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3F/長期滞在者&more

「身体の熱が高まり、興奮がこみ上げました。」【the HIATUS「Bonfire」(2016年7月6日リリース)

長期滞在者

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どうしても書けない文章があった。

それはヨルダンに行く直前のこと。
批評家、随筆家の若松英輔さんによる講座、「思考と表現」に参加した。
その日は、アラン『幸福論』をテキストとして、言葉に向き合う時間だった。
この本は、私にとって、真っ暗闇の中に光が射しこんでくるような一冊で。
誰とも話したくないような時は、海辺でよくこの本を読んでいた。

この講座で「幸福のプロポ」を書いてみるという課題が出た。
書くにあたり、下の条件が提示された。

①アラン『幸福論』を引用する。
②自分の生活、人生に触れる。
③読み切り。400文字〜800文字程度。

私は、今の自分よりも、ヨルダンから帰ってきた自分で書くほうが良いのではないかと思い、帰国後に、書くことにした。
しかし、それから、約3ヶ月全く書けなかった。
それでも絶対にこの課題は提出したいという思いで、7月の終わりに書き上げたのが、以下の文章である。

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【笑顔】

「思考と表現」の講座から数日後。私はヨルダンに旅立った。紛争で国を追われたシリアの人々に会うために。講座での課題は帰ってきたら書くと決めていた。しかし、帰国した私は、書けなくなった。変わるために行ったのだから変化があるのは当然なのだが、自分の目から見える世界が、日本の今が、あまりにも恐ろしくてたまらなくなった。足を掴まれ深い底まで引っ張られるような感情の沈みに、言葉を綴ることがままならなくなった。

ヨルダンでの日々は、行きの飛行機で読んでいた一文が、その全てを象徴していた。

「実際には、幸福であったり不幸であったりする理由はたいしたことではない。いっさいはわれわれの肉体とその働きにかかっている。」(アラン『幸福論』宗左近 訳)

ヨルダンで自分のiPhoneで撮った写真を見て驚いた。フォトグラファーが撮影した顔よりも、丁寧にメイクをした顔よりも、綺麗なのだ。その写真は難民キャンプで、シリアの子供達と走った後に撮影したものだった。遊んで! と、たくさんの子供達たちに囲まれる。アラビア語のできない私は、それを補うために、全力で向き合った。汗だくになり、身体が火照る。そして笑い合って撮った写真が、近年自分を写した中で、一番綺麗だと思える一枚となった。私はまだこんな顔ができることを知った。そしてそれは、自分が本来持っている表情を、日本での暮らしで無くしていたことに気付いた瞬間だった。

帰国して、三ヶ月あまり。閉塞感に絡まれてしまった私から笑顔が消えた。「ヨルダンなんて、危ないところに行くなんて!」。しかし、私は、皆が思う危ないところにいた時の方が幸せそうに笑っている。自分の顔に輝きを生み出した瞬間を思い出す。あの時、私はただ目の前にいる人を、ありのままの景色を、全身で受け止めていた。恐れずに、まっすぐに。ただ見つめ、感じていた。私は、生命力がもたらす自分の微笑みに、もう一度会いたい。

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書き終えた瞬間に、痛かった。全身が痛くてたまらなかった。

後日、若松さんから、添削されたものが返ってきた。
私が書いた「無くしていたこと」に対して、若松さんから、赤い文字でこう書かれていた。

「見失っていた、だけですね」

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この景色を見た瞬間に、なんともいえない安堵感を感じる。
あぁここにまた来ることができたという、喜び。

ROCK IN JAPAN FESTIVALは、音楽ファンとして、そして、会場レポートやアーティストインタビューの仕事など、
もう何度も行っている、私にとって大事な夏の居場所である。

今年は、2016年8月6日に向かった。
アパートメントでも書いてきた、UVERworldやストレイテナーが出演する、
私にとって、たまらないラインナップの日だった。

その中でも、特にこの日は、the HIATUSを観る時間が待ち遠しかった。
2016年7月6日に発売された、アルバム『Hands Of Gravity』を聴いた瞬間から、
とにかくライブで聴きたいという気持ちでいっぱいだったからだ。

the HIATUSのライブが始まる時刻、14時30分に合わせて、このフェスで一番大きなステージである、
GRASS STAGEへ向かう。私が今年の夏、このステージに足を運んだのは、この時が初めて。
夏の最も熱い時間帯に照らされたGRASS STEAGEを見た瞬間に、先述の想いが去来した。

GRASS STAGEを見ながら、考え事をすることは多く。
特に、2010年に感じたことを今でもよく覚えている。難民支援に携わり出していた私は、こう思っていた。
「この国は爆撃を受けることなく、夏に野外でロックフェスを楽しめる。それはなんて平和なことなんだろう。」

そして、2011年の時の胸のざわめきは、忘れない。
「昨年は爆撃のない平和な国だと思っていたのに。まさかこんな大きな地震で不安を感じるなんて思わなかった。」

たった1年で、信じられないような心の変化が生まれてからは、
毎年、このGRASS STAGEを見る度に、私は今何を感じるのだろうかという自分自身の声に耳を澄ますようにしている。

