オーディション番組を見ていると、「チャームポイントは笑顔です!」と元気よく言う女の子が本当に多いのだけど、そんな相手に対して心の中でいつも「本当にそれでいいのか?」と問いかけてしまう。
彼女らは歌とダンスでわたしたちを魅了してくれる。
と同時に「恋愛禁止」を公約のように掲げて、そのせっかくの武器である笑顔を恋や愛には使用しないらしい。
夢と恋愛を天秤にかける残酷さも知らずに、6歳のきみは「アイドルになりたい!」と無邪気に言う。
ふにゃふにゃと体をくねらせるきみのいびつなダンスを前に、わたしはきみの10年先を想像する。
きみもいつか恋を知るんだろうか。
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わたしは、基本的にいつも笑顔でいる。けれどその「いつも笑顔でいること」が良いことだとは思わない。
むしろここ1年は「いつも笑顔でいる病」を治癒しようと意識的に表情に「ノー」を出している。
どうしていつも笑顔でいてしまうのかというと、相手に合わせて笑う「いい子になろう気質」が性格の根っこに長い間注がれてきたから。
小学校の頃バレーボール部に入っていて、その中で女子特有の「仲間外れ」が順番にあった。もちろんわたしの番も来た。
普段の練習よりも試合の日がつらかった。お昼のお弁当を一緒に食べてくれる人がいないから。
一人ぼっちでいることと、一人ぼっちでいることを大人に知られることの2種類のみじめさがそこにはあった。
親に相談しようかと何度も悩んだけれど、兄の不登校に悩む両親をこれ以上悲しませたくなくてどうしても言えなかった。
数ヶ月経つと他の子の番になり、まるで何も起きてなどいないように自然とお弁当仲間に入れてもらえるようになった。
そのサイクルが速まっていくにつれ二周目が来るのがこわくてこわくて、一生懸命に笑った。
それ以来、笑顔を作るのが上手くなってしまった。
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16歳。まともな恋をした。学校に行っても部活に行っても、その人のことを考えた。
その人と一瞬でも会話をするために、用も無いのに廊下を行ったり来たりして、わたしは「偶然」を作るのに躍起になった。
恋っていうのはすごい。その人に好かれるためなら誰一人にも負けちゃいけないような、そんな無我夢中なふうになる。
あの子よりも、あの子よりもあの子よりも可愛くなりたい。鏡の中の人はいつも強欲さが貼りついていた。
美人じゃない自分にとって、笑顔だけがせめてもの武器で、その頃からわたしにはそれしかなかった。
好きな人と恋人になって、毎日メールを交わした。
記念日に貰ったメールには「笑顔が好き」と書いてあった。
どの笑顔が好きなんだろう。目を細めるやつ?歯を見せるやつ?どの角度が好き?
計算してしまう。もっと好かれたいから。
ある日、初めて恋人の前で弱音を吐いたことがあった。
その人は優しく背中をさすって長い話を聴いてくれた後、悪気のかけらも持たずにこう言った。
「なんか、笑ってないと違う人みたい」
わたしはその時、怪しい魔法使いがおでこに人差し指を突きつけて「えいやっ」と声をあげた気がした。
“あなたは一生笑いなさい。人から嫌われないために。親を心配させないために。恋や愛を手に入れるために。”
あれから14年、わたしはアイドルじゃないのに今日も笑っている。
もう嫌われたっていいのに、いい子じゃなくていいのに笑っている。
親なんてもう関係ないのに、恋ならもう要らないし愛ならもう手に入れたのに、笑っている。
今日もくるしい。まだ魔法がとけない。
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「娘さん、いつも笑顔だね。お母さんに似たのかな?」
娘へ。先日クリーニング屋の奥さんにそう言われたのを覚えていますか?
もしも覚えていたら、早急に忘れてください。
きみがいつか恋を知って、この人の特別で最高になりたいと願った時、きみはきっとわたしに似た凹凸のない顔を恨むでしょう。
でも、どれだけ相手に好かれたくても、「チャームポイントは笑顔です」なんて絶対に言わないでね。
笑顔なんて決して武器にしないで。
無理に笑わなくていい。不思議なことに、いつも笑顔でいることは時として心の健康に悪いから。
人の気をひくための頬の動かし方を、きみに身につけてほしくない。
きみの笑顔は素晴らしいけど、笑顔の他にたくさんの個性があるよ。
例えば幼い頃から動物に積極的に話しかけるところとか、道端で人目も気にせず大きな声で歌い出すところとか、一度泣いたらほんとうに長くていつまで経っても気持ちを切り替えられないところとか(ほんとうに長すぎる。ほんとうに)。
いつまでも素直なきみのままで。
この世界では見逃されがちな「笑わない自由」も大切にしていてね。
その代わり、自然と笑顔がこみ上げる時には、その瞬間に目の前にいる人を心から大事にするんだよ。
この人といるといつも笑ってるなと思うとき。
わたしにとってきみのパパがそうだよ。
*
きみは今日も公園や駐車場などところかまわずダンスを踊ってリサイタルを開いている。
アイドルを真似て笑顔を振りまいている。きみの目はたくさんのオーディエンスとサイリウムが映っているんだろう。
そしてそれは大人には見えない。
自由に夢を見てほしいということと、自身のために笑ってほしいということを、どうにかバランスよくきみに伝える方法はないだろうか。
「なんでママはアイドルにならなかったの?そんなに可愛いのに!」
きみが心底不思議そうに言うから、わたしは笑って嘘をついた。
「ママは昔アイドルだったんよ」
うそばっかり、ときみは言う。あれ?信じると思ったのにな。
キャハハと大きな笑い声が響いて、きみは嘘つきと手を繋ぐ。
わたしはいつも、6割のほんとうと1割のジョークと、3割のきれいごとを綺麗にかき混ぜてからきみに差し出したいと思っている。