忘れるための重なり

第37期(2018年2月-3月)

いま、ここで、どうなるのか。どうするのか。
毎日、そんなことを考えている。

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6歳からクラシックバレエを習っていた。
初めて発表会で踊ったのは「おもちゃの兵隊さん」と「おもちゃのチャチャチャ」。
踊るのは好きだったけど、恥ずかしさと緊張で、いつも仏頂面で踊っていた。

小さい頃のひとり遊びはバレエの先生ごっこ。
母がピアノの先生だったこともあり、家には音楽CDがたくさんあった。
その中から好きな音楽やバレエ音楽のCDをひっぱり出しては、ひとりでこそこそ先生ごっこをしていた。
ノートに振付を書いて「◯◯ちゃん、もう少しこうやってみて」と、そこに居もしない生徒にアドバイス。
この不気味なひとり遊びを止めなかった親に、感謝している…。

小さい頃から「俯瞰する」「観察する」ということをしていたのだろう。
私は成長が早くて小学校6年生で身長が145センチあった。いまは150センチなので、ほとんど小学生の時のまま変わっていない。
まだ子供の体型で華奢な同級生と、成長の早い自分を比べては足の形を気にしたり(スカートを履くことに抵抗がなくなったのは大人になってから)、からだが固いので怪我しないようにレッスンの30分前にはスタジオに行ってストレッチしていた(この習慣は今も続いている)。

踊っている時に「あ、楽しい!」と思った。これが私の自我が芽生えた瞬間。
小学校4年生か5年生だった。
それからは、発表会が兎に角楽しみで、何度も音楽を聴いては「ここはこんな感じで、音取りはこれやな」と妄想。
自分の番じゃない時もずーっと端の方で練習していた。いつもワクワクワクワクしていた。
「踊るの大好き!」という塊のような私を当時の先生達が応援し見守ってくださったことに、今でも感謝している。

そんな幼少期を経て、いまも踊り続けているのだが、時間が経つことでの変化が面白い。
知識が増えたり関わる人によっても変化はあるし、年齢を経ることでも変わっていく。

ストレッチ、ミツヴァテクニックというボディーワーク、バーレッスン、そしてその時々で興味のあることを練習する、からだで遊ぶ。
これが普段のトレーニングの中身。
ゆっくり、呼吸や自分の重さ、緊張と弛緩、感覚などをみて、繰り返しの中にある変化やつながりを発見する。

振付のある作品、即興作品、作品製作、そしてクラスを指導する時、からだの中にあるものを総動員して、いま目の前にある事象と対話する。
からだの中に積み重ねたことを一旦全部忘れて、いま、ここで、どんな新しいものを生み出していけるのか。何を感じるのか。
相手と自分と。時間と音楽と。観客と空間と。

そのための繰り返しであり、練習、鍛錬、反復、探求。
だから日々、自分と真剣に向き合って、遊んで遊んで遊びまくる。

何度も何度も練習したことを今、正に、ここで生まれたもののように踊れるか。
形や方法を学ぶことも大切なこと。そしてそれを超えていくこと。
自分をびっくりさせたい。

形や方法を知らなかったら、私はどんな動きをしていたんだろう。
本当の私ってどこにいるんだろう。
ぜーんぶ忘れてしまえたらいいのに。
何も知らない自分に会いたくて、今日も踊る。

写真
奈良・町家の芸術祭「はならぁと」2015
中野温子キュレーション会場、宇陀松山 旧四郷屋でのパフォーマンス 「From your inside」
撮影:高橋拓人

映像
岩瀬ゆか「演奏と制作 05」
演奏:舩橋陽
ダンス:高野裕子
絵:岩瀬ゆか
会場:chef d’oeuvre
撮影・編集:キリコ