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3F/長期滞在者&more

家日記 2021年8月

長期滞在者

日記を書こうと思ったとき、そこにはひっそりと死の予感があった。20代後半のある時期だった。私は周囲と同じように年を重ねていけないと思っていた。検査してもどこも悪いところはないのに、体が言うことを聞かず、唐突に寝込むことがしばしばあった。どうして、とひとり悩んでいた。

無人島に漂着した人間が生き延びた日数を石に削るような思いで、自分はこんなふうに過ごしたのだと書いていた。そのうち、一日を過ごせることのかけがえのなさを身にしみて感じるようになった。

先日、祖母の葬式に参列することを泣く泣く断念した。そのとき家族に「今生きてる人を守ることが大事」と言われ、まさかその数週間後にこの家の住人が感染症にかかるとは思わなかった。とにかく今は全員が無事でいることに安堵している。

家日記はこれでおしまいだけれど、これからもこの家には大切な日々が流れていきます。その日々を慈しみつつ、一人でも多くの人が健やかに過ごせることを祈っています。

読んでくださった方々、長い間レビューを書いてくださった黒井岬さんに、心から感謝します。

8月1日(日)
山登りにいってきたという純君、今井君、れいちゃん。この暑いのに!

8月2日(月)
月曜日だというのにやたらと疲れてしまう。夜、誰かの話し声やドアの閉まる音を聞きながらうとうとする。

8月3日(火)
仕事へ。緊急事態宣言が出ていてもほどほどに電車は混んでいる。

純君が誕生日!だけれど、今日はお祝いできなさそうということで、5日にお祝いすることに。

8月4日(水)
帰宅すると人がいない。みんな仕事か…。

8月5日(木)
ケーキで純君の誕生日をお祝い。おめでとう!忙しい日々の中で全員集まれる貴重な時間。

8月6日(金)
夜、居間から大声が聞こえてきて、何事かと思ったら純君が五輪のサッカーを観戦していたのであった。私は五輪の開催に反対しているけれど、純君が喜んでいるのはいいな、と思う。複雑である。

8月7日(土)
れいちゃんが買い物から帰ってきたので、気になって買ったものを見せてもらった。綺麗なバイカラーのワンピース、手触りのよいニット。れいちゃんは服のセンスがいい。ふと昔住んでいた絹江ちゃんも服にこだわっていたな、と思い出す。

最近の私といえば、服をあまり買わなくなった。出かけないからなぁ…。

8月8日(日)
人がいない日!こういう日は思い切って掃除をと思うのだけれどあまりの暑さにやる気が出ない。

8月9日(月)
れいちゃんの髪の毛が青緑になった!本当は水色にしたかった……と不満げな様子。数日経つと色が変わるらしい。

8月10日(火)
家にいても外の暑さがわかるね、と昴君と言い合う。エアコンの温度を普段より1℃下げても暑い気がする……。

8月11日(水)
れいちゃんが恋人を呼ぶ夜。麻婆豆腐を作っている。暑い日に辛いものを食べるのは正しい行いのように思える。私は夏バテなのか、午前中横になってしまったので力をつけるために豚肉を煮る。

8月12日(木)
昴君が夜に発熱した。喉も痛いという。まずい。

8月13日(金)
昴君がPCR検査を受けて、陽性の結果。れいちゃんも夜に発熱。ピンチである。

感染症だといつものように集まって話し合うわけにもいかないので、Slackでみんなとやることやルールを決める。共用空間はマスクをする、キッチンを使ったら消毒する、など。昴君はなるべく自室から出ず、私はご飯を運び込む係に。

8月14日(土)
昴君は隔離施設に入る方向で保健所と調整しているらしい。よかった。急変したとき、家だと対応が遅くなってしまう。

私は熱はないのだけれど体がだるく、昼にぐうぐうと寝てしまう。

8月15日(日)
昴君、本日隔離施設に移動のはずが大雨の警報が出ているせいで移動できないとのこと。雨のやつめ…。

れいちゃんが回復してきたものの、用心のため、住人のルールが都度更新されていく。台所で食器を拭くときはキッチンペーパーを使うことになった。エコとは真逆の方向だけれど、昴君以外のメンバーが陰性確認できるまでの辛抱。昴君は夜になると熱が上がり、喉も依然として痛いらしく心配である。

8月16日(月)
昴君が隔離施設へと旅立つ。あとは残りの住人のPCR検査をいつ受けられるか…。とにかく無事に乗り切りたい。

8月17日(火)
徒歩圏内の病院でPCR検査を受ける。れいちゃん以外、夜に陰性の連絡を受けてほっとする。いやしかし、れいちゃんは…!?と気になったり、昴君が相変わらず辛そうな様子だったりと気が休まらない。焦っても仕方がないのはわかっているのだけれど、嫌なことをつい考えてしまう。

