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3F/長期滞在者&more

56回目の梅雨

長期滞在者

自転車のチェーンがシャリリと嫌な音をたてだした。何日も雨の中乗ったのでところどころ錆が浮いてきている。早く洗浄したいが雨はまだまだ続くから、今磨いてもすぐに無駄になるような気がしてそのままにしてしまっている。週末の雨が過ぎたら一度洗って錆止めしよう。
今年は梅雨入りが早かった。早くてもいいが、だったら早く抜けてほしいものである。

雨は好きではない。昔はそうでもなかったが(雨の日はまた違った写真が撮れるしね)、だが自転車移動が主になってからはやはり雨は鬱陶しい。雨中に乗る自転車というのは、乗ってしまえば冒険ぽくてそれなりに楽しいのだけれど、帰ってレインウェアを干さなきゃいけないとか、翌日サドルに染みた水が尻をじんわり濡らすとか、やっぱり面倒なことは多いのだ。

そういうじめじめした季節に僕は生まれた。めでたいとかよくわからないけれど、なんと56歳になってしまった。56回目の梅雨である。
なってしまった、とは書いたが、まぁ10の位が繰り上がるときは毎回それなりに感慨にも耽るけれど、56という中途半端な数字に特に思うところはない。あと4年後には「まじかー」とか言うだろうけど。
しかし気になって、ちょっと計算してみたのである。運よくこの先80まで生きるとして(うちの家系は比較的長寿である)、56÷80=0.7。うわ、ちょうど7割人生を消化したことになる。キリが良すぎてびびった(冷静になって考えればそもそも「80」が仮定なのであるからキリも何もないのであるが)。
自覚的・自認的な年齢としては、僕はどうやら自分を39歳くらいだと思っている節がある。来年40かよーとか言ってた頃から、精神的には何も老成熟達していない感じなのである。それが実年齢56歳だ。自認的年齢の1.4倍。自認×√2。
39歳だと80年生きるうちのまだ半分に満たないのに、実は残3割と知った衝撃。

漱石や谷崎の小説に出てくる50代は、特に女性の話ではあるが、もう完全に老人扱いである。昔は女性は何度もの出産を経て、そもそも今より粗食でもあったろうし、足りぬ栄養で今とは比べ物にならないくらい老化が早かったのかもしれない。しかし彼らの小説にそんな記述が出てくるたび、世の50代を代表するつもりで「うっせーわ」と口をついてしまう。別に僕の悪口書かれてるんじゃなけれども。
バカボンパパ41歳、磯野波平54歳。カマウチヒデキ56歳。並べるとあれですね。なんかやるせない。

ともかく人生の7割を消化してしまった。もちろん明日なんらかの事故で死んでしまうかもしれないし、あくまで運が良ければの話であることはわかっている。でも運が良くてもせいぜい残3割なのである。いろいろ考え方が変わってくる。

たとえば僕は写真を撮る人であるから、カメラというものが必要なのだが、残3割の人生であと何回カメラを買ったりするだろう、などとつい考えてしまう。僕はカメラに関しては物持ちの良い方で、しかも10年前あたりの機種で満足しているので(10年前くらいのカメラが画素数的にも画質的にもちょうどよい)、新しいものが出たからといってすぐに買いたいタイプではない。常用のニコンの一眼レフも、フジのコンパクトカメラも、高精細描写用のシグマの一眼レフも、そろって10年前後昔の機種である。
しかしカメラは機械でいつかは壊れるものだから、そうなると買いなおさねばならない。
ところが残3割の人生である。もしかしたら次買い替えるカメラが最後かもしれないのだ。
自転車もそうだ。今のアラヤに乗って5年目で、10年は乗るつもりだから次は60歳くらいで買い替えになる感じ。その次の自転車に10年乗ったら70歳である。70代になっても今みたいに乗れるのだろうか。乗れたとして、その次はもうない気がする。

そう考えると自分の年齢がリアルに腑に落ちてくるのだ。カメラにしろ自転車にしろ機械1~2代分の残人生なのである。これはちょっと焦る。
思えば何ほども成し遂げることのない人生であった(まとめに入ってどうする)。
いや、人生なにごとかを成し遂げるためにあるのではないと最近はようやく思っているが。
昔は多少の野心もあったので、自分のこういう考え方への変化も少し寂しい気もする。
なんか辛気臭い話になったな。ごめんなさい。

・・・・・・

ずいぶん前だけど、雨といえば思い出す曲としてイルカの「雨の物語」と中島みゆきの「おまえの家」のことを書いた記憶があるが、ほかに雨の名曲って何だろうと考えて、ああ、井上陽水の「傘がない」だよなぁやっぱり、と思い出す。UAのカヴァーのやつが最高ね。
若いころ、カンテでバイトしながら劇団に所属してて、本当に貧乏で、いや、本当に本当に貧乏で、当時ビニール傘でも今ほど安くはなくて、風にあおられて壊れてしまったあと新しいのが買えないまま梅雨時期に突入してしまったことがあった。まさに傘がない。
傘がないから大雨の中、冗談ではなくゴミ袋を加工してカッパを作ってカンテに行ったら、お前それはさすがにみすぼらしいからやめろと店長のヤスダさんに言われる。そりゃそうだ。
そうだ、ネパールから届いた荷物の中に面白い傘が何本か入ってたぞ、と当時カンテは紅茶の輸入のついでに雑貨の輸入もしていたので、その傘をみせてもらうと、やたら骨数の多くて複雑な構成の、ものすごく重い蝙蝠傘だった。デザインも重厚でなかなか素敵である。社割が使えるからそんなに高くもない。
来月払うからこれを売ってください、と、重いからには頑丈で長持ちするであろうと、その傘を買った。

この梅雨はこの傘で乗り切れる。この重さなら少々のことで壊れたりはしないだろう。
・・・と安心していたのだが、買って間もない、ある風も強い雨の日、骨を軸周りにまとめている部品の一つ(見たこともない構造だった)がポキっと切れてしまい、その途端にみるみる傘の骨が軸から離散したかと思うと、漫画か何かのように、嘘みたいに、傘はバラバラの部品と化した。あんな小さな部品一つが担わされるには重大すぎる役割を背負わされていたらしい。どんな設計なの!
あまりの出来事に、ずぶ濡れになりながらも大笑いしてしまった、30年ほど前の梅雨の思い出。



カマウチヒデキ

カマウチヒデキ

写真を撮る人。200字小説を書く人。自転車が好きな人。

Reviewed by
藤田莉江

カマウチさん、お誕生日おめでとうございました。
56回目の梅雨。いかがお過ごしでしょうか。
自分は冬生まれで何回目の梅雨という考え方はしたことがなかったのですが、もう40回近い梅雨を経験してきたと言われると、そろそろ梅雨マスターの称号くらい獲られそうな気さえするのに実際はいつも完敗の気持ちですし、今年も勝てる気がしません。
6月が来ると、毎年そこから一年を過ごすスピードが加速するような気持ちで、その加速を前に憂鬱に似た気持ちになります。
助走区間が終わり、ここから速度をあげて年末までを走らなくてはならないというような、プレッシャーのような。
仕事柄盆も正月も年度末も関係ないような生活をしているのですが、6月にはそんな節目を感じます。
まあ、一年も半分終わりますしね。
追い立てられるのではなく、自らで加速させて行きまっしょい。梅雨マスターにはなれなくともみなさま、23年、いい後半戦を!

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