4ヶ月ぶりにマイクを握って司会をした場所は、ライブハウスだった。
2020年7月4日。
埼玉県にあるライブハウス、浦和ナルシスからYouTubeを使って、13時から17時までの生放送を行った。
タイトルは「バンギャがライブハウスを借りてみた」。
バンギャルの哉美さんが特別給付金10万円全て使って、音楽、バンド、ライブハウスでできることとして、ライブハウス、浦和ナルシスで曲をかけて、ステージには照明をあてて、一人最前列の柵で振りをする姿を生放送するという企画。
フリーランスで仕事をしている私はインターネットで連絡先を公開している。
ある日、哉美さんからこの企画書と司会としての依頼のメールをいただいた。
私がラジオDJを目指したのは、15歳、高校1年生のとき。ライブハウス、渋谷La.mamaで観た、インディーズバンドのライブのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。テレビなどのメディアにはまだ出ていないバンドを紹介していきたい。それがきっかけになって、ラジオで音楽を伝えていくラジオDJを目指した。
だから、今の私は、ライブハウスが作り上げたと思っている。
そんなライブハウスが新型コロナウイルスの影響を受けて危機的な状況になっているときに、何もできないでいることが苦しくてたまらなかった。そんなときに、声をかけてくれた哉美さんの企画に、私にできることがあるならやりたいと思ったのが、事実だ。
当日は、浦和ナルシスの階段を降りたときから、目頭が熱くなった。
「ライブハウスの匂いがする。」
10代の頃からライブハウスは私にとってはシェルターだった。
ここにいれば息ができる。安心できる。音楽を好きな人と音楽の話ができる。
そんな大切な場所に約5ヶ月ぶりに足を踏み入れた。こんなに長い間ライブハウスから離れていたのは人生で初めてだった。だから、もうその匂いだけで、私が私でいられる場所に帰ってこれた嬉しさがこみあげた。
哉美さんはこれまで彼女が愛してきたバンドたちの曲をじっくりと考えて、何よりライブの楽しさが伝わる選曲で多くのCDを抱えてやってきた。
彼女との打ち合わせで最も印象的だったのが「音楽の良さを伝えたい」ということだった。ライブハウス、バンギャル、ヘドバン、振り、様々な要素があるこの企画。何よりも彼女と私に共通していたのは「音楽が好きだ」ということ。だから、配信を観ていた人たちが、音楽を楽しんでいてくれたことが何よりも嬉しかった。
もちろん、バンギャルならではのトークもおもしろくて。ライブ遠征の伝説、ライブに行くときの心情など、話は尽きることがなく。むしろ時間は全然足りなくて。ライブというのは、「ライブ」の時間だけではなく、そこに行くまで、ライブが終わった後、ライブ友達との会話など全てをひっくるめての「楽しさ」があることを再確認する時間だった。
今はライブだけでなく、「ライブ」に関わる、あの楽しかったありとあらゆる時間が封じられて、奪われてしまっているような状況だ。ステージにバンドはいなかった。けれども、この企画はライブに関わるあの「楽しさ」を、浦和ナルシスというライブハウスからインターネットを通して全国に伝えることができたのではないかと思う。
新型コロナウイルスの影響で、私もイベントなどの多くの仕事を失った。
あらゆる場所でマイクを持ってしゃべることが仕事だった私が、この状況下、最初にマイクを握って声を発することができた場所が、ライブハウスだった。
私はライブハウスに生かされている。
この場所で身体に響いた音楽、生まれた感情が、何よりも「武村貴世子」という私を形成している。
2020年5月4日。
摩天楼オペラの結成記念日となる日、ニコニコ生放送とFRESH LIVEで放送している番組「FOOL’S MATE channel」で、13周年を記念した特別番組の司会をした。緊急事態宣言の最中、出演者全員zoomを使ってリモートでの生放送となった。
バンドとファンが直接会ってお祝いをすることができない状況の中、放送したこの番組は、とても多くの人が同じ時間を共有し、思いを伝え合う番組となった。そんな番組の司会ができたことが光栄極まりなかった。
4月30日に父を亡くした私にとって、最初の仕事がこの番組の司会だった。
父は常に私の仕事の様子を気にかけてくれていた。自分が1番やりたいと思っていたバンドを伝える仕事が、父の死後、私の最初の仕事だということに少なからず運命めいたものを感じた。
