気づくということ。

第30期(2016年12月-2017年1月)

こんにちは。
Tomomiです。

2回のコラムを経て、案外反響があることに結構びっくりしつつ、
そういえば仕事でライティングはちょろちょろしていたけど自分のことって書いてなかったな〜と。
で、書いて見たり感想を聞いて、いろんなことをまた教えてもらう日々。

日々日々感謝ですな。

島が好きだとか、移住したかったとか、なんやらかんやらやっていたら、レビューを書いてくれたたからさがしの宮ヶ原さんと東京で会え、前から興味ありまくりの三島村の素敵なガイズと会えるという。
1週間とはなんと濃密なことか。
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一期一会という素敵な言葉があるけど、
私としては一期二会を大切にしています。

1回目はまだ社会的仮面があるから、もちろん溶け込めることもままあるけど、2回目は宴やなんやら祭り的な、非日常を取り除いて日常として会える顔なんじゃないかと。

もちろんいい悪いではなく、私は2回会えてからがご縁だということにしていて。
だから素敵な人たちに会ったら、すぐ2回目を考えたいわけです。
そのために何するかって言ったら、またないこと。
自分の足で向かう。
これに尽きます。

大きな行動をする必要はなくて、「あー行きたいな〜」と思ったら、お布団から出てみる。
それだけです。

行きたくないなら、それはそれでよくて。

その時に“仲間にしよう”とか、“友達にしてもらおう”とか“自分をアピールしよう”とかそういう欲深さはどちらにしても持ち合わせていないですね。
いや、過去はそりゃ相応にあったんですけど、
それを意識するよりも、「本当はこの人ってどんな人なんだろう?」って相手に興味を持っていたい。
だけですね。

自分の経験=世界中の人も同じ

な訳では全くないので。

だからお世辞も言わないけど、すごいなと思ったら素直に何がどうなってすごいなって思うかとかを伝えるようにし始めました。
”し始めました”っていうのは、しない時期もあったよという意味で。
vibarをやっていてつくづく大事だと思ったのはこの

“素直さ”

素直な人って、素直だから、できるできない、やりたいやりたくないなど、自分で選択して進んでいるんですよね。
それに気づいたのは結構遅かったなと。
これは頭でっかち主義教育の副産物でしょうね。

素直という意味でこの前感じたこと。

実は、自宅で民泊して海外の方々がよく泊まりに来ていて、
主にクリエーターさんとか建築の学生とかコンテンポラリーのダンサーとか結構面白い人ばっかで楽しい日々なんですが、
もう1年以上続けていて、普段禁止しているペットにさえむしろ受け入れてきた大家さんからいきなり「外国人の出入りはやめてほしいと近隣から苦情がありました」と言われました。

なぜですか?と聞いたら、

「外国人だからです」

嘘だろ。
都心部ですよ。
オリンピックも目の前にして、そこら中に海外の方々がいらっしゃってて、未だにそんなセリフを堂々と東京のど真ん中で吐くの?

呆気にとられました。

でも気づきました。

「これが今の日本の現実だ」って。

そこら中で多くの老若男女が意識高く動き回っている一方、本当に日本の一般的で普段の生活をしている人の意識ってまだここなんだと。
日本は。

現実だと思いました。

国民の5%くらいしかまともに英語が話せないと言われている日本。
じゃあ他に話せるのかって言ったら、基本日本語だけ。

先進国ぶっているのに、
こんなにデザイナーはたくさんいるのに、
電車のサインでさえ、世界で通用するマークをなかなか使わず、書いてる英語は時に「え、どういう意味?」みたいなものあって。

今でこそ大手を振って「私たちは日本だ!」と言っているものの、
それは先に周りが理解してくれているからこそ成り立っている現実であって、
私たちはもっと自分たちが何を「知らない」のか、気づき、知る努力をもっとしたほうがいい。

知るというのは自発的な行為。

アンダーグラウンドなカルチャーや悲惨な事件については簡単に知れるのに、大事な部分落っことしてる。

どうなるんだろう日本は。

無知の知。

ここから素直さは始まるんじゃないかなっていうのが今日のオチ。

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つなぐひと
今井朝美
Tomomi Imai
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==今日のおすすめ映画==(勝手に始めてみましたw)

*気づくということ。知るということ。肩を並べるということを学んだ自分の根幹にいつもいる映画。
 ViBARのモデルでもあります。
 最初は自分のポリシーが邪魔して嫌いあったっていい。
 でも実は好きなくせに。って思っちゃう映画。
 色味も好きです。よかったらぜひ。

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via:wikipedia