8月18日(水)
れいちゃんの検査結果だけ連絡がなく、ざわつく。幸い、家にいる住人は発熱なしの様子。
昴君は嗅覚がなくなったらしい。嗅覚がなくなったことがないので、どんな感じだろうと想像する。味が薄く感じるらしい。

8月19日(木)
れいちゃんが陰性とわかって一安心!よかった!!
あらためて家のルールをどうしよう?と話し合う。消毒は引き続きしていこうと決めた。

8月20日(金)
こんなに家にいるのだから家のことでもするか、と捨てたほうがいいものをチェック。シェアハウスは長年やっていると物がたまる一方なので、古くなったフライパンやもう使えない調理器具を捨ててよいか、次々とSlackに投げる。何かしていないと落ち着かない。

8月21日(土)
昴君が明日には帰ってくるとのこと。よかったね、と言い合うものの、まだ完治しているわけではなさそうで心配。帰ってきて本当に大丈夫なんだろうか。

8月22日(日)
昴君が帰ってきた。喜ばしいような、嗅覚や喉の違和感が治らないことがひっかかるような。人にうつしてしまう期間は終わったとのこと。

しいたけや海苔を食べても「味がしない」という。辛いものや甘いものはややわかるらしい。ガス臭さや焦げ臭さがわからなくないのはまずいのでは、と影響の大きさに気付かされる。

8月23日(月)
全員が家にいる日。当たり前のような、不思議なような状況。サウナに行かない純君、打ち合わせに出かけない今井君……やはりいつもと違う。私はありがたいことに日常生活に支障はないのだけれど、整体にいけないのがやや辛い。念入りにストレッチをする。

8月24日(火)
昴君、一気に体温が35℃台まで下がったというので色々調べてみたけれどそういった後遺症はなさそう。体が一時的に弱っているのだろうか。

8月25日(水)
当然だが整体に行くわけにいかないので、肩こりと眼精疲労がすごいことに。肩をゆっくり動かしたらメリメリと音がする。

8月26日(木)
純君がずっと家にいるのは物音でわかっているのだけれど、居間で夕食をとっている気配がなく、一体いつまで働き続けているんだ…?と心配になる。れいちゃんも居間で延々と仕事しており、がっつり仕事する人が増えてきたな…とぼやく今井君。

私といえば最近、眼精疲労のせいで長時間の仕事が厳しい。目を開けていられないのだ。

8月27日(金)
居間で使う座椅子を発注。家にいる時間が増えて、古びた座椅子を捨てようという話になった。れいちゃんにいたっては居間で仕事するようになったせいで腰が痛いらしい。もっとはやく提案すればよかった。

8月28日(土)
全員が家にいる日。けれど静か。週末に本屋に行かないなんて、まるで病気だと自分で思う。家にいるとどうしても眠くなってしまい、昼寝。

8月29日(日)
今日も日中寝てしまう。これはまずいのかなと思いきや、純君も週末は昼寝してしまうとのこと。平日の疲れだろうか、暑さだろうか。昴君はまだ後遺症が抜けない。嗅覚がないというのはかなりストレスフルだと思うのだけれど、気にしないようにしているらしい。

8月30日(月)
外出自粛期間最後の日。千疋屋の美味しいマンゴージュースで乾杯する。
昴君はまだ後遺症があるけれど、他の住人は発熱もなく過ごせてよかった…。

8月31日(火)
静かな夜。今井君は外出、れいちゃんもいない。みんな自由に外に出られるようになったものの、私といえばずっと家にひきこもっている。明日は整体にいって体をほぐしてこよう。

浅井 真理子

浅井 真理子

もの書き。
エッセイを書いています。

Reviewed by
黒井 岬

ただ生きて、明日もこうして暮らしていくのだ、と歩くだけのことが、途方もなく難しくなる時。自分の何倍も大きい石の塊を持ち上げて運べと言われているような「無理さ」を、どうしてか知ってしまう。生きることの無理さ。そういう時間をどうにか生き延びて、息を吸う。何かを言おうとする。
大丈夫だよ、と誰かに向かって言えるという事を、昔は愛の義務だと思っていた。自信が無くても、嘘でも、そう言えなければいけないと。そう言える自分ではないのだと思い知ってから、別の言葉をずっと探しているのかもしれない。生きることの根源的な難しさに対して、言葉はそれ自体で特効薬とはなり得ないが、その至らなさにこそ、生かされているようにも感じるのだ。
生きて、探しものを探して、生活をしていこう。またどこかで、きっと会える。

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