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当番ノート 第49期
あなたは静かにそこに立ち 入れ替わる季節を眺めている 失うべきではなかったものをあなたの口に詰め込んだら破裂する静けさの中、あなたはわたしに背を向けてただひとりで生きている。(ように見えた、とても。けれどそれは間違いでもあった。) / 透けた日差しから明日が始まり 日々が少しずつ積み重なって綴られていく / 花束をください。両手たくさんの 持ち合わせなかった温もりを あなたがわたしへわたしがあなた…
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当番ノート 第49期
世界がすこしずつ混乱しはじめて、しばらく経つ。年明けにはアメリカとイランの間で戦争がはじまるかもしれないとざわめいていたのに、そんな雰囲気はどこか遠くへ。SNSでは真偽のわからない情報があふれ、何を信じればいいかもはやだれにもわからない。 ここで暮らしのノイズというエッセイを書き始めた先月から、世の中は大きく変わっていった。 この雰囲気をもって思い出すのは、東日本大震災のときのこと。毎年3月11日…
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当番ノート 第49期
死んだことないくせに「死にたい」ってどういうことなの。 *** 気づいたら、生まれていた。生まれたいと思って生まれた覚えはない。だから、死ぬときも同じ。死にたいと思って死ぬわけではない。反対に、死にたくないと思っても、死ななくてはならない。生きているものはすべて「生まれて死ぬ」という同じ形式を踏んでいる。 人は、死ぬより生きている方がいいと思っている。だから「命を大切に」とか「生きていればなんだっ…
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当番ノート 第49期
うつくしいものだけが子どもを産める世界であなたがわたしに口付けをする うつくしいものだけが生命維持を許される世界でわたしはあなたにメスを当てて二重のまぶたを作り上げる うつくしいものだけが溢れた街中でわたしは皆と同じに見えるようおんなじワンピースをきて回転する わたしはあなたを殺めました それは裕福で幸福であっただろう時間だとか年齢だとか若さだとか知識とか知性とか理性とか本能とか性欲とか前向きな心…
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当番ノート 第49期
6時間28分。ある日の日曜日、スマートフォンに表示された「一日の使用平均時間」だという数字に、わたしはとてもおどろいた。じぶんのなかでもそこまで利用している感覚はまったくなかったからかもしれない。 この時季はいつもなんとなく調子がわるい。新社会人や新入生があふれ、みんながまっとうに見えて、じぶんはどこか、べつの星から来た人なのではないかとおもう。どこかに属することをできるだけ避けてきた人生が、とん…
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当番ノート 第49期
「みんなと違って個性的」って、生まれた瞬間から、あなたは他の誰でもない。 *** 「個性的だね」とときどき言われると、どう反応していいかわからない。「どういうこと?」と訊き返すと、「他の人とは違う」とか「大勢の人々とは違う方向を行っている」とか「平凡じゃない」みたいな言葉が返ってくる。 わたしは他の誰とも違う存在である。その言葉をわたしに投げかけているその人だって、同じく他の誰とも違う。「大勢」の…
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当番ノート 第49期
例えばふたり同じ共通言語を持つこと、同じ曲を口ずさむこと、同じ音域の鳴声でささやきあうこと、体温がひとつに溶け合うこと、ありきたりな単語ばかりが思い浮かんでは消えて淡い湯加減のままほんわり消え去ってしまうこと。 わたしの感情をそのまんま、そっくり普通の、なんでもないひとびとの、大勢大多数の、なだからかで豊かで、ゆっくり落ちてくる流れ星のような、つるりと剥けた茹で卵のような艶々しさを、そんなきっと、…
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当番ノート 第49期
わたしは花の名前をあまり知らない。その理由にはなんとなく心当たりがある。小さいころから、道を歩いていたりして名前がわからない花を見かけたとき、いつもそれを教えてくれる母や祖母がいたからだろう。 教わった一つひとつをきちんと覚えようとしなかった。心のどこかでまた聞けばいいとおもっていたのかもしれない。聞き覚えのある花と実際の名前を一致させていただけ。 わたしは金木犀の匂いがどれなのかも、いまだによく…
