長期滞在者
小田急線の車体が傾き、地下へと潜っていく。人気のない東北沢駅を通り過ぎ、電車が下北沢駅のホームに着くと、まばらに人を吐き出した。最後尾に乗ってしまったので、ホームの端からエスカレーターまでは少し歩く。この端のところは工事中であることを開き直ったように無機質で、人々は一列にならないと進めないほど幅が狭い。構内は十分明るいけれど、なにか芯の部分が冷めているような薄暗さがあり、昼夜を見失う感覚がよぎる。…
当番ノート 第31期
なぜ、猫はかわいいのか。 それは登山家が、「そこに山があるから」と言って危険を犯して登るのと同じかもしれない。 つまり、猫の存在そのものが、すでにかわいい。 しかしそうは言っても、ちょっと考えてみる。なぜかわいいのか。 ▲ヨハン。私が一緒に暮らしている猫。すごく鳴きます、叫びます。今年で10歳になります。以下、ヨハンの写真とともに、猫について考えます。 猫は犬と違って、野生の本能を忘れていない動物…
当番ノート 第31期
初めて入った店で自分の音が流れていて驚いた事がある。 当時、ダンス作品のためのサキソフォン独奏を自主版として音源にまとめて、自分のライブで売ったり、組みしたいと思う人々に名刺代わりに渡したりしていた。表現者の集まる場のオーナーに数枚を託してもいて、それが人から人へ渡って、その店のBGMになっていたのだった。自分で蒔いた種だったとはいえ、さすがに驚いた出来事だった。 その店は…
長期滞在者
昨年、2016年3月にヨルダンに滞在した時の話である。 ヨルダンに着いた翌日に、私はあるシリア難民の家庭に泊まっていた。 ホームステイを提案してくれたのは、シリア支援団体サダーカの代表、田村雅文さんだった。 初めての中東、アラビア語もわからない。そんな私に着いてすぐにホームステイなどできるのだろうかと、 不安でたまらなかった。まず、家庭訪問に行ってそれから考えたいと話した。 最初の家庭訪問は、母子…
長期滞在者
東の空に高く月が上がっていて、東に帰る僕の自転車の先にずっと架かったままなので、冴え冴えとしたその姿を眺めながら漕ぐ。 風が強く、雲も速い。 ずっと月を見ているからそれが定点となって、雲の流れの速さがわかる。 月をさまざまな形の雲が包んでは去り包んでは去り、じっと見ていると、中心の月がいろんな輪郭の生き物の眼球に見えてきた。 眼球は変わらないが、それは漸次外形を変えて、最初は蚤のような頭の小さい昆…
当番ノート 第31期
月曜日から東京に来ている。 今年東京に来るのは、2ヶ月ぶりで2度目。 鹿児島に引っ越してからも東京を訪れる機会は多くて、最近の方が頻度と滞在期間が増えている気さえする。 でも、何かしら用があるから行く訳で、打合せやイベント出店、あと結婚式やどこかへ行くときの寄り道か。 大学生の頃も、東京にはよく遊びに行っていた。 建築系やデザイン系の雑誌に「良い」として掲載されたものや、東京の「今」を自分の目で見…
当番ノート 第31期
さきほどから家から出かけては戻ってを繰り返している。すでに3往復目だ。そして、僕はなぜかキーボードを叩きはじめた。 もう一心不乱に叩かざるを得ない心境なのだ。あるいは般若心経を写経するしかないのだ。よく分からなくなってきたので、ちょっと落ち着こう。 こうなってしまったのは忘れ物のせいである。ちょっと1泊で遠出をしようと思っていたのだ。はじめは出発してからカメラを忘れていたことに気付いた。次は現金も…
長期滞在者
昨日、ローマから帰ってきた作家さんとエディションの話になった。 一枚のネガなどの原版から理論上無制限に焼き増しができる写真作品は、あらかじめプリントする枚数に制限をかけることによって稀少性を持たせ、作品の価値を高めていこうとする考え方です。「あなたの作品はエディションがない、エディションを振ればもっともっと売れるはずだ、ヨーロッパでも人気のDもAもエディションをつけているじゃない、なんであなたはそ…
当番ノート 第31期
自覚がなかったけれど、高校生くらいまでは、ただぼんやりして時間を過ごすことが多かったようだ。その当時、家に帰った後や休みの日は何をしているの? と、人から聞かれても、何か具体的なことが思い出せるわけではなくて、返答に窮していたし、また、今になって当時のことを思い出そうとしても、たしかに何か特別なことをしていた記憶もなくて、なんだか真っ白なのだった。そうした事実をあわせて考えると、昔、わたしは、ただ…
Mais ou Menos
——————— ぴちゃんへ 三月。花粉症のような症状が出ていて、とうとうきたか、という心持ち。この間、鼻の下がヒリヒリして痛いときに買ってきてくれたスティックタイプの塗り薬、ほんとに重宝しています。ありがとう。 先日、仕事帰りの電車の中で、美しくあるための努力は万人のものだと突然思った。ほんと雷に打たれたみたいに、…
当番ノート 第31期
今まで二回にわたって昔の映画の思い出話をだらだらと書いたが、今回はその最後。 ただ見るのではなく、よく見るということについて。 私は初めて見る映画はできるかぎり映画館で見るようにしている。(と言っても、時間的制約あるいは経済的な理由で、実はなかなか叶わないが) 映画館で映画を見たい理由は、私にとっては、本質的には小さい頃からの「慣れ」なのかもしれないが、それは置いておいて、少しその理由を考えてみる…