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2F/当番ノート

ある暮らし

第40期(2018年8月-9月)

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花のある暮らしがしたかった。

なくても生きていけるけど、あっても生きていけるじゃないか。

実家は宮崎にあって、庭には花が咲いていた。でもそれは私のために囲える花じゃなくて、これからもずっと庭に咲き続ける花だった。何より、私のために摘むという発想がなかった。

高校を卒業して京都に移り、住んだのはそれはそれは古い学生寮。建て直しのために、もう跡形もないけれど、トラックが隣を通れば地震のようにコトコト揺れたし、部屋でイタチと遭遇したりした。一年中セミのぬけがらが壁をおおっていた洗濯室、「この時計は10分進んでいる」と注意書きがついた壁掛け時計、軋む床板、いつも誰かの気配がしていた。

月々3000円ほどで暮らせる自治寮は暮らすこと自体が部活のようで、楽しくも、大変でもあった。あんなにたくさんの人と暮らす機会は、もうないだろう。花を飾るよりも前にしなくてはいけないことが、あまりにも多すぎた。

花がなかった。私は在学中に働き始めた。仕事と大学と生活と、総合的に人生のバランスをとるのは私のキャパをはるかに超えてしまった。細かいことは端折るけれど、とりあえず大阪に引っ越した。とりあえず一人にならないといかなかった。

初めての一人暮らし。新しく住んだ家はとても狭くて、本棚が2つもついていたけれどクローゼットはなくて、仕方なしに本棚の間に棒を渡してクローゼット代わりにした。ベッド下に本を詰め込んで、なんとか私の場所を確保した。無いもの尽くしの暮らしではあったけれど、とりあえず一人の時間は沢山あった。

それからそのまま、ずっとそこにいて、今もそこにいる。これからも、しばらくは、ここにいる。

部屋を綺麗にすることと、綺麗な部屋に暮らすことはまるで違う現象だ。狭い部屋は綺麗になったり、足の踏み場を無くしたり、また綺麗になったりの周期の中にいて、私の忙しさやごちゃごちゃとそのまま同期してしまう生き物みたいだ。ただ帰って寝るだけの部屋、一周まわって生活感がなくなった。

天井も、壁もある。けれど、私の暮らしはどこにもない。

花がなかった。

もちろん、物理的に飾る余裕くらいはある。花を飾ることに積もり積もった憧れが、それを許さないだけだった。

このままでは季節が巡らないような気がして、大掛かりに部屋を掃除した。夏の、今年には珍しく暑すぎない日。部屋とゴミ捨て場を5往復した。いらないものが沢山あった。

掃除というものは不思議だ。始めてみると、掃除自体は進んでいくのに一向に片付かない。むしろ散らかる。昼頃に取りかかったはいいものの、日が沈んでも終わらない。一度は諦めかけたけれど、なんとか自分をなだめすかして、月がのぼりきるまでになんとか片付いた。

花のある暮らしができる。

そうして、全て終わってから、花瓶を一つ買ってきた。平べったくて、透明で、丸い。なんとなくヒップフラスコを連想させるフォルムの、100円の花瓶。

見晴らしのいい位置において、もう一度夜の街に出た。

店じまいしつつある花屋さんに入る。この時期は仏花が多くて、私の花瓶に収められそうなのはそんなに多くなかったのだけれど、「部屋を片付けたので花を飾りたくて」と相談して、ひまわりを一輪包んでもらった。

一輪、200円。

ふんわりと包まれたひまわりを、見つめながら帰った。

憧れてきた花がある暮らしは、手にしてみれば届くところにあって、それでいてとても遠くまで来たような気もする。

なんだかくすぐったい気持ちで、ひまわりと一緒に家に帰った。

花が、ある、を始めた。

山口絵美菜

山口絵美菜

女流棋士、ライター、観戦記者、造形作家
1994年、宮崎県出身。
2005年 将棋と出逢い、女流棋士になることを決意。
2013年 京都大学文学部入学
2014年 女流棋士デビュー
2017年 京都大学文学部卒業
2018年 造形作家デビュー、オリジナルキャラクター「平家駒音」をプロデュース(Twitter:@HirakeGomao)

Reviewed by
大沢 寛

衣食住は私たちにとって欠かせないものであるが、「住まい」は寝床を確保するという点でとても重要な生活の拠点となる。私の家などは常に散らかったままで、洗濯物が散乱し、机やテーブルの上はいつもホコリがたまったままなのだが、仕事が忙しいせいかいつも掃除が後回しになってしまい、自分の居住空間が嫌になってしまうという自己嫌悪のルーチンに陥ってしまう。

家族との暮らし、学生寮での暮らし、一人暮らし、生活の形態は様々だが、それぞれに良い面も悪い面もある。ただ、どのような住空間に住まうのであれ、生活に潤いが出るような形にした方が、日々の暮らしも楽しいものとなる。

掃除、断捨離、カーテンを新調、ダイニングテーブルの上に一輪の花…ふだんとは違う何かをすれば、いつもとは異なった空間に見えてくる。

物質的に豊かな時代にあって、モノに満たされているとそれだけで満足してしまい、住まいから生活感が失われていくことがある。そうした中で山口さんは、立ち寄った花屋さんで一輪のひまわりを購入する。

山口さんのお部屋がどんなふうに変わり、いかに「暮らし」が生じてきたのか。それは私たち個々のイマジネーションに委ねることにしよう。

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