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2F/当番ノート

この生活は、繰り返しても満ちていかない

当番ノート 第44期

――お金持ちになることに憧れますか?

そうですね。都心のタワマンの最上階に住んでみたいです。

――今の仕事には満足していますか?

まあ、はい。有名な大手ですし、給料も待遇も良い。そりゃ社会に出れば色々あるので、100点満点ってわけにはいかないですが、デカい失敗してもフォローしてもらってきましたし、そうやって自分も下の尻拭いしてみんなでやってきたんで、しんどいとかそういうのはあまり。でもときどき、考えますよね。30超えたくらいからですけど。このままでいいのかなって、ふと思う瞬間がないわけではないです。

――何も不満がないのに?

もうとっくに会社にも社会人生活にも溶け込んでるはずなのに、まだ決めかねてるんですよね。追いかけるか、手放すか。

――追いかけるか、手放すか?

この先、まだまだ金や富や地位を追いかけることもできます。結婚して家族がいるわけでもないし、まだ30代だし、仕事にバリバリ打ち込んで、40歳までにこんな家に住むぞとか、そういう高い目標を掲げて頑張ろうと思えば、頑張れる。最前線でとにかくがむしゃらに働いて、思いつく限りの贅沢ができるような金を手に入れる。金があれば女の子だろうと食いもんだろうと、好きなものが手に入る。そういう生活を夢見て、この先も同じようにやっていくのもいいと思うんです。というか、それがおそらく王道です。

――王道をあえてはずれよう、と。

どこかでわかってるんですよね、どうせ満たされないって。消費の贅沢に身を落としても、そのときは楽しいけど、すぐにむなしくなるんです。それの繰り返し。だからタワマンに住んでみたいけど、引っ越した最初の夜なんかを想像するとちょっと怖くなります。ああ、オレ、なんて無駄な金使ったんだろうって。夜景がキラキラしてるデカい窓のそばで、呆然として座り込んでる気がする。

――それでも良い家に住んだり、派手にお金を使ったりしてみたいという気持ちがあるのはどうして?

うーん、それ以外に豊かさを感じる方法を知らないから、でしょうか。同期で結婚してない奴らは、みんな派手に遊び回ってる。結婚したやつも、良い家建てて、子どもを良い学校にやって、奥さんに不自由ない暮らしさせて、たまに記念日ディナーとかやって。オレのまわりでそこそこ金持ってる奴らは、だいたい皆やってることが同じです。良いもん食って、高い酒飲んで、車好きなやつは良い車買って、営業に来た保険屋の可愛い子捕まえて遊んだり、キャバとか風俗に金突っ込んだり。タワマン買った奴は何階に住んでるかがステータスだし。そういう世界でもう何年も過ごしてきたので、それ以外のルートを知らないんです。

――もう一方の「手放すか」は、そういった欲望を手放すということ?

そうですね。消費の贅沢とか、出世街道を走るとか、そういうのを全部手放してしまおうかっていう話です。その欲を持っている限り一生不安だし、一生満たされないってわかってるから、思い切ってそういうのを全部捨てて、求めない、欲しがらない生活をしても良いのかなと。シンプルな暮らし、みたいな。

――聞く限り、それは理想的であるように思えますが。

でもやっぱり難しいですよ。普段一緒にいるような奴らはみんな、何かと贅沢な暮らしをしてて、実際、消費する生活は楽しいし華やかです。モテますし。何なら、新卒の頃からずっと夢見てきたような暮らしを今、手に入れている。こういう生活にむなしさが残るんだって気づいたのも、本当につい最近のことです。30まではとにかくがむしゃらに働いて、遊んで、そんなことを考える余裕もなかった。むなしいときは「手放そうかな」って思えるんですけど、デカいプロジェクトなんかを終えてどんちゃん騒ぎをしたり、ストレス発散に思いっきり買いものしたりしてるときは、この暮らしは絶対に手放せないって思います。

――周りの方々はそういった暮らしに違和感や疑問を抱いていないのですか?

さあ、どうでしょうね。そういう話はしないので。

――しかし手放したところで、本当にむなしさは埋まるものなのでしょうか。

というのは?

――消費の少ない生活は、はたしてほんとうに「むなしくない」と言えるのか。

どうなんでしょうね。でも、疲れているのは事実です。消費して、むなしくなることの繰り返しに。飽ききってしまうことが怖いから、より激しく、これまで発散したことのない方向を探して消費していく。この生活はどんなに繰り返しても満ちていかない。じゃあいっそのこと手放すしかないんじゃないかなって。消費をいくらやっても、本当に欲しいものは手に入らないので。

――あなたにとって本当に欲しいものとは?

何なんでしょう。分かりません。本当は何も欲しくないのかもしれません。

――それでも、欲しがるばかりの「追いかける」生活をやめられない、と。

はい。自分の人間としての価値をどう測ればいいか、わからなくなってしまうから。

――あなたは、何を大切にしているんですか?

正直、よくわかりません。大切って、何なんでしょうね。大切って、何ですか? むなしくなりたくない。満ち足りてるって、もう思い出せない。オレ、何がほしいんだろう。

Reviewed by
kuma

本当に欲しいものはなにか?
消費社会にどれほど順応しても、逸脱し自由を追い求めても、人間であることをやめない限りその問いかけはいつまでも、影のようにつきまとう。

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