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2F/当番ノート

タラフ・ドゥ・ハイドゥークスとわたし vol.2

当番ノート 第2期

舞台は前回ロンドンから、日本へと移る。
今度は2007年の話。ロンドンでタラフを目撃してから四年後のこと。
また偶然あるニュースに刮目することになった。今や日本を代表するロックバンドに成長した“くるり”が、地元京都で「京都音楽博覧会」という野外フェスを主催するとのこと。正直くるりにそれほど興味があったわけではないのだが、彼らが海外から呼んだゲストになんとタラフの名前があったのだ。日本であのタラフを見られるだけでなく、野外フェスで見られるなんて!早速わたしはチケットを押さえた。

※(管理人より:ここにイルボンさんが貼って下さったリンク先https://www.youtube.com/watch?v=kxJLfvDMcLIは、著作権の関係で接続できなくなっていましたので、削除をさせていただきます。残念・・!)

当日、9月23日。会場の京都・梅小路公園は気持ちの良い晴天。他の出演者では小田和正やCoccoなんかも呼ばれていて、その同じステージにタラフが出ることのミスマッチが何とも不思議。タイムテーブル通りに順調にフェスティヴァルは進行する。

ところが、途中でいきなりの大雨。その後持ち直すも、最初のヤマである小田登場で、また雲行きが怪しくなってくる。お客へのサービスでさわりだけ「ラヴストーリーは突然に」が突然に始まるも突然に雷雨も招くのだった。まぁ信じられないくらいの豪雨。それまで晴天だったので、傘を持ってきている人なんてほとんど皆無。もちろん野外フェスなので天井はない。ずぶ濡れの中、小田さんが「どうぅも!雨男でごめん!」と言って去った頃には、どうしようもない超ド豪雨。

で、いよいよ次がタラフ。あまりの雨のために急遽ステージ上にテントを立てることに。彼らはその中で演奏するようだった。なんと。あの奔放なタラフの面々を檻の中に囲んでしまうなんて。と、そんな心配をよそにまさに最高潮の豪雨の中、クレジャニ村出身のわれらが火の玉ジプシーたちの全速力の演奏が始まる。この時彼らの演奏の後ろで、先に出演を終えたCoccoがずっと飛び跳ねまわっていて、まるでタラフがクレジャニ村から連れてきた妖精のように見えた。

惜しむらくは、演奏もかき消すほどの豪雨で疲れ果てライヴにまったく集中できなかったこと。次に出たトリのくるりの演奏の時には雨も小康状態になったが、体はもう冷え切っていてパンツまで全て滞りなく浸水。その時になってようやく「あ、ケイタイ…」と、その存在を気にするも、手にとってみると見たこともない光でピコンピコンと七色に点滅を始め、ウルトラマンの目が徐々にその光を失ってゆくようにお亡くなりになった。ぐはァ。その日、ちょっとした挫折感と欲求不満のまま、わたしはトボトボと家路についたのだった。

帰り道、京都駅前の居酒屋で少しだけ体をあたためて駅に向かって歩いていたところ、どこかで見た浅黒い肌の集団が、皆一様にまるで似合っていない「京都音楽博覧会」と書かれたTシャツを着てこちらへ歩いてくるではないか!うそ…タ、ラフ!?うわぁ!

一目散に集団に駆け寄って彼らにとりあえず英語で話しかけてみるわたし。興奮と緊張のため、その日本語訳はこんな感じ。「わたしがね!あなたがた!ロンドンで!見たのですよ!ホンマやで!」一同キツネにつままれた顔。そんな中で唯一、火事場の英語を解したのはアコーディオンのおっちゃん。興味を持った様子。で、おっちゃん驚いて仲間たちに声をかける。以下、推測。「おい、おまえら!コイツ、ロンドンで俺たち見たとよ!」「なに!マジかッ!あん時の俺たち知ってるッてか!?」「うおぉコイツは仲間や!ブラザーや!」ってな感じで盛り上がり、とりあえず自己紹介が軽く終わると、今度はお名前を逆に伺うことにした。

彼らは小さな紙の切れ端に名前を書いてくれた。アコーディオンのおっちゃんの名は「Marius(マリウス)」、そしてあの超絶ヴァイオリンのおっちゃんの名は「Caliu(カリウ)」というのだった。それでこのマリウスさん、よっぽど嬉しかったのか、「奢ってやるし一緒に祝杯あげようぜ」という流れに。状況が理解できないまま何故か近くのローソンに連行されるわたし!で、何か好きなもん取れということになり、唖然としたまま適当にワンカップを差し出すわたし!店の前で買ってきた酒で再会を祝して皆で乾杯。ええと何やろこの絵面?タラフと京都のローソン前で駄弁りながらワンカップ啜ることなんか一体誰が予想しただろうか?