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当番ノート 第49期
「気づいてあげられなかった」「助けてあげられなくてごめんね」とか言われると、「いや、別に結構ですけど……」ってなる。 *** 「してあげる」という言葉が苦手だ。「駅までついでに車で送ってあげるよ」とか「時間がないなら買っといてあげるよ」とかはいい。素直にありがたいと思う。苦手なのは、「気づいてあげる」「助けてあげる」「考えてあげる」「わかってあげる」という類。 「苦しんでるのに気づいてあげられなか…
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当番ノート 第49期
わたしはあなたが朽ちていく生き物だということを許せない 許せないというのは愛せないことに似ている わたしの中にある渦みたいな血の塊 毎月毎月排泄される / 「わたしを貶めないでください」 「わたしを壊さないでください」 / 愛せない匂いというものがあります 甘いハニーミルク 頭皮の香り 熱されたアスファルト 燃やされた髪 そんなものたちも逆さまから見たら愛されるべきものなのかもしれない / 「可愛…
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当番ノート 第49期
にがてなものの話をするとき、ほんのすこしだけ身体に力が入る。わたしのにがてなものは、だれかの好きなものかもしれないし、だれかの生活そのものかもしれない。 それでも、わたしはバナナがにがてだ。物心がついてからは、じぶんで選んで食べようとしたことはない。栄養があって安いから、と何度か食べたことはあるけれど、そのときもあまり楽しめなかった。 もっと食べ物でにがてなものといえば、きのこの裏側、いかめしの断…
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当番ノート 第49期
責任って、重くて暗い立方体みたいな気がしない? *** 責任を感じる。責任がある。責任を持とう。責任を取るべきだ。 社会人になる以前から「大人になったら自分のすることすべてに責任を持たなくてはならないよ」と聞かされて育ってきたけれども肝心の「責任とは何か」について、誰も教えてはくれなかった。 責任がネガティブな意味で問われる場面を断片的に経験しただけで、責任のことをよく知らないままに大人になった。…
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当番ノート 第49期
おまえたちは異質なのだから黙っていろ。 と、 拳銃を突きつけられる 銃声はしない みんな黙ったから / 知らぬ間にわたしたちは世間へ買い叩かれる 飲み会なんか嫌いでした 酔った香りも おとこも嫌いでした。 べろりと触られることも 値踏みされるのも 軽々しく守ってやると言われるのも 嫌いでした わたしたちは買い叩かれるために 嘘をたくさんつきました 買い叩かれなければ正月が迎えられないので 嘘つきの…
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当番ノート 第49期
おにぎりのタトゥーを入れて、中の具は死ぬまでだれにも言わずにひみつにしたい、そんなふうに人に何度か話したことがある。たいていの人は意味がわからないという反応をするか、ただ笑うか。ほんのすこしのひとだけがいいねと言う。 いつもの冗談のひとつだとおもわれがちだけれど、これにははっきりとした理由がある。別におにぎりじゃなくてもかまわないのだけれど、中身をひみつにするように、何によっても侵されないじぶんだ…
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当番ノート 第49期
痛いと感じるから傷が表れるのか、傷があるから痛いと感じるのか。 *** わたしたちが「傷」という言葉を使うとき、たいていの場合はそこに「心」が密着している。傷つけられた、傷つけた、傷が深い、傷が癒える。傷には痛みが伴うが、傷も痛みも目には見えない。だから、自分や他人の傷の深さがどれほどのものであるかも、その痛みがどれほど苦しいのかも、もちろん目に見えない。ゆえに、傷をめぐるわからなさと向き合うこと…
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当番ノート 第49期
あのころ持ち歩いていた正義、インターネットから断絶された世界で寒いねぇって伸ばされた手を躊躇いなく掴む。何かひとつだけ残していってくださいって、抜け落ちた髪の毛を拾い集めた。恋の香りさえも知らない少年たちが空を堕ちながら死んでいく。爪の先まで愛してるなんて、好意と暴力は紙一重で憎らしいほどに大切だった。 わたしが死んだら骨を食べてください。 あなたの口からあなたの体の中に置いといてください。生命を…
