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3F/長期滞在者&more

「会いたいの気持ちだけで、あなたに会いに行ける日を待って。」【Tom Walker「Wait for You」(2020年6月13日リリース)】

長期滞在者

半年、待っていた。

あまりにも家に篭りすぎていて、すっかり季節感をなくしていた8月。
結婚披露宴やイベントの司会で、20年以上お世話になっている事務所からの仕事が半年ぶりに決まった。

3月に入ってから、この事務所からの仕事は全て延期か中止になった。
8月の仕事も依頼があったものの、新型コロナウイルスの感染者の増加で、どうなることやらと気が気ではなかったが、無事に行われることになった。

久しぶりにスーツを着て、外に出る。暑い。テレビのニュースが今日は「猛暑日」と伝えていたが、すっかり夏になっていたことに、仕事に出たことでやっと気づいたような感覚だった。

20年以上この仕事をしてきて、マイクを持ってマスクをしての司会は、この日が初めてだった。
声を発したときに自分の息が熱風のようになってマスクの中にぐるりと充満する。頭の中が暑さでくらりとする感覚があったものの、ようやく現場に戻れた安堵は大きかった。私はこの仕事が好きだ。

今しばらくは仕事を待つ日々が続くだろう。
だからせめて、8月よりは9月、9月よりは10月と、時間が過ぎるごとに、待つ時間から解放されていくことを願うばかりだ。

寂しいという気持ちが、ふと胸をよぎることはあるけれど、
「会えないのは耐えられない」となることは、私にはあまりない。

あなたは、大体東京にはいない。
数年に一度、ふらりと帰ってきては、慌ただしく次の場所へと行く。

私たちは世界についての多くのことを語り合ってきた。
悲しみも混乱も喜びも美しさも。

けれども、会いたい人に会えなくなるような「感染症」の事態は、
これまで一度も話したことはなかった。
考えてみれば、そんな可能性はいつだってあったはずだったのに、
なぜ私たちは、そういう話題はしなかったのだろうか?

「会いたい人には会えた?」
「いや、感染のリスクを考えると。」
「会いたい人に会えなくなる時代がくるなんてね・・・。」

自分たちの意思を超えた「会えなくなる」は、2020年になるまで、一度も想像したことがなかった。

イギリスのシンガーソングライター、トム・ウォーカー。
2019年2月に開催された「ブリット・アワード2019」では、過去には、エド・シーラン、サム・スミス、デュア・リパという現在のUKミュージックシーンを代表する錚々たるミュージシャンが受賞している「ブリテイッシュ・ブレイクスルー・アクト賞を受賞。2019年3月に発表したデビュー・アルバム『What a Time to Be Alive』は、全英アルバムチャートの1位を獲得した。

私が最初に彼の楽曲を聴いたのは、今から3年前、2017年10月13日リリースの楽曲「Leave a Light On」。
そして、この「Wait for You」を耳にしたのは今年の8月のこと。BBCラジオから聴こえてきて、一聴でその切ないメロディの虜になった。現在、この曲はオリジナルの他に、デジタル色が色濃く施され軽やかにテンポアップされた、Steve Void Remixと、メロディの美しさの輪郭がさらに心に滲み入るアレンジとなっている、Acousticが発表されているが、どのバージョンも全て素晴らしい出来栄えである。

この曲を聴いていると、どうしたって、会いたい人の顔が思い浮かぶ。

「待つ」ということ。
それは私にとっては、これまでさほど大きな困難ではなかった。
今や世界のどこにいても、インターネットを介して、手軽に連絡が取れる時代だ。
言葉や声は、どこにいても、通わすことができる。

けれども今年起きた「待つ」は意味合いを変えている。

お互いが会うことで、「感染症」という身体を壊す事態になるかもしれない。
国と国への往来が厳しく管理されている今、会いたいと思ってもすぐに飛行機には乗れない。
乗ってたどり着いても、2週間の自主隔離など「会いたい」という気持ちだけでは、どうしても動けない今がある。

「だから、しばらく会えなくなるから」
そう言って広げた両手の中にこの身をうずめると、人の温かさを感じた。

お互いが今ここにいる。
それだけで、こんなにも安心するものなのだと、私は初めて知ったのかもしれない。

お互いの住む場所の距離がどれだけ離れていても、会いたいと思えば、会いに行けると思っていた。

どんなに必死に生きようと立ち上がっても、
どんなに前を向いて進むんだと決意しても、
どうしようもなく辛いことがふりかかってくることはある。

歳を重ねるごとに、思ってもみない悲しみに何度となく襲われた。
しかし今の私は、嘆き、うつむき、もがき、苦しむことが、だいぶ減った。

そう、私は、いつのまにか「受け入れる」を身につけていた。

今、この現実を受け入れて、私はあなたを送り出す。
次にいつ会えるだろうか。そのときには「会いたい」という気持ちで移動ができる世界であるだろうか。

私は、この現実を受け入れて、待つ。
「あのときは本当に大変だったね」と笑いながら、自由に行き来できる世界で生きるお互いの姿を想像して。

会えないときに思うことはただひとつ。
世界のどこかに、私を無条件で抱きしめてくれる両腕があるという事実。

それは、私から見える世界を、輝かせる。

【ラジオDJ武村貴世子の曲紹介】(“♪イントロ〜6秒”に乗せて)
会いたいの気持ちだけで、あなたに会いに行ける日を待って。

Tom Walker「Wait for You」

武村貴世子

武村貴世子

ラジオDJ、MC、ライター。
これまで、FM802、Fm yokohama、FM-FUJIなどで番組を担当。

ラジオ番組、司会、ライター、トーク&アナウンス講師はもちろん、
朗読と音楽のコラボレーションライブも展開中。

国連UNHCR協会 国連難民サポーターとして、
難民支援を始め、世界や社会への関心が深く、社会貢献活動にも積極的に取り組む。

また、タロット・リーディングの学びも深め、
フリーランスでその活動の幅を広げ続けている。

Reviewed by
宮本 英実

心から自由に『会う』ことが難しくなってから気付いたのは、それぞれのつながりの中にある”互いを大事に思う”気持ちだった。大切に思うからこそ、会わないという選択もあることを改めて知った夏。今だからこその感情や気付きを、その人と次に会う時に話したい。楽しみは、もうちょっとお預け。

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