藝術草子 France⇆Japon/épisode 7「集まる場所」

長期滞在者

今月の藝術草子は、東京とパリ、それぞれの場所で出会った、人と人とをつなぐ場所について.

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髪は女の命、と昔から言うけれど、幼いころから黒髪ストレートロングヘアで過ごしてきた私にとって、髪の毛は自分のアイデンティティーそのものだ.

フランス育ちの私は、小さいころから輝くようなブロンド、甘やかな栗色、知的なブリュネットに囲まれていた.そんな中、私の漆黒の髪は彼らに珍しく映ったようだ.

「つやつやで綺麗ねぇ」「黒髪ってかっこいいよね」「まっすぐで羨ましいわ」

そんな風に褒めそやされた私の髪は、いつしか私の誇りになっていた.だから、今でも髪を染めない.…染めるとなんとなく痛みそうだし、つやつやの黒髪は、私の守るべきアイデンティティだから.

そんな私の「命」を、10年以上守ってくれているナイトがいる.美容師の中平(なかだいら)さんだ.

高校生のとき、初めて日本で美容院を探した.けれどもネットでヒットするのは「パーマ」「カラー」「ショート」…あそこでもない、ここでもない、と私の求めるヘアケア重視のサロンを散々探して、たどり着いたのが中平さんの居る美容院だった.

中平さんは私の髪を宝物のように扱ってくれるし(まるで髪の毛にも人格が宿っているように)、頭皮に関係する身体全体のリンパマッサージなども教えてくれる.とても研究熱心で、「健やかさ」と「心地好さ」の追求に余念がない.

一度だけ、思い切って耳元まで切ったことがある.10年以上、大事に大事に伸ばしてきた髪だ.

自分の「命」を削るのだから、その大役はやはり中平さん以外考えられず、どきどきしながら30cm近く切ってもらったのを昨日のことのように覚えている.この人にならすべてを委ねられると思える美容師さん.

そんな私の黒髪のナイト中平さんが、三鷹にご自身のサロンをオープンすることとなった.

その名も《Salon macramé》.

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Macramé(マクラメ)というのは、フランス語で糸と糸をつなぎ合わせて作る形のこと.「人と人をつないで一つの形を作れるような人になりたい」という想いで、この名前をつけられたのだそう.

店内の光は、直島のANDO MUSEUMを想起させる柔らかさで、光と影の完全なる分断がない.ゆるやかに、明るい太陽に満ちた空間(カット台)から、静かなほの暗い場所(シャンプー台)へ.

動物は防衛本能として、自分が心を許している相手にしか頭を触らせないそうだ.私は中平さんの前では、まるで陽だまりの猫.目を閉じて、ゆったりと横たわって、安心しきっている.

シャンプー中、視覚が奪われると世界の認識は嗅覚、触覚、聴覚が頼り.くぃっくぃっくぃっくぃっと心地よく頭皮が押される感覚.シャンプーを出す音、手のひらで泡立てているような音、熱いお湯がじゅわりとうなじに広がる音、熱、自宅で使うそれとは違う見知らぬシャンプーのやわらかな薫り.すべてが、安心感を与えてくれる.雲の上にいるみたいだ.

心に好いことは、髪にも好いに違いないのだ.

 

店名の表記も素敵だと思う.《Salon macramé》のまるっこいタイポグラフィはお店のために誂えたもの.店名の上にあるロゴは、お店という○の中で、交差する人々の糸を象徴している.

人と人とが出会う場所.新しい試みが生まれる場所.まるで19世紀の文化サロンのようだと思う.

そう、19世紀初めの画家アリ・シェフェール(Ary Scheffer )のサロンのよう.

オランダ出身のシェフェールは、若き日よりパリに移り住み、ロマン派で知られるジェリコーやドラクロワと親交を結ぶ.のちのフランス国王ルイ•フィリップ1世となるオルレアン公とも親しく、子供達の絵の家庭教師をしたり、その家族のひんやりとした、知的な肖像画を残していたりする.私は、テオドール・シャセリオーを彷彿とさせる、憂のある人物画が好き.

