忘れてしまうくらい見入ってしまった。何か自分よりも大きなものに対して敬虔にこうべを垂れる。何のためらいもなく、一心に、そして静かに。何という平和なイメージなのだろうと思った。その静けさのイメージは胸に染み込んできた。侵食されるに任せてみたいと感じた。イスラムということだけではなく、宗教が本来持つ、祈りの、静けさの普遍的な力強さ。そういうものが宗教に頼ることなく伝えられたら、表現者としては最高だなぁ、と思ってその風景を眺めていた。