当番ノート 第25期
東京から単身三重に飛び込んでNAGI編集部に入舎。ローカル出版物に携わる仕事がスタートした。慣れない土地での日々は目まぐるしく、入って間もなくして山登り取材に駆り出され毎日があっという間に過ぎていった。学生の頃のようにコンスタントにモノクロ写真が撮れない。焦りを感じつつも日々の生活に追われていった。事務所の窓に広がる田んぼが掘り返され水が差し鏡のように浮かび上がっていく。植えられた稲が茂りだし穂が…
当番ノート 第25期
別れた人に会ってきた それ別れてないじゃんね 魔が差したというかなんというか、 さみしかっただけなのかもしれないし もしかしたら、どんな顔だったか思い出したかったのかもしれない 結果から言えばね、 会うんじゃなかったなって思う たのしかった たのしかったけどね 2メートルくらいの長さの棒の端を お互いのおでこにあてて 棒を落とさ…
当番ノート 第25期
旅先の窓の外に海が見える部屋で、ホゼの言葉を思い出していた。 「光はまだ知らないこと」 ああ、あなたの言った通りだ。と私は思う。 ホゼに会いに行った5年前、私は彼に「あなたにとっての光と影って何?」と聞いた。 怪訝な顔をした彼に、慌てて「陽射しがあなたの顔に素敵な陰影をつけていて、だから聞いてみたくなったの」と言い訳をしたのだけれど、あのとき私は切実に人の中にある光と影を知りたいと思っていた。 あ…
長期滞在者
昔一時期、ペンタコンシックスという東ドイツ製の中判カメラ(6×6)を使っていたことがある。ビオメターという名の標準レンズの写りが美しく、カメラのデザインもなかなかかっこよかったのだが、肝心のカメラボディが一癖も二癖もある大変な代物で、フィルム1本(12コマ)に1~2コマは必ず妙な露光ムラが出るとか(シャッター幕の走行に変な癖があるらしい)、そもそも露出自体安定しないとか、コマ間隔が適当でたまに重な…
当番ノート 第25期
ニューヨークで暮らし始めて7か月。日々どこかで、思いっきり笑っている人、びっくりするぐらい泣いている人、何があったの?と聞きたくなるぐらい怒っている人、なんだかよくわからないけど楽しそうな人、とにかくエモーショナルな人々をよく見かける。 かっこいい靴を履いている人を見かければ“それどこで売ってるの?最高にクールだね!”と話しかけ、困ってそうな人がいれば声をかけ、当たり前に手を差し伸べる。と同時に、…
長期滞在者
大阪と奈良を分ける二上山麓の小さな田舎町がぼくの一人暮らしのスタートでした。部屋は7畳半でグレーのパンチカーペットが引いてあるだけのただの四角い部屋で、北側に腰から上へ半間の窓が1枚。部屋の隅っこには申し訳程度の小さな流し台があってトイレは共同でした。それで家賃15,000円が安いのか高いのかよくわからないのですが、とにかくぼくはここで写真の勉強を始めることになりました。東京湾岸の埋め立て地で、植…
当番ノート 第25期
今日も西のはずれにある海岸へ来て、手頃な細さの流木を探した。 冬の海は濃い藍を湛えていて、海岸を歩くひとは私以外いなかった。天は鈍いろの雲が垂れ込め、砂浜は実にさまざまな漂着物であふれている。古い空き壜、硝子の浮き玉、ケルプ、小型の冷蔵庫、潰れたホヤ、靴、箒。 漂着したごみを数えながら貝殻を拾っては、そっと耳に当てた。昆布を踏んだ拍子にぐに、と気持ち悪い感触がした。 しばらくぼうっと歩…
当番ノート 第25期
「あんどろまらけの歌」2011年、インクジェット、手製本 写真家になるにはどうしたらいいんだろうとぼんやり考えていた。学生時、地方に在る余白のようなものが気になり休みを使っては青春18切符や夜行バスで各地方へ足を運び撮影していた。車窓に流れ込む平原や集落、濡れた浜辺に肥大する植物群。それを重ね手製の写真集を作ることが好きでいつかは自分の写真集をと思い描く学生だった。卒業のリミットがちらつき、自分の…
Mais ou Menos
———————— 16.01.31 ぴちゃん ただいま。いま、神山から帰りました。帰りのバスでは、気づいたら寝てしまっていて、いつのまにか京都でした。時間を感じなかったからよかったけれど、家に帰ってきたらなんだかぽかんと寂しい気持ちになったよ。 ずっと住んでいる家なのに、まるで自分の居場所じゃないような感じ。ここ数日過ごしただけの古い里山の家の方が、ずっと昔から住んでいた場所に感じるくらいに帰って…
当番ノート 第25期
鏡を見ている ちがうか 鏡にうつってる私をみている そういう観点からいくと私も、あの人にとっては鏡みたいなものなのかもしれない あの人は私を見ているようで、私を見ていないんじゃないかと思うことがある あのひとはあのひとを見ているんだ 目ん玉が、ひっくりかえったらいいのに それでも私は、まぬけにも化粧をしている ほんとうはもっと質…
長期滞在者
「無限ホテル」をご存知だろうか。 「無限ホテル」はその名の通り、無限の部屋があるホテルだ。 ある日、「無限ホテル」に無限にある部屋は、すべて満室になっていた。 そこへ一人の男が部屋を求めてやってくる。 「無限ホテル」の支配人は、慌てずにこう言う。 『ご心配には及びません。1号室のお客様を2号室に、2号室のお客様を3号室に、とすべてのお客様を移動すれば、一つ空き部屋が出来ます。何せ、このホテルには無…