今への集中と幸福の閾値と孤独の解決について

第21期(2015年6月-7月)

昔読んだ漫画で、主人公が空中に投げ出されて落ちていくシーンがあった。
主人公はもちろん絶叫する。
するとすぐ脇にいた別のキャラクターが「絶叫とは、余裕だな」って言う。
すぐにその意味に気がついて、冷静になった主人公は自分の体勢を立て直す。

一度くらいしか読んでいないと思うけど、何度も何度も頭に浮かぶシーンだ。
もしかしたら、詳細は全然違うかもしれないけど、
いつもそれを大事に思い出してる。

将来に対して不安じゃないんですかと言われることがあるけど、自分の将来をあんまし考えたことがない。
それよりも今に夢中というか、切実なのかもしれないけど、
特にこれというゴールも僕にはないし、
なんとかかんとか現状維持で楽しく暮らせていけばいいと思っている。

ひとまず、そのために必要なのは、
いまの自分の最高のパフォーマンスを出すことしかないんじゃないかと思う。

仏陀の言葉にもあるけど、
先のことを考えて不安になったり、
過去を懐かしんだりしていることでなく、
いまこの瞬間に集中する。

ちゃんと必要なだけ睡眠を取って、心配事を減らして、正しい判断を下せる状況にする。
少しでも怠惰と依存をなくして、すべきことをする。
そんな事の積み重ねが、最良の未来に繋がっていると思う。

いや、最良の未来って訳でもないか、後悔しない状況ってだけだ。
もちろん、今日死ぬ可能性もゼロじゃないけど、それだけならどんな瞬間でも出来る。
僕らは祈るように(でも祈らずに)ただ行動する。

そう考えるようになってから、
たとえば夜に布団の中でウダウダせずに、すぐに寝られるようになった。
それから、なにかをツラツラ悩むことがなくなった。
内向的な自分にとっては、それだけでもかなりの変化だった。

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それでいまは、贅沢をしている訳でないけど、楽しい。
健康なおかげで美味しい食べ物は美味しく感じられるし、(まーお腹が減ればなんでもうまい)
その時一緒に、美味しいと感じてくれる人がいてくれたら、それでかなりいい線いってると思う。

そんなんじゃダメだ!
もっと何か欲しがって努力して手に入れて、喜べ!!
って考え方の人もいるし、もちろんその人はそれでいいと思うけど、
それが僕にはリアリティがない。
もっと常温でじんわり楽しい感じでいたい。

幸福感の閾値が低いこと。
ぼくはそんなに悪いことだと思わない。
かえって日本人的で好ましいことだと思う。

江戸時代、海外に行けなかった日本人は国内にいろいろな物語を見て、それを観光した。
玉露で酔っぱらえた人たちに、ペヨーテのような強い幻覚作用は必要なかったと思うし、
権力者のように庭を造ることが出来なければ、小さな盆景(盆栽)を近視眼的に見る事で、宇宙を感じてトリップしてた。
今よりも自由度の低い社会で、たぶん心配事も多かった時代に、慎ましく健やかに生きていた。

そんなときに庭先に小さな鉢植えで草木を育てて、なにか特殊な園芸品種を開発するようになった。
例えば、変化朝顔はいま残っている品種の何十倍も種類があったし、
印刷がチマチマした日本人にぴったりだったのか、江戸時代にはカラー印刷が安価に出回っていた。

制限は創造的な飛躍を産む。

これはすごい事だと思うし、
日本がこれからも楽しくやって行くのに重要なヒントがあると思う。

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孤独は肥満の2倍ほど、死亡率が高いという記事がたくさん出た時期があった。

自分の伴侶が亡くなったりして孤独になった人には、寿命が近い高齢な方が多いと思うし、
孤独が肥満の2倍も死亡率が高いというのは眉唾な気がするけど、
孤独になることで死亡率が上昇するということはあると思う。

すべての人は孤独に生きられるほど強くはないし、同時に孤独で極端に死ぬほど弱くもない。
だけど、自分を大事に思えなくなった人が選ぶ選択肢は、刹那的でどうしても窮地に陥りやすい。
だから、集住や繋がりを増やす方向の選択を少しづつゆたかにしていくこと、
それらを多様にすることは意味があることだと信じている。

自分自身が一人で孤独にいたら、それはやはりつらい。
他の人が孤独でもそう感じるし、そんな人がいたら繋がりたいと思う。
繋がるのに一番いいのは、共感だ。そしてそれが信頼に育てば繋がりは長く続く。
つまり、人と人とが継続的に繋がるのに必要なのは、憐憫と共感と信頼の3つだ。
反対に、人間の弱さでもある、依存や対立や不義が重なると継続できない事にもなる。

繋がるための3つのことがより身近になって、
少しでも多くの人が楽しく暮らして行けたら、
その状況ははじめて幸せだろうと思う。
そのために出来る事を、寿命がくるまで続けるだけだ。
そんな風に考えています。

ここまで読んでくれてありがとう。
あなたの隣には、美味しいを共有できる人はいますか?
あと一回くらいかな。
次回はなにを書こうか。