摩天楼オペラと最初に出会ったのは、2010年12月22日アルバム『Abyss』でのメジャーデビューのときに、ラジオ番組のゲストで登場いただいたことがきっかけだった。以降、2016年10月19日リリースの4人体制で動き出したアルバム『PHOENIX RISING』タイミングでのニコニコ生放送での特別番組の司会や、ギターのJaYさん、ドラムの響さんが加入した2018年には、インタビューをする機会も多く、大切なご縁をいただいているバンドである。
2020年4月22日に発売された5曲入りのE.P.『Chronos』。私にとっては、これまで見続けてきた摩天楼オペラの今が最高潮に良い状態であるということを感じずにはいられない音楽だった。
古代神話の時の神である“クロノス”と名付けられた作品。出会いから別れ、時の流れと共に進む「恋」をテーマにした楽曲たち。聴き終えたときの気持ちはまるで一冊の小説を読み終えたような気分だった。
楽曲の世界観はもちろん、それぞれの楽器の音が素晴らしかった。
摩天楼オペラは各々の演奏レベルが高い。
その音が、今ここでこの音が欲しいという絶妙なタイミングで絡み合う。
音を重ね合うことで生まれる「バンド」という魔法のような良さが十二分に発揮された作品だと思った。
彼らの音への追求がくまなく表現された楽曲揃いだった。
摩天楼オペラはこの作品と共に5月6日から「Chronos TOUR 2020」を開催する予定だった。
しかし、新型コロナウイルスの影響により全公演延期となった。
悔しかった。
いや、悔しいのは何よりバンドメンバーなのは充分わかっているのだが、これだけ今のバンドの状態の良さがいかんなく表現された楽曲たちと共に行われるツアーが、どれだけ熱くさらにバンドを高めていくかが想像に難くないだけに、今彼らのライブが観られない、できないということが、あまりにも悔しくてたまらなかった。
延期、中止。
いやになるくらい見た言葉。
現在、ミュージシャンたちの配信ライブなどの活動も増えている。
これも今だからこそできる表現だろう。
その表現の中から生まれる新しい可能性もあるとは思う。
けれども、どうしたって求めてしまう。
同じ場所で、直接お互いが向き合うからこそ生まれる感動を。
熱を。匂いを。互いに呼び合う声を。身体の全てが音楽と溶け合う瞬間を。
ライブができないというのは、ただ演奏ができない、演奏が聴けないだけじゃない。
そこにあった、一人ひとりの人生の喜びや楽しみ、希望や力を封じてしまっている。
好きな曲に出会ったとき「ライブで聴いたらどんな感じなのだろう?」と想像してきた。
特に、その曲が自分の心により深く浸透するとき、「ライブでこの曲が聴きたい」という思いはさらに強くなる。
『Chronos』で紡がれる5曲。物語の最後となる楽曲「Anemone」。
「傷ばかりじゃない 失くすばかりじゃない
生まれてきたものがある
抱きしめていたい 大切に愛しながら忘れよう」
「愛しながら忘れよう」なんて言えないよと、この曲を聴いたときに思った。
こういう歌詞が書けるヴォーカルの苑さんの歌への表現が美事だと思った。
あまりにも大切すぎて、心の真ん中にずっとあった。それがついに終わりを迎えた。
誰かを愛することも、愛されることも、たった一人しか浮かばない。
摩天楼オペラの『Chronos』は、私にとってはそんなときに出会った音楽でもある。
ライブでその曲を聴くことによって、曲を聴いていたときに感じた思い、記憶、自分の人生が蘇ることがある。
そして、ライブで聴くことにより、曲と共に抱えていた思いが昇華されていく瞬間がある。
自分のすぐ傍で寄り添っていてくれた楽曲が、ライブという空間で、生きている人間が奏でる音色、力の限り歌う声、照明のまばゆい光、多くの人たちの熱気、それら全てと合わさって、さらに自分の中で特別な曲になっていく瞬間。
きっとこの曲は私にとってそういう曲になっていく。
あのとき、人生で出会った愛しさが終わっていく強烈な寂しさと悲しさの中で、聴いていた曲。
私が「愛しながら忘れよう」と思えるのは、きっとこの曲をライブで聴いたときになるような予感がする。
あの光とあの熱気と、何よりもバンドが奏でる音楽が、私を変えていくだろう。
「あなたに会えてよかった」と。
【ラジオDJ武村貴世子の曲紹介】(“♪イントロ〜21秒”に乗せて)
出会った二人が、時の流れの中で変化し、終わりを迎え、そしてその先を描いていく5曲で構成された、摩天楼オペラ約1年ぶりとなるE.P.『Chronos』。同じ時を生き、重ねた時間が描いた愛の結末を歌ったこの曲は、ライブで聴いたときに、燦爛と光を放ち、多くの人の心に愛しい感動を届けてくれる予感がします。
摩天楼オペラ「Anemone」