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3F/長期滞在者&more

家日記 2021年5月

長期滞在者


祖母が死んだ。感染症のこともあり、私は葬式に参列しないことになった。死に顔を拝めず、見送りもできない。死の実感がないまま過ごしている。

原因不明の咳が続く。
なんとか生活しているというより、生活があるおかげでかろうじて寝起きしている。
日常のありがたみをこれまでは感じてきたけれど、こんな日常を送っていていいのだろうかと今は疑問に思う。汽車はずんずんと進んでいるのに、途中線路の上でバラバラの部品になるのを想像してしまう。正気を保つためなのか自分を慰めるためなのか、今月は花ばかり買っている。

5月1日(土)
今井君の誕生日を祝おうかと思いきや、住人が近日中には揃わないことが発覚。しかも当分戻らないと!お祝いは延期に。

5月2日(日)
昼過ぎ、夕方と気が抜けた瞬間に眠ってしまう。どうなっているのか…。今夜もほとんど人がいない。

5月3日(月)
連休だというのに私は何もしないのか?と思われそうだけれど、本当に何もしておらず、ようやく今日友人とオンラインで短歌を作ったりお酒を飲んだりと休みらしいことをした。大笑いしすぎて部屋の外まで声が響いていた様子……。

5月4日(火)
れいちゃんがのんびりこたつでくつろいでいる以外に人の気配がない。私といえば部屋に住む物静かな獣のごとくのそのそと生活している。

5月5日(水)
連休最終日。静かな家。みんなで草むしりでもと思っていたけれど、あっという間に終わってしまった。

5月6日(木)
連休明け、仕事へ。私の職場は神奈川になったので、東京と違って店が開いている。不思議な感じだ。帰宅すると、外は雨が降っていたかと純君に聞かれた。外の様子もわからないくらい仕事してたんだな……と思う。お疲れ様。

5月7日(金)
居間で純君が行き倒れていたのでびっくりしたら、どうやらサウナでスッキリしたらしい。よかった。この家は過労な人が多い。自戒を込めて言うが。

5月8日(土)
れいちゃんが髪を切ってボブに!あまりの可愛さに歓声をあげてしまった。アイドルみたいだ。髪が短いとシャンプーが楽でいいよね、と言い合う。

5月9日(日)
数日間の不在を経て、今井君が帰宅。どうやら東北にいたらしい。元気そうで何より。深夜になっても昴君が帰ってこない。バンドの練習かな。

5月10日(月)
週明けだから頑張るぞと思いきや、やたらと眠い。気圧差か、気温差か…。

5月11日(火)
寝落ちしそうになった純君が「明日は8時半のフライトで沖縄だ」と言って慌てる。数年前にアフリカ渡航前日にビザを慌ててとっていたのを思い出す。

5月12日(水)
れいちゃんから草むしりしようと声をかけてもらう。意を決してやらねば…。この家の庭は放っておくと南国のジャングルのようになってしまうのだ。そういった雑草が根付きやすいのだろうか。調整スケジュールを送る。

5月13日(木)
仕事で色々と思うことありそうなれいちゃん。眼精疲労が辛そうなのでおすすめの薬を渡す。最近まで暑かったのに、小雨で家中がしっとり、ひんやりとしている。

5月14日(金)
純君、沖縄から美しい景色の写真を送ってくる。ああ、うらやましい、と声に出してつぶやいてしまう。実は沖縄は未踏の地である。

5月15日(土)
草むしりの日のはずが、昼過ぎから寝込んでしまう。頭痛。倦怠感。嫌な流れ。

5月16日(日)
引き続き寝込む。念のため、区のコロナ相談窓口に電話すると経過を観察しようということに。ひたすら眠りつづけて目を覚ますと、純君が帰っていた。おみやげはもずく!