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Ary Scheffer 《Princesse Marie d’Orléans》1831 油彩.

シェフェールは、パリのモンマルトルを少し下ったあたりにある、9区のヌーヴェル・アテネ地区(19世紀の作家たちが足しげく通った文学カフェにちなんだ名前)に居を構え、文化人の集まるサロンを開いていた.

フランス復古王政時期(1814-1830年の、ナポレオンが亡くなり、ルイ18世が復位した期間)の典型的な建築で、メインとなる2階建住居に加えて、門からメインの住居に続く石畳を挟んだ両側にそれぞれ、制作用とサロン用のアトリエがある.これらのアトリエはガラス張りで、どちらも北向き.関係ないけれども、アムステルダムにあるレンブラントの家のアトリエも全て北向きだ.光がもっとも透き通って見えるからだそう.

邸宅を購入してから、亡くなるまでの30年間、シェフェールの開く文化サロンは多くの著名人が集うところとなった.音楽美術文学とジャンルを越えてお互いを刺激し合う場所.ドラクロワが仲間たちの様子をデッサンし、ショパンがプレイエルのピアノで新作を発表し、リストがその大きな手で超絶技巧を披露する.

パリの当時はまだ珍しい女流作家で、恋多き女だったジョルジュ・サンドもそのひとり.現在は国に買い上げられ、ロマン派美術館(”Musée de la Vie Romantique”)となっているこの邸宅では、ジョルジュ・サンドゆかりのものがたくさん展示されている.

ジョルジュ・サンドが身につけていたであろう大きなルビィやサファイヤの指輪は、当時の人々の丁寧な暮らしを連想させる.母から娘へ、そしてその孫へと受け継がれていく宝石や手鏡.家族の肖像画の入ったロケットペンダント.ジョルジュサンドの息子、モーリス家族の時代になると、肖像画の代わりに写真が登場する.小さな額におさめられたモノクロームの荒さが、物語的で素敵だ.

 

過去のサロンに想いを馳せながら館内を歩いていると、日本人作家によるビーズ刺繍作品が目に飛び込んできた.杉浦今日子さんの作品.パリの刺繍工房にて世界第一線のオートクチュール・コレクションの仕事に携わりながら、作家としての活動をされている人だ.

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そもそも今月の頭、友人を誘ってロマン派美術館に行ったのは、10月まで展示されている今日子さんの刺繍作品を観るためだった.彼女のサイトには陶器にビーズ刺繍を施した作品なども載っており、ずっと前から気になっていたのだ.

あやめだろうか.繊細な技術で大振りの花が画面いっぱいに咲いている.小さな1針1針が、大胆でエレガントな作品を作り出していた.

 

ロマン派美術館の庭園はテラスカフェになっていて、お天気の日には緑にかこまれて飲むレモネードが美味しい.たっぷりとしたガラスのカラフェに、まるっとしたレモンが入っている.

今回はあいにくの雨だったけれども、草木が香って、濃密な気配に包まれたティータイムだった.トレーに敷かれた紙がルドゥーテで、ときめく.

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5月はまさに薔薇咲き乱れる季節.庭中の薔薇が思い思いに花開く.雨粒の重みで、ほんの少しうつむく薔薇たちの、雅なため息が聞こえてきそうだった.

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高く高く伸びた薔薇の木に屋敷が覆われる様を眺めていると、アンリ・ル・シダネルの絵画の中に迷い込んでしまったのではないかと錯覚する.

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Henri Le Sidaner《Le Pavillon》1927  油彩

かつてのパリに集まる文化人たちも、薔薇たちが笑うこの庭でティータイムなどしていたのかしら、と想いを馳せる.私も、自分の家やギャラリーで、人々が交わる居心地の好い場所を作っていきたい.