14時30分。
ステージの両サイドの掲げられたスクリーンに、the HIATUSの文字が映し出される。
この瞬間、始まる! という気持ちが高まる。

1曲目は、聴きたいと渇望していた、ニューアルバム『Hands Of Gravity』から、
アルバムのオープニングを飾る「Geranium」。
ドラムのリズムから続くキーボードの音色に、すっと惹き込まれて、
私の足がどんどんステージに向かって進んでしまった。

ライブを観ていてよくあることだが、後ろの方でゆっくり楽しもうと思っていたのに、
ライブが始まって音を聴いた瞬間に、前の方へ吸い込まれてしまうようなあの現象が起きる時。
それはもう自分が音にしか反応しない生命体であるかのようで。
目の前にある音楽に身体は完全に屈服し、だから、好きなバンドのライブってたまらないという感情を私にもたらす。

雲一つない夏の青空だった。
その歌声は広大なGRASS STAGEにあまりにもよく似合いすぎていて、私は自分がどんどん解放されていく感覚を味わった。

そして、細美武士が、ギターを置いて、マイクを手に握って歌い上げる、「Bonfire」。

アルバムの発売と共に公開されたMVでは、メンバー全員がスーツに身を包み、
カメラがぐるぐると円を描くように5人の周りを回っていく。
MVが公開されたというニュースをツイッターで知って、電車の中で自分のiPhoneですぐにこの映像を見て、
あまりのかっこよさに感情が昂った。
それ故に、この曲のドラマティックなキーボードのイントロが鳴り響いた時には、明らかに自分の鼓動が早くなり、
ライブで聴ける! という喜びに声を上げた。

曲が進むに連れて、熱が高まる。
私はまるで、その歌声の中に取り込まれてしまっているかのような気持ちよさを感じ、
音に身を任せ身体を大きくのけぞらせた時、私の瞳が空を捉え、
その瞬間、ふっと自分が海へ潜っていた頃のことを思い出した。

大学生の頃。スキューバダイビングのライセンスを取って、ダイビングに行っていた。
海に潜る時に楽しみにしていたことの一つが、太陽を浴びてきらきらとした海面を見上げること。
まるで空のように見える景色が好きだった。

水の中を軽やかに泳ぎ、海の中まで照らす太陽の輝きにあふれた光が、心の中にまで射しこんでくる。
陸の上にいるより、自由を感じていた。
あの感覚が、the HIAUSの音に包まれた自分の中に駆け巡っていた。

the HIATUSのライブに行くと、私は自由になれる。
特に、空や太陽、風と大地を感じる、夏のロックフェスで味わうと、その解放感は一層強くなる。

私は身体に感じる体温の上昇が告げる、心の動きに気付いた。
「今日のように、全身に自由を感じることができる夏がいつまでも続きますように。そして、それを守ることができますように。」

朝から駆け回っていて、時計を見たら、もう18時近くで。気がつけば、夕暮れを迎えていた。
そういえば、今日は携帯もほとんど見ていないし、次のライブは何を観よう? それしか考えていなかった。
フェスに行っていれば、当たり前のことなのかもしれないけど、そんな自分にふと笑ってしまった。

あ、きっと今の私の顔は、ヨルダンで撮った写真に近い笑顔をしているなと思った。
大丈夫。どんなに自分の笑顔を見失おうとも、音楽や、大好きなライブに行っていれば、取り戻せる。

失くしたらまたここへ来ればいい。
そう思える場所があることを、私は愛しんでいたい。

【ラジオDJ武村貴世子の曲紹介】(“♪イントロ〜12秒”に乗せて)

今年の夏も、ROCK IN JAPAN FESTIVALで、熱い時間を過ごしてきました。
数多くのラインナップの中で、私の体温を最も上げたナンバーがこの曲です。
身体の熱が高まると共に興奮がこみ上げました。

the HIATUS 「Bonfire」

武村貴世子

武村貴世子

ラジオDJ、MC、ライター。
これまで、FM802、Fm yokohama、FM-FUJIなどで番組を担当。

ラジオ番組、司会、ライター、トーク&アナウンス講師はもちろん、
朗読と音楽のコラボレーションライブも展開中。

国連UNHCR協会 国連難民サポーターとして、
難民支援を始め、世界や社会への関心が深く、社会貢献活動にも積極的に取り組む。

また、タロット・リーディングの学びも深め、
フリーランスでその活動の幅を広げ続けている。

Reviewed by
宮本 英実

どう頑張っても目的地にたどりつけないことがある。確実にそこに向かっているはずなのに、見えていたはずのものはどんどん遠くなって、気付けば、何の為にそこに向かっているのかもわからなくなったりして。大切にしていたはずのものは、一体どこに置き忘れてしまったのだろうかと。

真夏のロックフェスは最高だ。大自然と音楽が織りなす、ひと時の非日常。素敵な音と圧倒的な夏の解放感が入り混じり、魔法がかかる。どこまでも届いていきそうな、熱のこもった音楽を壮大に楽しんでいると、悩んでいたことすべてがちっぽけに思えてしまうぐらいの、突き抜けた瞬間に出会う。そして、思い出すことがある。私もあの場所で、武村さんと同じように大事なことに気付いたことがあった。忘れ物は、そこにあった。

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