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3F/長期滞在者&more

「あなたがいたから私は最後まで笑顔で声を届けることができました。」【Bette Midler「Wind Beneath My Wings」(1989年6月1日リリース)】

長期滞在者

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「さようなら」が言えない。

言葉には現実を引き寄せる力があるから。

「さようなら」を言ってしまえば、それでおしまいな気がして。
「さようなら」を言ってしまえば、二度と会えなくなる気がして。

私は「さようなら」を言うのが、とても怖い。

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「最後の言葉」をずっと考えていた。

B3リーグ、東京海上日動ビッグブルーのホームゲームでのMCをもう10年以上務めてきた。
今シーズンで東京海上日動ビッグブルーがB3リーグを退会することは、公表をするだいぶ前から聞いていた。

このシーズンが最後になる。

今シーズンの私は、一試合一試合、「これが最後だ」の気持ちで向き合ってきた。
20代の頃から秋から春にかけては、週末はずっとバスケットボールの試合のコートサイドにいた。
だから、試合だけでなく、
会場に行くまでの道、スタッフとの他愛のない会話、応援してくれている人たちの姿、試合後の帰り道など、
人生の半分ほどの時間を共にしてきた「バスケのMCである私」が見てきた景色の全てを、
「これが最後だ」という思いと共に、目に焼きつけていた。

東京海上日動ビッグブルーのホームMCを始めた時、
石神井にあるホームゲームの会場となっていた体育館には、
お客さんの数は少なく、観客席には2〜3人くらいしかいなかった試合もあった。

ある時。練馬放送という団体を立ち上げ、練馬を拠点にラジオ番組を発信している、ラジオが好きな2人の男性に出会った。
彼らは本当にどこまでもラジオに対する愛情と情熱を語る2人で、
私は彼らに出会ったことで、さらにラジオが好きになった。
そんな2人に、石神井でバスケットボールの試合をやっていて、音響を務めてくれるスタッフが足りないと相談したところ、
快く引き受けてくれて、最初はボランティアで会場の演出を手がけてくれた。

すると、徐々に観客席に応援する人たちが増え始めてきた。
そして、応援の力があったからこそ、チームが試合に勝つ瞬間を見てきた。

練馬放送の演出は、シーズン毎にパワーアップした。
気づけば、最後のホームゲームには、観客席には200人以上の人たちが集まっていた。

最後のホームゲームが間近に迫った、2月。
試合前の選手入場セレモニーのアナウンスをしていて、選手の名前を読み上げる度に湧き上がる、
客席からの選手への声援を聞いていて、
「こんなに大好きな景色となんで別れなくてはいけないのだろう」と思った。
それほどに、私の目の前にある景色は輝いていた。

何度も泣きそうになった。
必死でこらえた。

表に出る仕事をしている私は、心に決めている。
笑顔と元気な声を届ける私は、決して泣かない、と。

そんな私の中の決めごとが守れなくなってしまうのではないかと思うくらいに、心はグラグラに揺れていた。
最後となった2019年3月10日の試合まで、私はとてつもなく不安定な心を抱えていた。
精神的にはもちろん、その感情から体調も崩した。
身体からの悲鳴で、私がどれだけこの仕事が好きだったかを痛感した。

2019年3月10日。
東京海上日動石神井スポーツセンター。
B3リーグでの最後のホームゲームを観るために多くの人が会場に足を運んでくれた。
ファンはもちろん、演出でも、練馬放送でレギュラー番組を持つパーソナリティたちが駆けつけ、
それぞれのスキルで、最後のホームゲームを華やかに盛り上げてくれた。
そして、選手たちは集まってくれた一人ひとりの気持ちに応えるように全力で戦っていた。
その景色を見ていて、私はこう思った。

みんなと一緒に終われてよかった、と。

1人でこの場所を去らなければならない状況だったら、きっと耐えきれなかっただろう。
東京海上日動ビッグブルーというバスケットボールチームに関わる全ての人たちと一緒に、
最後のホームゲームを締め括ることができた。

気づけばこんなにも増えた多くの仲間と一緒に、
最後まで全力でバスケットボールのMCができた。

MCという仕事は、表に出るからこそ目立つ部分はあるが、
私がマイクの前で声を発することができたのは、
私にMCを任せてくれたチームはもちろん、支えてくれたスタッフの存在があり、
今日もがんばろうねと声をかけてくれたファンがいるからだ。

私は高校生の時から、番組の最終回では、ベット・ミドラーの「Wind Beneath My Wings」を届けてきた。

1988年、ベット・ミドラー主演の映画『フォーエバー・フレンズ』は、私が映画を観て、初めて涙を流した作品だ。
この映画の主題歌となった「Wind Beneath My Wings」は、1989年にサウンドトラックアルバムからシングルカットされ、
ビルボードホット100チャートで1位を獲得。
1990年2月に開催された第32回グラミー賞では、最優秀レコード賞と最優秀楽曲賞を受賞した。

選曲の理由は、この曲が、支えてくれた人への感謝を伝える曲だからだ。

東京海上日動ビッグブルーの、B3リーグでの最後のホームゲームとなった日。
試合が終わり、「最後の言葉」を発する瞬間、私はやっぱり「さようなら」を言えなかった。
私は言葉が引き寄せてくれる未来を信じて、この言葉をマイクに乗せて放った。

「またどこかの会場でお会いしましょう。」

【ラジオDJ武村貴世子の曲紹介】(“♪イントロ〜17秒”に乗せて)
別れと旅立ちの季節の3月。今月は私も大きな別れを迎えることになりました。
この曲に感謝の気持ちを込めて。

あなたがいたから私は最後まで笑顔で声を届けることができました。

Bette Midler「Wind Beneath My Wings」

武村貴世子

武村貴世子

ラジオDJ、MC、ライター。
これまで、FM802、Fm yokohama、FM-FUJIなどで番組を担当。

ラジオ番組、司会、ライター、トーク&アナウンス講師はもちろん、
朗読と音楽のコラボレーションライブも展開中。

国連UNHCR協会 国連難民サポーターとして、
難民支援を始め、世界や社会への関心が深く、社会貢献活動にも積極的に取り組む。

また、タロット・リーディングの学びも深め、
フリーランスでその活動の幅を広げ続けている。

Reviewed by
宮本 英実

武村さんと同じく、私は「さようなら」を言えない。
思いがあればあるほど、その言葉とこそ、さよならしたくなる。
武村さんが10年以上ホームゲームMCを務めてきた、
B3リーグ「東京海上日動ビッグブルー」がB3リーグを退会することとなり、
3月10日、最後のホームゲームを迎えた。
「さようなら」を言わなかった、武村さんの一言こそが、
チームや選手、会場、サポーター、スタッフ、
それを取り巻いたすべてのひとたちとのこれまでを物語っているように思う。
最後の最後の、はじまりの言葉。

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