しばらくしてカリウ氏、急にヴァイオリンケースを開ける。「なぁ君ヴァイオリン買わへん?」byマリウス氏通訳。「はぁ!?」とわたし。「いやぁ買いたいのはヤマヤマですけど…僕、弾けませんし…。」「あ、ほんなら買いそうな知り合いおるやろ?だいたいどれも500ユーロくらいなんやけどエンやったら幾らくらいかわかるか?」は。はは。もう胡散臭い中東の行商グループにしか見えん。「この裏のホテルの部屋にぎょうさん持ってきてるし見るだけでも見てけよ、な!」おいおい。なんか面倒くさい流れに。とりあえず、「あ、うち大阪なんでそろそろ。終電ありますし…。」と、言ったところ、「何?おまえオオサカ住んでるんか!?明日俺たちオオサカでライヴやで!おまえ、ゲストで入れたるし明日も遊びに来いよ!」という、今度は願ったり叶ったりの流れに!「えぇ!ホンマですかー!何があっても遊びに行きます!」で、その場はシーユートゥモロ。グンナイ。

500ユーロ払えば家宝も出来たかなと一瞬思ったが、ホテルの部屋に単身乗り込む勇気も気力もわたしにはなかった。大阪へ帰る車内、わたしはあるひとつの確信を持った。あの酔っ払いのおっさんら、明日のゲストのことぜったい忘れるで・・・

翌日、大阪でのタラフはまったく趣を変えてクラシックホールでのコンサート出演であった。酒の上での戯言だと思いつつも、わたしはタラフがゲストで入れてくれるという好意を確かめざるを得なかった。開催場所がたまたま職場から徒歩5分くらいだったというのもあわよくばを助長したのだ。

午後7時からの開演。6時45頃に早め仕事に切り上げると自転車で会場に直行。ザ・フェニックスホール。交通量の多い大阪梅田のビル群の中に位置する室内楽専用ホールだった。開演まで時間もなかったので駆け込みで受付へ。すぐさま受付のお兄さんに「ゲストで入れてもらってます…よね?」と気弱に主張。すると、お兄さん、何度もリストを確認するもわたしの名は記載なし!は。はッは。ははは。さぁ帰って一杯飲むかと踵を返したところ、お兄さん、「メンバーの誰の紹介ですか?」と。ところが昨日聞いたばかりのご尊名が大事な場面で出てこない。「え…ええと…カ?カ!カリウです!」と、何とか超絶ヴァイオリニストの名前を導き出す。呼び捨て上等。その時点で6時55分を過ぎていたにも関わらず、お兄さんが何と出演者に確認を取ってくれるという。

するとほんの数十秒後、ホール入口からあの愛すべき魂の行商人・カリウそのひとが顔を出す!誰やねんという怪訝な顔で!カリウ氏、わたしの顔を確認して「何やおまえか」という顔。それから顎の合図で「入れよ」という表情。受付のお兄さんの「どうぞ、お客様」という紳士的な対応で中へ。ありゃ!入れてしもた!

本当に小さなホールで一階ニ階と吹き抜けになっている。両階合わせてもせいぜい200席用意されているかどうかという様子。PAなしの完全生音コンサートだった。最前列中央には、雅楽演奏家で有名な東儀秀樹氏がいた!わたしはそのすぐ後ろの空いている席に着席。さて、すぐニメートル程前でタラフの精鋭たちが所定の位置につく。オンタイムでパフォーマンスが始まる。オリジナルの百戦錬磨の楽曲と合わせて、ロマ(ジプシー)音楽に影響を受けたバルトーク、ハチャトゥリアン、ファリャなどのクラシック楽曲が、タラフたちロマの手によって逆カヴァーという興味深い演奏が炸裂する!演奏は前日の欲求不満が全て解消されるものだった。タラフの演奏を聴いて思うことは、こちらに邪推なく無心で音楽に触れさせてくれること。そして、音楽が持つ一番美味しい部分だけ抽出してエスプレッソにした後、その上に人生悲喜こもごもの豊かな泡まで乗せてカプチーノにして提供してくれることだ。

