幸せへのプレッシャーから逃れられていることが、一番幸せなような気がします。

第44期

――好きなように生きるって、どういうことなんでしょうね。

さあ……。わたし、実はあんまり好きなように生きてみたいって思ったことがないので……。

――そうなんですか?

はい。世間では「好きなことをして生きる人生最高!」みたいな空気ありますけど、困っちゃうんですよね。むずかしい。なんなら、100年くらい前みたいに、ガチガチの社会的な風潮というか、そういうものに縛られてた人生のほうが良かったかも、って思います。女の人は学がなくても家事と育児ができて男性をたてられれば良くて、親の決めた人と結婚して、子どもを生んで、家庭を守って。全然、それでよかった。

――なぜ?

だって、好きなようにって言われたって、どうしたらいいかわかんないんです。好きなように生きるって、本当に、どういうことなんでしょう。

――自分の望むように、という意味ではなく?

まあ、だいたいそういう意味で「好きなように生きろ」っていろんな人が言ってると思うんですけど、そもそも、わたしは心の底から望んでいることって何かあるのかな?って考えると、実はほとんどないかも、ってなっちゃって。

――たとえば、今の生活は?望んだ生活ではないのでしょうか。

今の生活は、んーそうですね……。そこそこ良いかたちに落ち着いている、とは思います。不満はないです。でもこれって、自分が本当に心の底から強く望んだもの?って考えると、自信を持ってイエスとは言えない、なあ。嫌じゃない、苦痛じゃない、けど、大きい幸せとか達成感とかに包まれてるわけでは全然なくて、単調で、淡々としていて、ちょうど可もなく不可もなく。この生活は良いものですかとか、望んでいたものですかって訊かれても、よく分からないなあって。

――自分が何を望んでいるかが分からないし、そもそも何かを望んでいるかどうかも分からない、と。

はい。周りを見ると、ときどき自分はすごく置いてかれてるんじゃないかって思うことがあるんです。なんだろうな、うまく言えないな。うーん、ふとした瞬間に息苦しさを感じるというか。

――息苦しさ。

本屋さんに並んでる本とか、テレビとか、ネットとか見てると、みんな不幸を嘆いてるし、幸せになりたがってる。でもそれがちょっと窮屈というか、そんなに幸せになりたいっていつも思い続けてるの?って思っちゃいます。

――より良い生活をおくるために頑張ろう、というような?

そう、ですね。なんていうか……そう……。わたしは、けっこうぼーっとしてるので、自分が幸せかどうかとか、あんまり考えたことがないかもしれなくて。毎日がつつがなく進んで、可もなく不可もなくで、それでほんとうにいいんです。望みとか、全然思いつかなくて……。でも、同年代の人とかは、仕事にやりがいを持ってたり、結婚したいとか、海外旅行に行きたいとか、いろんな幸せをつかもうとしていて、それに向かって努力もしてます。わたしには、そういうの、全然ないんです。嫌じゃない、淡々とした生活。それだけで、十分。それ以上に欲しいものもない。けど、淡々と進むこの生活が欲しかったかって訊かれても、そもそもそれもよくわからないんです。でも、わからないことに自己嫌悪はないし、むしろそういう幸せへのプレッシャーから逃れられていることが、一番幸せなような気がします。

――より良い暮らしを求めたり、持っていないものを欲しがるのは人として当然、というプレッシャーのようなものを、日常生活で感じますか?

ええ、そうですね。そんな感じです。よくみんなそんなに欲しいものがあるなあって思います。みんなほんとにそれ欲しいって思ってるのかなって、たまに疑問に思ったり。

――本当は望んでいないのでは、と。

だって、うーん、そんなに心の底から欲しくないもののことを欲しいっていうのは、なんか疲れちゃうじゃないですか。

――何かを心の底から欲しい、と思う瞬間が自分にも訪れてほしい、と願いますか?

正直、こなくていいって思います。きっと、手に入れられない状態は苦しいだろうから。心の底から欲しいものとか、守りたいものとか、大切なものとか、そういうものがあったほうが人生が豊かになるよって言われたとしても、いらない。可もなく不可もなく、ほしいのかほしくないのかもわからない、けれど死なない、深く傷つくことのない単調な生活が、この先死ぬまで続けばいいと思います。