5月17日(月)
今井君の誕生日を遅れて祝う。おめでとう!健康第一だね、と言い合う。太極拳なんていいんじゃないかな、などなど。今井君はゆっくりした感じの運動が合いそう。

5月18日(火)
全身がぼろぼろ。マッサージへ。とうとうこの家で件のマッサージ師にかかっていないのは残り昴君だけとなった。マッサージの効果はさすがである。目の疲れがとれて、目がまともに開くような感覚を得る。

5月19日(水)
咳が出始める。喘息のような、喉がひゅっと締め付けられる感じ。まずい……。

5月20日(木)
医者に電話したら明日朝一でPCR検査を受けなさい、とのこと。居間を使わないようにして、住人とも接触を避ける。これで陽性だったらみんなに迷惑をかけてしまう。れいちゃんや純君は出社できなくなるし、今井君の仕事や昴君のバンド活動にも影響が…と悶々とする。

5月21日(金)
PCR検査を受け、結果は陰性。一安心。みんなにも伝えて、騒がせてしまったお詫びをする。コロナでないことがわかったので、通常の咳の治療をすることになる。

5月22日(土)
れいちゃんが恋人を連れてきた。居間がにぎやかなのは嬉しい。もっと人を呼べるようになるとよいのだけれど。当分先かな…。

5月23日(日)
咳が続くので、ほとんど横になって過ごす。昴君はバンド練習へ出かけていく。

5月24日(月)
祖母が他界した。このご時世、私は葬式に参加しないことになる。どう受け止めればいいのだろう。

5月25日(火)
止まらない咳、辛いニュース、続いて訃報ときて、これは一旦立ち止まらないと壊れると思い仕事を休む。今井君が進めてくれたラーメン屋に行き、花を買って帰る。夜ご飯を食べるとき、れいちゃんや純君たちがいる。日常がありがたく、それと同時にやっぱり自分はどこかで頭がおかしくなるんじゃないかと思う。

5月26日(水)
変わらず咳に悩まされ続ける。

仕事中、住人のSlackで「フローラルの香りのルームスプレーが液漏れして一階がすごい匂いに……」と連絡がきて、降りてみれば確かにフローラルの嵐。スプレーは今井君がなんとかしてくれたものの、部屋の匂いをなんとかしようとエアコンの空気清浄機能をつける。効果、あるだろうか…。

5月27日(木)
昼はずっと雨。夜、れいちゃんと昴君は家にいるけれど今井君と純君がいない。純君は最近、今井君が間借りしている事務所で仕事をすることもあるらしく、実質何時間働いているのやら。

5月28日(金)
純君が「これから仕事しようか、それとも寝ようか……」と居間で横になりながらつぶやいている。寝てくれ。

色々なことが重なってしまったので、思い切ってスーパーで好きなものを心ゆくまで買った。ハッシュドポテト、フライドチキン、トリュフ入りのチーズに野菜スナック。押し寿司、ホタルイカ、梅干し、エトセトラ。ずっしりと重たくなった保冷バッグを抱え、「やってやった」という気持ちになる。

5月29日(土)
人の気配がない。今井君の部屋だけ明かりがついている。ずっと咳をしているせいで体力が落ちたのか、すぐに眠ってしまう。

5月30日(日)
れいちゃんと夜居間でおしゃべり。身に覚えのある類の仕事の苦労に、何回も頷いてしまう。

5月31日(月)
今井君、整体師からの「あまり時間を空けずに来たほうがいいよ」という伝言を伝えてくれる。行きたいのだが、やはり咳をしている人間が行くのはまずいだろうと思う。はやく治したい。

浅井 真理子

浅井 真理子

もの書き。
エッセイを書いています。

Reviewed by
黒井 岬

お別れをちゃんとできた気がしない、という悲しさを思う。別れというものに、ちゃんと、という概念が適用され得るのかどうかも、確かな事など言えはしないのだけれど。
別れという出来事も、その人がとっている一つのあらわれ方であると、ほんの時折思える事がある。不在がいつか光として、自分の中に投げかけられるように落ちてくる瞬間を待って過ごす時間を、誰からともなく与えられているような気がする。

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