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当番ノート 第49期
熱が出ると、決まって同じ夢を見る。まぶたできちんと覆い隠された暗闇の中にいろんな色の光の線が伸びていく。人より夢を見るほうだけれど、これはほかの夢とは決定的にちがうようにおもう。夢の中にわたしは存在しない。それはまるで、スクリーンセーバーのような。 その夢から目を覚まして、毛布にこすれた肌に痛みを感じた。布団にもぐってもすこし寒い。体温計で熱を測る、37度3分。いつもならふつうに過ごしているような…
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当番ノート 第49期
女子高生の皆さんに訊きたい。使い古して捨てるつもりの下着や制服を、数千円から数万円で「その手の筋の人」に売ってほしいと言われたとしよう。さて、売るか、売らないか。 絶対にイヤ、という人もいれば、自分が売ったことが誰にも知られないなら考えるという人もいるだろう。中には、写真や「オプション」なんかをつけてもっと高値で売りたい、という人もいるかもしれない。 使い古した下着を売って何が悪い? そういうのが…
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当番ノート 第49期
スカートのひだに恋心を隠しても彼女とあなたは美しかった。 朝礼前の使い古されたベランダ。ペンキが錆びた手摺り、ざらつく赤茶色 彼女が触れても崩れ落ちるのだろうか。彼女の桜のように白く優しい指先も同じように汚れるのだろうか。 彼女とあなたは美しかった 朝日の中、優しく笑うあなたがこちらを向かない。わたしは教室の入り口から動けない。 カーテンがゆっくりウエーブして、風、澄んだ空気、可愛いね、好きだよっ…
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当番ノート 第49期
最近はふだん一緒にいる人のおかげで、ほんとうにいろんなところへ旅をするようになった。今まであまり一人旅をしてこなかったのは、じぶんの頭の中のうるささと対峙したくなかったからかもしれない。ほかの人のことがわからないからどうにも比較はできないけれど、毎日、起きたときから眠りに落ちる瞬間まで頭の中にはっきりとした言葉がたえず浮かんでいる。暮らしのノイズというのは「非日常を取り入れる」というテーマのために…
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当番ノート 第49期
自分とそれ以外の境界線、あるいは自分というなにかの輪郭について。 *** 自分と他人のふたつが別々の存在であることは、たいへん明快な真実だ。他人は自分と別の体を持ち、自分とは別の心で思い、考えている。自分の体の調子や気持ちが自分にしかわからないように、他人の調子や気持ちもその人にしかわからない。どんなに近しい存在、生みの親や、愛する人だとしても、彼らは自分とは異なる存在である。 では、他人という表…
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当番ノート 第49期
君が跡形もなく居なくなった生活はかなしさよりも日常の坂道を転がり続けることだった。損失、そこなう、底無しの幸福のコロニーの中、朝日で部屋に浮かぶ薄い埃たちが輝いてスローモーションのスノードームのように。 幸福の象徴は波風のない日々が続くこと 愛してるって偶像の中、幾度も輪郭を確かめて、君の鼻のかたち、唇の縁取り、37度程度の体温、孕めたかなしみはありもしないもの 鬼さんこちら、手の鳴る方へ 囃し立…
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当番ノート 第49期
朝が苦手というよりは、夜のことが好きすぎるのかもしれない。人びとがみな寝静まっていて、気配がない。守られた部屋の中で、この惑星の中でたったひとり、わたしだけが起きているような錯覚。朝よりも、昼よりも、自由をゆるされているようにもおもえる。わたしをとがめるすべてのものも、きっと眠っているような気がするから。 家で仕事をするようになってから、前よりももっと起きるのが下手になった。身体がベッドの底に沈ん…
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当番ノート 第49期
あたりまえがあたりまえになったのって、いつからだった? *** ふと、すごくびっくりした。 「心のなかで何かを思ったり考えたりしてるとき、内側で話している声は、どこから聞こえてくるんだろう」 初めてこのことを不思議に思ったのは、たしか幼稚園生くらいの頃だったと思う。 「ねえ、鹿ちゃんはしゃべってないのに、鹿ちゃんにだけ鹿ちゃんの声が聞こえるのは、なんで?」 「それはね、鹿ちゃんが心のなかで『思って…