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「あなたの優しさが、私を生かしてくれました。」【藤井風「優しさ」2020年4月17日リリース】

長期滞在者

2020年6月4日。
練馬放送にて、毎週土曜午前11時30分から放送しているラジオ番組「Voice of Heart」の収録が再開した。前回の収録が4月1日。15歳の頃から音楽に乗ってマイクの前でしゃべるということをやってきて、この30年ほど、2ヶ月以上マイクの前で番組をやってこなかったことは初めてだった。

新型コロナウイルスの影響、そしてその間に父を亡くし、苦しいこと悲しいことが続く中でも、自分のしゃべりのクオリティは落とさないと決めていたので、私はトレーニングだけは欠かさなかった。
収録を終えて、自分でも満足のいく番組を作れたという実感がある中、スタッフから「無事に収録ができて良かった!」と笑顔の言葉を聞いたとき、私はとても嬉しかった。何より番組ができて嬉しいのは私の方なのに、私の様々な事情を見守ってきてくれている番組スタッフがそう言ってくれたことに、優しさを感じて、私はこの練馬放送でラジオ番組をしてきて本当に良かったと心から思った。

私の身体はどこかで限界がきていたようだ。

足元が真っ赤に染まっていく。自分の意思とは無関係に身体から流れ落ちた血が、床にどこまでも広がっていった。
しかし私は、慌てるという衝動に駆られることもなく、どうしたものかなと、その事実に向き合う最適の方法を考えていた。今日は生放送の日だ。このままでいたら放送中にまた大出血してしまうかもしれない。それは非常にまずい。自分の身体の心配以上に、番組に迷惑をかけたくないという気持ちが先に走った。そして、病院に行き、止血のための注射をして、生放送に挑んだ。不思議なもので、生放送中は全く問題なし。生放送の仕事をしているときは、自分の身体が無事を保っていたことに、どれだけ私はこの仕事が好きで、生きがいかということを強く実感した。

しかし、これはさすがに身体を休めなければと思い、部屋のベッドに横になった。
無音の空間にいるのはいささか不安だったので、そういえば、藤井風が気になっていたから、今ならゆっくり聴けるなという思いで、2020年5月20日にリリースされた、1st アルバム『HELP EVER HURT NEVER』を再生した。

正解だった。

大丈夫だと思っていたのに、なんで無意識なところで身体が壊れちゃったんだろう。
なんで不安ばかりが次から次へとやってくるのだろう。
そんなときでさえ、藤井風の音楽は、何のストレスもなく、すんなり自分の中にやんわりと染み込んできた。

このアルバムの全ての楽曲から、研ぎ澄まされた彼の音楽センスを感じた。
私は気力も体力もマイナスになっていて、何かを考えることすらも放棄したような状態だったが、
その声、その一音一音、その歌詞に耳を研ぎ澄まして、
この音楽の魅力について、じっくり思考したいと思う感情が湧き上がってきた。
それほどに、彼の音楽は魅力的だった。

このアルバムからリード曲として2020年4月17日に発表された、「優しさ」。

私は、この1ヶ月ほど、平常時にはない優しさに触れた。

普段は電話なんてしてくることもないような人が「さすがに心配です」と電話をかけてきた。
もう何年も会っていない高校の同級生から「今日差し入れを持っていくよ」とメールが飛んできた。
「しばらく自然に囲まれて暮らしませんか?」と遠くの村に住む仲間がLINEで言葉を送ってくれた。
郵便受けには、手書きの言葉が綴られた葉書が何枚も届いた。
由緒但しき遠方のお寺にいた方から「1週間御祈祷したお札とお守りを送ります!」という、全く予想もしていなかった連絡まできた。

優しさとは何なのだろうか、と考えた。

届いた優しさは、みな表現は違えども、私のことを考えてくれていることが、深く深く伝わってきた。
その優しさは、全て、嬉しかった。
優しさは、私の心に明日が今日よりも良い日になるのではないだろうかという変化を与え、消えかけそうな生きる力の火に酸素を運び、その炎を少しずつ大きくしてくれた。

優しさが、私の命とどれほど密に関わっているか、ということに気づいた。

優しさが「嬉しいな」という感情だけではなく、
「命」へと注がれていくことを、今までちゃんと考えたことはなかった。
そして、はたと気づいた。
私にとって優しさとは自分からそそぐことばかりに目が向いていて、自分が受け止めることには、まるで慣れていなかったということに。

私にはきっとこれまで取りこぼしてしまった優しさがたくさんあったのだろう。
自分よりも、大切な人が無事であることばかりを願っていた私は、
私に向けられた優しさにはどこか鈍感になってしまっていた気がする。

2020年6月10日。
音楽と詩の朗読のライブ『世界に魅せられた者たちのライヴ』で、ご一緒している音楽家であり写真家であり画家である、安達ロベルトさんの水彩画展「AND I wrote my happy songs 〜そして、しあわせの歌を書く」に行った。新型コロナウイルスの影響による緊急事態宣言が明けてから、初めて触れたアートは優しさに満ちた空間だった。今この時は、何も臆せずにいていいと語りかけてくれるような絵の中にいて、私の心は安心して息を吸った。

藤井風の「優しさ」も私にとってはそういう曲だった。
この曲に包まれているうちに、肩の力が抜けた。不安から距離を置けた。
いつしか、自然に安心していた。

優しさは自分を生かしてくれている。
水や空気、食物、太陽と共に、優しさもまた、私の命と繋がっている。

【ラジオDJ武村貴世子の曲紹介】(“♪イントロ〜13秒”に乗せて)
岡山県出身の類稀なるセンスを兼ね備えたアーティスト藤井風。
5月20日にリリースした1st アルバム『HELP EVER HURT NEVER』から。

あなたの優しさが、私を生かしてくれました。

藤井風「優しさ」



武村貴世子

武村貴世子

ラジオDJ、MC、ライター。
これまで、FM802、Fm yokohama、FM-FUJIなどで番組を担当。

ラジオ番組、司会、ライター、トーク&アナウンス講師はもちろん、
朗読と音楽のコラボレーションライブも展開中。

国連UNHCR協会 国連難民サポーターとして、
難民支援を始め、世界や社会への関心が深く、社会貢献活動にも積極的に取り組む。

また、タロット・リーディングの学びも深め、
フリーランスでその活動の幅を広げ続けている。

Reviewed by
宮本 英実

コロナコロナな日々がはじまり数か月。今だからこそ痛感する「当たり前」がある。こんなことがないと気付けないなんて…と思いながら、この時を前向きに捉えるために、必要な肯定もある。非日常が続くこの頃が与えてくれる、気付きを大事に。

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