泣ける話と泣けない私 -02

第47期

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(前の話)

 洋子はワタシの天使なんだ。会社でたった一人の同性の同期。気が強くて、納得いかないことがあると真正面からぶつかっては傷つき、ぶつかっては傷つくワタシを、洋子はいつだってそのまま肯定してくれた。「そうそう係長ほんとクソだよねー」なんて軽はずみに同調もせず、「そんなことより駅前に新しくできたパティスリー行かない?」とかあしらわずに、「美央は正しくないけど、間違ってもいないよ」「私は美央を応援する」と言ってくれるような子だ。仕事中に「これお願い」という言葉しかかけない奴らは、ただのゆるふわOLとしか思っていないだろう。洋子はワタシみたいにはっきりと主張こそしないものの、事の動かし方を弁えている。誰に何を気づいてもらえば変わる兆しが生まれるのか、日常のふわっとしたコミュニケーションの中から敏感に感じ取っていて、いつも「この前のヤツ、あの人に話をしてみたらどう?」と、的確過ぎるスルーパスをくれる。表情筋を総動員して、ニッコリとろけるように微笑む。あれは悪魔的だ、惑わされた末に地獄に落とされてもいいと思ってしまう。画策天使ヨウコちゃんだ。
 洋子とは仕事後によく飲みに行く。ふたりともお酒好きで、種類も量もガバガバにたしなむ。普段はワタシが「聞いてよ洋子ー」と口火を切って、「同じ課の某氏がウザい」的な話を3割、「俺の推しが尊い」的な話を7割、面白おかしくテンポよく話す。洋子はそれをいつもケラケラと楽しそうに聞いてくれて、「私もねー」とジャグジーの泡のような響きで語りかけてくる。洋子の言葉にはヒーリング効果があるんじゃないかと思う。先月末に、家族同然に思っていた猫が死んだ話を打ち明けた時も、現実が受け止めきれずに泣けない私の代わりに、ボロボロと泣いてくれた。そのおかげで、私は胸がスッと軽くなった気がした。あれは本当に救いだった。
 洋子のためなら、何だってしたいと思っているんだ。
 猫の話がひと段落した頃、ワタシはお手洗いに立った。席に戻ると洋子はスマホを手にしていて「実家から呼び出し食らっちゃった、おばあちゃんが亡くなったみたい」と言った。「大丈夫?」と聞いたけど、「正直、おばあちゃんとあんまり接点なくてさ、よくわかんない感じになってる」と笑って、先に帰ってしまった。
 週明けの月曜日、洋子はいつも通り出勤してきた。「金曜はゴメンね」と、ワタシに声をかけてきた。その笑顔は、ビックリするほどにいつも通りだった。その日のランチは外に誘い出して、洋子に話を聞いた。予期せぬ急逝だったそうで、すぐにお葬式や火葬の手配をしなければならず、てんやわんやだったそうで「悲しめるかどうか不安だったけどね、悲しんでるヒマなかったわ」と茶化すように語った。そうは言うものの、家族の喪失だ。受け止めるには時間がかかるのだろうと思って、話を聞くことが唯一の癒しだろうとくらいしか思えなくて、ワタシはうんうんそうだねと頷くばかりだった。
 そして今、洋子の涙が止まらなくて、ワタシは途方に暮れている。あれから2カ月半ほど経って、3月期末の修羅場と4月期初のゴタゴタを越え、経理部全体が落ち着いてきたので、久々に仕事終わりに洋子と一緒に映画を観て、こじゃれたスペインバルに入って、カヴァをボトルで入れて、シュワシュワとした気分で「のび太の成長にはいつも泣かされるね」と話始めた矢先だった。最初は映画の思い出し泣きかと思ったら、ずっと泣き止まないのだ。
 ワタシはてっきり、おばあちゃん関連でかなと思った。誰かが死ぬような話ではなかったけど、家族愛のテーマに触発されて、おばあちゃんのことを思い出して、こみ上げてきているのかなと、安直に結び付けてしまったのだ。だから、さもわかったように「ワタシもポテトが死んでから、ちゃんと泣けたの、1カ月後くらいだったな」なんて、つらつらと猫の思い出話を始めてしまった。
 「ちがうの」と、洋子は小さなキレイな声で言った。しゃくり上げるような仕草は止まったものの、洋子の瞳からは涙が静かに、断続的に滴り落ちている。「映画で泣けるのに、おばあちゃんで泣けないの。悲しくないのがツラい」と言った。「私、ヒトデナシじゃない?」と、笑った。ドキッとした。だって、ワタシは家族が死んで悲しくないなんて状態、想像がつかなかったから。「そんなことないよ、考えすぎ」って笑い流すことが、もしかしたら正解だったのかもしれない。でも、ワタシは今まで生きてきて、あんなにつらく悲しそうな笑顔、見たことがなかったから、言葉に詰まってしまった。
 「ごめん、変なこと聞いちゃったね。忘れて」って、洋子は頬を掌でギュッと押しつぶして、ヨシと一呼吸置いて、たちまちいつも通りの顔に戻ってしまった。ワタシは、本当は天使なんかじゃない洋子を救うチャンスを見逃してしまった。それからはいろいろ飲み込んで、いつも通り推しの話をしてゲラゲラ笑わせた。笑わせながら、こんなことしかできなくてゴメンごめんゴメンってずっと心の中で叫んでいた。