一曲終わるごとに両肘を90°曲げて顔の左上方でゆったりと優雅な拍手を贈る東儀秀樹氏。拍手まで雅楽そのものですな。あまりにもイメージ通りでひとり笑いを噛みしめる。しかし、東儀氏の静かに紅潮してゆく頬に、わたしは音楽家ならではの情熱を垣間見るのだった。

室内楽のコンサートホールだというのに、ライヴ後半には立って踊りだす観客もチラホラ。最後の曲を迎えた時、必殺の会場演出が。タラフの後ろの垂幕が全て吹き抜けのニ階の天井部分まで上がって会場の正面が全てガラス張りになる。立ち現れる大都会の夜景。ネオン街をバックにタラフが最高の笑顔で躍動する!まぁ生きているといろんなことが起こるが、大阪の夜景がこれほど愉快に美しく見えた日は今までになかった。

コンサート終了後。楽屋の方でまだセッションは続いているのだった。そしてなぜか楽屋まで観客の列が続いている?恐る恐る中をのぞくと案の定ですよ。観客たちがヴァイオリンを売りつけられている!あは。あはは。そいつをよそ目にそそくさとタラフの面々に会釈だけして退散。カリウ氏に特別の感謝と交渉成立の幸運を捧げつつ。

後日談。

それからひと月くらい経ったある日、タワーレコードが配布しているフリーぺ―パー「intoxicate」をたまたま手に取る。パラパラとページをめくると、著名人に4コマ漫画を作ってもらうというコーナーでタラフを発見!タラフは来日時の舞台裏や観客との記念写真でコマを彩っていた。で、最後のコマは、あの大阪でのコンサートの翌日、東京は渋谷O-EASTでのライヴ写真。そこには観客のボルテージも最高潮のステージ上で、ヴァイオリンケースを開くカリウの姿。開いたケースの中に「¥50,000」の文字が!オチもばっちし。これよ。これでこそクレジャニ村の“義賊楽団”なり!

義賊とは貴族から金品を盗み、民衆に分け与える正義の盗賊団のこと。実際に彼らは稼いだ外貨のほとんどを村に還元していると後から聞いた。本当かどうかはわからない。でも間違いなく言えることは、彼らは生活のために様々な音楽を貪欲に吸収して生き残ってきたのだ。それは食べるためにというよりは、生きていることを音で証明するために、だ。それが彼らの音楽であり、そこに彼らの誇りがあるのだ。

去年はね。これもたまたま観た「オーケストラ!」という映画でカリウ氏の俳優デビューを確認した。あまりに胡散臭い役でぜんぜん演技ちゃうがな!とひとり突っ込んだのは記憶に新しい。まぁ映画自体の出来は素晴らしいので、その内容はぜひ皆さん本編を観てご確認を。下の動画はそのワンシーン。

次はどこでタラフと落ち合えるかな。今年また来日するらしいけど、またどこかで偶然会えるんとちゃうかな。それこそ今度は渋谷かどっかの道端で、彼らはあなたと一杯やるのかもしれない。ヴァイオリンケースにたくさんの下心と情熱を詰めて。

イルボン

イルボン

詩人/詩演家。またはgallery yolchaの車掌。
ジンジャーエールと短編映画と文化的探検が好物。

2006年、第一詩集「迷子放送」を上梓。
2007年、自らの詩の語りとパフォーマンスに半即興的に音を乗せる、活劇詩楽団「セボンゐレボン」を結成。
2010年、大阪で多目的ギャラリー「gallery yolcha」を運行開始。

※gallery yolchaは、大阪・梅田近くの豊崎長屋(登録有形文化財)に位置する特殊な木造建築です。この屋根裏部屋とバーカウンターがあるギャラリースペースを使って、共に真剣に遊んでくれる作家を常時募集しております。詳細は上記リンク先をご覧下さい。

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