2018年3月8日。
朝から雨が降るその日は、しっかりと防寒をしないと外を歩くには辛さを感じるほどの気温の低さだった。
国際女性デーのこの日、19時からウィメンズ・マーチ東京2018が開催されることが発表されていた。
私は初めてこのマーチに参加することを決めていた。
雨かと思いながらも、行かないという選択は私には無かった。
2017年1月21日。
ドナルド・トランプ大統領の就任と女性蔑視発言などに抗議をするために、
女性を中心にあらゆる人々が集まったWomen’s March on Washington。
全米500以上の場所で行われ、このアクションは世界中に報道された。
アメリカでは多くの女優やアーティストが参加したことでも話題になった。
その後Woman’s Marchは、女性の権利向上や性差別を無くすことを訴える大規模デモとして、世界各地に広がっていった。
このWoman’s Marchのシンボルとなったのが、猫耳が付いているピンクのニットキャップ“PUSSYHAT”。
編み方はインターネットでも公開され、多くの人たちがこの帽子を被って参加したことでも、
大きな注目を集めることになった。
ファッションアイテムの効果的な使い方を見ていて、
なんて軽やかでおしゃれなんだ! と思った。
自分が日本でのウィメンズ・マーチに参加する時は必ず被ろうと思って用意した。
ウィメンズ・マーチ東京は、2017年に続いて2回目の開催。
前回の参加者は約300人。今年はどうなるのだろう?
雨が降る中、国連大学の前からマーチはスタートした。
普段は歩くことの出来ない車道を進みながら見渡した、表参道、原宿、渋谷の街は、いつもより輝いて見えた。
見慣れた街がまるで違った景色に見えた。その感覚は単純に楽しかった。
マーチには女性だけではなく男性もいる。友人や知人も参加していて、出会った人と様々な話をしながら歩いていると、
列がどんどん伸びていることに気づいた。あれ? 人数が増えているのではないだろうか?
最終的にこの日は約750人が参加した。
冷たい雨が降っていても、昨年よりも動員を集めたことが意味することは、とても大きいと私は思う。
デモ行進をするのは、初めてのことだった。
行く前は不安もあったのだが、終わってみれば、それはとても気持ちが前向きになる行動だということがわかった。
2018年3月13日。
ジョン・レジェンドの来日公演がEX THEATER ROPPONGIで行われた。
イラクの難民キャンプがMVに出てくる「Love Me Now」、
エマ・ワトソン主演映画『美女と野獣』の主題歌「Beauty and the Beast」など、
近年の彼の曲には好きな曲が多かった。
また彼のインスタグラムを見ていると、妻のクリッシー・テイゲンや娘との仲睦まじい写真が頻繁に投稿されていて、
見るたびになんて素敵な家族なんだろうと、心が温かくなっていた。
グラミー賞やアカデミー賞はもちろん、
映像を通して彼のパフォーマンスは数多く見ていた。
観る前から、絶対的に歌が上手いライブは想像していたが、やはり目の前で聴くと、歌声の深みが違う。
それはどんなに映像を見ても感じきれなかったことだ。実際に体感してみないとわからないことはたくさんある。
その歌声に触れて、私は今日ここに来て本当に良かったという気持ちでいっぱいになった。
そして、彼が奏でるピアノの音色に完全に心を奪われた。
それを特に感じたのが、彼自身が奏でるピアノと歌だけで披露された「Beauty and the Beast」。
ピアノと歌だけでこんなにゴージャスで気品のある音世界を作れてしまうなんて。
自分がこれまでの人生で見てきたピアノの弾き語りの概念を完全にひっくり返された。
世界水準のテクニックを持つミュージシャンたちと共に音を奏でていく彼のパフォーマンスは、
一曲一曲ごとに、その世界観の表現が完璧だった。
何より、愛に溢れていた。
大切な人を慈しむ気持ち。愛により人生が豊かになっていく。人々の心を繋いでいく。
その想いは、言葉を超えて胸に響き、自然と自分の心の柔らかい部分も委ね、解放されるように涙がこぼれた。
アンコールで最後に演奏されたのが「Glory」だった。
映画『グローリー/明日への行進』への主題歌である「Glory」は、
第87回アカデミー賞(2015年)の主題歌賞を受賞した曲である。
1965年3月7日、黒人の選挙権を求める人々がアラバマ州セルマから平和的なデモ行進をしていたが、
警官隊に暴力で弾圧されてしまう。
“血の日曜日事件”
報道された映像は大きな衝撃を与え、
マーティン・ルーサー・キング・Jrが指揮をとる歴史的大行進へと発展した実話が映画になっている。
この夜のライブではこのデモ行進だけではなく、Women’s Marchなど、
プラカードをもった行進のあらゆる映像をバックに、「Glory」が高らかに歌い上げられた。
ライブの前日、私は官邸前の抗議デモにいた。
真実を話さない政府への抗議デモは、開始当初からその熱の高まりが激しかった。
この国において、デモが持つ力はまだまだ理解されずらい。
しかし、市民がどのような想いを持っているか。
集うことにより抗議の声を可視化して、変化を起こしてきたことは、世界の歴史を見れば明らかだ。
映像を見ながら、目の前で歌われる「Glory」を聴きながら、私は思った。
デモを否定することは、
これまでデモで自由や権利を勝ち取ってきた人たちまでも否定してしまうことになるのではないだろうかと。
“March for Love. March for Justice.”
ジョン・レジェンド自身が叫んだ言葉と共に涙が止まらなくなった。
昨年クーデターが起きたジンバブエに住む女性と話していた時に、
彼女は前向きな力を感じるまっすぐな声でこう言っていた。
「今日も私はMarchに行くわ」と。
そう、行進は力を持っている。
人間が愛と尊厳を持って生きるために変化を起こす可能性がある。
権力が誰かの手に集中するのではなく、
個人が尊重され、安心できる暮らしと、温かくて優しくて、愛に溢れる世界を形成するために。
私たちは声を上げる。
この夜のライブが愛に満ちていたからこそ、最後の「Glory」が強く心に残った。
彼の生きた音楽が教えてくれたことを胸に、私も歩みを続けよう。
【ラジオDJ武村貴世子の曲紹介】(♪イントロが無いので曲振り)
3月12日、13日にEX THEATER ROPPONGIで来日公演を行ったジョン・レジェンド。
最新アルバム『Darkness and Light』からの曲はもちろん、
去年日本でも大ヒットした、エマ・ワトソン主演映画『美女と野獣』の主題歌、
「Beauty and the Beast」をピアノの弾き語りで歌い上げるなど、誰もがその歌声に酔いしれた夜となりました。
私は特に、アンコールの最後に歌ったこの曲に、涙が止まりませんでした。
権利や自由、個人が尊重される社会にしていくために、
多くのプラカードを掲げ行進したあらゆる時代の映像と共に歌われたこの歌。
一人では大きな力の前に無力を感じるかもしれません。
けれども、一人一人の歩みが集い、行進となる時、それは変化を起こす可能性があります。
そのことを、圧倒的な歌唱力で伝えてくれるナンバーです。
Common & John Legend「Glory」