ルーマニア徒然 - 周りの国々

第21期(2015年6月-7月)

 少し中休みとして周りの国々の話でも。

 去年の夏はバルカン半島巡りをした。ベオグラードに始まり、サラエヴォ、ドゥブロヴニクと回った。当初は車で出発し、ベオグラード、サラエヴォ、ドゥブロヴニク、コトル、ティラナ、スコピエ、ソフィアと回って帰ってくる強行軍を計画していたのだが、免許の書き換えがうまくいかず結局空路とバスの旅になった。はっきり言って正解だった。

 因みにルーマニア人はどこへでも車で旅行に行く。ブルガリアやハンガリーは勿論、ギリシャやトルコ、果てはプラハまでも車で行ってしまう。去年の秋に出向先の会社の社員旅行で20時間揺られてプラハまで行ったが、車内では酒盛りのみならず踊り出すものもいたりして、大変楽しかった。帰りチェコを出る前に余った通貨を消費すべくスーパーに寄った際、僕は勿論チェコビールを大量に買ったのだが、バスに積んだビール瓶がガチャガチャとうるさかった。それを見た同僚が「もと、その音が一番綺麗に響くのがどんな時か知ってるか?・・・空っぽの時だよ」と言っていて一本取られたと思った。実際には一本以上取られた。

 ベオグラードに降り立つ際、機内から窓を見やると同じ形をした白い集合住宅が幾つも並んでいるのが見えた。計画都市的な、のっぺらぼうのような気色悪さを感じた。だがその第一印象はすぐに裏切られる。街に入り彷徨いていると、のんびりとベンチに座って語らっている人が多いのが目につく。市内の広大なカレメグダン要塞公園には特に何をするでもなくぼんやりしている若者やカップルが沢山いてとても健康的で、ルーマニアのようだと思った。ベオグラードには1999年のNATOによる空爆の不発弾が残っているようで、今でも公園の一部に何気なく看板が立っており「立入禁止、命の保証はありません」と書いてあったりする。なら柵か何かつけろよと思うのだが、いい加減なものである。日本はセルビアに多くの援助を行ったようで、市内のバスは日本の援助によるものだと聞いた。親日家が多いのか、ちょうどやっていたビアフェスティバル(単に酔っ払って踊りまくるイベントである)ではやたらと声を掛けられハイタッチされ踊らされ揉みくちゃになって大変だった。奴らはルーマニア人なんか目じゃないくらいパーティピーポーだった。旅をしていると、かつて日本が行った援助の恩恵を受けることがある。本当にどこに行っても、驚くほど日本という国は好かれ、尊敬されている。俺は何をしたわけでもないのになー、と不思議な気持ちにすらなるものだ。


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 サラエヴォはコスモポリタンな街だった。イスラム風の街並みの横には欧風の建物が建っている。ヒジャブで髪を隠している見るからにイスラム系の女性もいれば、キリスト教徒にしか見えない白人がモスクで祈りを捧げていたりする、不思議な空間だった。丁度サラエヴォ映画祭をやっていて、眉目麗しい人々が続々とレッドカーペットを歩いて行く。会場近くの公園では大量の若者がただ突っ立ってビールを飲みながら喋りまくっており、辺りはクラブの外壁を取っ払ったかのような騒音が形成されていた。またも歩いているだけでやたらと声を掛けられ変なものまで売りつけられそうになったりした。ベオグラードで出会った人がサラエヴォは先の民族紛争以降人がガラッと入れ替わってしまったと言っていたが、その表情からは双方の感情が決して良くないことが想像された。この辺りのボシュニャク人(ムスリム人とも呼ばれる、オスマン帝国支配時にイスラム教徒に改宗した南スラブ人の末裔)は民族排除の対象になり、男は殺され女は強姦され強制出産させられた(民族の血を消す為である)。これがつい1990年代の話だからゾッとする。僕はこの爪痕がどうなっているのかを知りたくて、旧ユーゴ周りを決めたのだった。折しも第一次世界大戦100周年で、色々なエキシビジョンが行われていたが、血塗られたこの土地の記憶は決して消えることは無いだろう。
 サラエヴォの丘の上にある墓地に行き、街を見下ろす白い墓の群を眺めた。生は煩く死は恐ろしく、墓はただただ静かだった。


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 ドゥブロブニクはご存知の通り美しい街で、食べ物も美味しく、素晴らしい場所だったので特に言うことも無い。市街を少し離れた丘の上の安宿からの景色が余りに美しかったのをよく覚えている(もっともこの街は中心以外は全部丘みたいなものだが)。宿のおばちゃんはずっとビールやワインを飲んでいて、豪放磊落でファンキーな人だった。アドリア海の真珠と呼ばれるこの美しい街もやはり91年のユーゴ崩壊時には多大なる被害を蒙った。当時の写真が残っていて、これほどに美しい街に向けて砲撃が出来るとは、狂気の沙汰としか思えなかった。このような話は幾らでもある。月並みながら、人類の歴史は破壊と虐殺の歴史だ。


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 なんだか暗くなってしまったが、どの街も美しく楽しい街である。仮に人類の歴史が血塗られたものだったとしても、ここで懸命に楽しく生きている人々の生命は正しい。人間に乗り越えられないものなんて、あんまり無いのだ。音楽に合わせ踊る人々を見ながら、そんなことを思った。


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砲台の窓。今やここから街を眺めるのは、軍人ではなく観光客だ。