山と目が合ったことがある。青森の高校生だったころの話だ。
何を言っているのかわからないと思うが、私自身もよくわからない。でも、「目が合った」という実感が、たしかにそのときあったのだ。
「わかる、田舎ではよくあることだよね」という人がいたら、ぜひ詳しくきかせてほしい。私にとってはよくあることじゃなかった。
地方出身ではあるのだが、自然に囲まれて育ったわけではなくて、基本的に地面は舗装されているし、ビルもそれなりにあった。なんならコンクリートジャングルといっても過言ではない。
海から近い場所に住んでいたから、その点では自然に親しんでいたのはたしかだけれど、山岳信仰のように自然が信仰の対象になったりとか、自然に人格を投影したり、超常現象の片鱗をみたりとか、そういうこととは無縁だった。イタコも信じていなかった。
東京に出てきてから、「青森の恐山ってイタコがいるんだよね? あれって本当なの?」とか「みんな口寄せ信じてるの?」とかいうようなことをきかれることがたまにあったけれど、「いやぁどうなんですかねぇ」とか言ってお茶を濁してきた。
濁してきたのに、あるとき母からポロッと「昔いいイタコに見てもらってねぇ」と、話が飛び出してきて、面食らった。母が言うには、イタコは「恐山大祭」の期間以外は基本的に恐山におらず、市街地で暮らしている。昔からイタコの家にお酒などをもって訪ねていき、過去や未来について話をきくという風習がある。生前の祖母もイタコに助言をもらったことがあったとか。
「いいイタコの情報がクチコミみたいにいろんなところから回ってくるの。よく当たるイタコ。前に見てもらったときに未来のことを注意されたことがあってね。助言されたばっかりのころはなんのことかさっぱりわからなかったけど、思い出してみたら、ああ、あのときイタコに言われてた、ってなってねぇ……」
そういう話をきいたのは、私が高校を卒業して、東京に出てきてからだった。自分とは縁遠いと思っていたイタコだけれど、ごくごく身近なところで見てもらった人がいたとは。私が青森の風土に無頓着だっただけで、色んな人がふつうにイタコに見てもらっていたのかもしれない。
それはさておき、山である。少なくとも高校時代の私にとっては、「山と目が合う」という事態は断じて「よくあること」ではなかったのだ。
その日は休日だった。私は昼すぎに自転車で図書館に向かっていた。青森県立図書館は青森市の中心部からやや離れた場所にあり、家からは自転車で30分ほどかかった。そのころ、スティーブン・キングから影響を受けたホラー小説を書いていた。
小説の主人公は図書館の司書と、彼と偶然知り合った本好きの中学生男子の二人。司書が書庫から「読むと死ぬ」といわれる本を図書館で発見したことをきっかけに、呪われた本に書かれた彼ら自身の「死」から逃れるために二人が協力していくというあらすじだった。その図書館のモデルが青森県立図書館だったのだ。
図書館に向かう途中、考え事をしながら横断歩道で信号待ちをしていた。私のほか、ほとんど人はいなかった。左側に誰かいた。気配を感じた。考え事を中断して、左側を見た。するとそこには人はおらず、山と目が合ってしまった。遠くにある大きな山と。
「おっ、そこにいたのか」という感じだった。ずっと見られていたのに、こちらだけ気づいていなかった、というような感覚。意識の空白地帯で事故みたいなことが起きて、たまたま視線と視線がぶつかってしまった。お互いちょっとバツが悪いような雰囲気。山と目が合った状態は、信号待ちで止まっている間中、持続した。
その山は、津軽富士と呼ばれて信仰の対象になっていたという岩木山、ではなくて、雪中行軍遭難事件で有名な八甲田山、でもなくて、スキー場があって市民から親しまれている雲谷、でもなくて、地図で調べてもよくわからなかった。名のある山ではなかったのかもしれない。
仮に名のある山ではなくても、私が大昔の人間だったら「山と目が合った」という事実を集落に広めて、生活を守ってもらうためにお供えのお酒なんかを携えてみんなで山に入ったりしたんじゃないだろうか。神社なんかもできて、そうこうするうちにありがたい山になっていたんじゃないだろうか。そんなありえたかもしれない現在をありありとイメージできるほど、なにかしらの感覚の端緒を掴んだ気がした。
私は目が合ったままの山に見惚れつつ、その姿を忘れないよう心にとめた。そして、前を向いて自転車を漕ぎはじめた。呪われた死の本に立ち向かわなければならないのだ。